絶対に真似をしてはいけないーーなんと甘美な誘い文句だろうか。
前著『Mad Science ―炎と煙と轟音の科学実験54』では、「シャボン玉爆弾」、「オレオクッキーを燃料にしたロケット」等、数々のエクストリームな実験で話題になったあのシリーズが、さらにパワーアップして帰ってきた!
だが、本書の”真似をしてはいけない”度は、針が振り切れるほどのMAX。そのヤバさは”まえがき”に書かれている注意文を読めば一目瞭然であるだろう。
この本には、すべての実験を安全に行うために必要なことが、書いてあるわけではない。
いかなる実験であれ、本当にやってみようと考える前に、必要な知識と経験が自分にあるかどうか、自分に正直になって考えてほしい。
保護メガネを着用せよ!
本書の実験のほぼすべてに、視力を奪う可能性がある。
まず最初に紹介したいマッドネスは、”著者自らの手を危険に曝す”という章である。まさか著者の名前の「テオ」と掛けたわけでもないのだろうが、超低温から超高温、そして猛毒といった様々な環境の中に「手を」突っ込んでいく。
たとえばマイナス195度以下の液体窒素の中に手を沈めるとどうなるのか、それを試したのが以下の写真。
即、凍傷にでもなってしまうのかと思いきや、驚くべきことに「冷たさすら感じることはなかった」とのこと。著者の手が液体窒素に触れた瞬間、気化した窒素ガスによる保護膜が作られ、安全が保たれたということなのだ。ただし、一瞬であればの話。これはライデンフロスト効果と呼ばれる現象であり、熱したフライパンの上で水滴が踊るのと同じ原理によるものである。
さらに、このライデンフロスト効果、反対方向の熱いケースでも同じように作用する。下記の写真は、260度以上の工作用ハンダに指を突っ込んでかき回した時の写真。著者は第一関節が隠れるくらいまで指を入れかき混ぜているのだが、無傷で済んでいる。これも十分に熱く溶けた鉛に指が触れると、指の湿気が蒸発して、水蒸気の保護膜が出来たことによるものだ。
この他にも、猛毒で発火性の強い白リンをゴム手袋の上に塗りつけてみたり、手にポリアクリル酸ナトリウムポリマーを塗りたくって炎を燃やしてみたりと、まさにやりたい放題である。
一方で、そのシリアスさとは対極に、ネタとしか思えないような実験も数多く掲載されている。その一つが「アップル電池」と命名された以下の実験である。
野菜や果物で電池を作れることはよく知られた話だが、本書ではこれをリンゴで試す実験が紹介されている。どうも、「アップルでアップル製品の充電が出来ます。」と言いたかっただけなのではないかと推察する。
だが、そのために費やした労力は尋常ではない。iPhoneの充電に必要な電力を得るためには、<リンゴ/亜鉛/銅>の層からなる電池が150セットほど必要になるのだ。芯抜き器でリンゴの円柱を通リ、チーズスライスで円盤を切り出し、1セント硬貨を紙ヤスリで削りサンドイッチ構造を作り出す。そしてこれだけ手間暇をかけても、充電出来るのはたった1秒間だけ。
この他にも、液体金属の水銀をマイナス195度の液体窒素で冷やし、魚の形にしては「水銀魚」と騒いだり、十分に解凍されていない冷凍七面鳥を油に浸すことで大きな炎を出して「火の鳥」と命名したりと、とにかく忙しい。
著者は、数式処理ソフトMathematicaで知られるウルフラム・リサーチ社の共同創業者でもある人物。それだけでなく、『元素図鑑』のアプリを開発した人としても、よく知られている。この著者をもってしても、本書で紹介される全35の実験を行う際には経験したことのある人と一緒にやったか、何重にも安全対策を講じ、万が一のために逃げ出すための道を空けておいたのだという。
一見、科学の再現性をテーマにしたエンタテイメントのように思えるが、それを準備するための、非科学領域の再現性にこそ、これらの実験の本質がある。作業をする時に、どこにリスクとリターンを感じるかは人によって様々だし、バカバカしいネタをいかに根気強く続けることが出来るかということも、人によって大きく異なる。
それはまさに、再現性をめぐる科学と人間の対峙とも言えるだろう。与えられた諸条件さえ整えば、確実に同じ結果を生み出す自然界の法則に対して、人間の営みにおける再現性の低さは、そのものがリスクになりうる。それゆえ本書の中には収まりきらないほどの数多くの注意喚起がなされており、だからこそ決定的瞬間を収めた写真の数々は科学的であるだけではなく、美しく芸術的なのだ。
サイエンスの様式美、アートの拡散美、その双方が味わえる贅沢な一冊。本を読んで楽しむのが、一番ノーリスク・ハイリターンではないだろうか。
(画像提供:オライリージャパン)