「解説」から読む本

『知ってても偉くないUSA語録』まえがき by 町山智浩

文藝春秋2014年4月23日
知ってても偉くないUSA語録

作者:町山 智浩
出版社:文藝春秋
発売日:2014-04-21
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この本は、週刊文春に連載されたコラム「言霊USA」をまとめたものです。一冊目『教科書に載ってないUSA語録』に続く二冊目で、2012年8月から2014年3月にかけて、カリフォルニア州バークレーに住んでいる筆者が目にした、耳にした言葉について書いたエッセイです。

で、念のために言っておくと、これ、英語の勉強の本じゃないですから。

前の本でも、そう書いたけど、アマゾンのユーザーズ・レビュー見ると「英語の勉強にならん」と怒ってる人いるからなあ。

だって、この本に載ってる英語といえば、たとえば……トロフィー・ワイフ Trophy wife。若い頃から苦労を共にした糟糠の妻を、金持ちになった後で捨てて、若くてエロい妻に乗り換える奴がいるでしょ。そういう妻は成功の証だからトロフィー・ワイフ。でも、これはめったに使えない言葉ですよね。少なくとも学校や職場じゃ。

イラスト:澤井健


生まれたばかりの言葉もあります。フォトボム Photobomb(写真に関係のないモノや困ったモノが偶然、または故意に映り込んでしまうこと)やマンスプレイン Mansplain(男が偉そうに女性に説教すること)なんて言葉は、ネットとスマホの時代に生まれてアッという間に広がりました。

アッという間に生まれて消えた言葉も少なくありません。ヨーロー YOLOはYou Only Live Once(人生は一度きり)の略で、「人生は一度きりだから、何でもやりたいことをやってみろ!」という意味で、無茶なことや無謀なことをしながら「ヨーロー!」と叫ぶわけですが、酔っぱらって猛スピードで車を飛ばして「ヨーロー!」とツイートした男が死んだことで言葉そのものが消えちゃいました。1年足らずの命でした。

言葉は面白い。面白くて怖い。2012年の大統領選挙も言葉で決まったようなものです。日本ではアメリカ特派員のベテランやシンクタンクの研究員たちが共和党のミット・ロムニー候補の勝利を予想していましたが、普通にアメリカに住んでいたら、そんなこと1ミリも感じなかったはずです。なぜなら、ロムニーは二度の失言で、当選の目が絶対になくなっていたから。

選挙の4年前の2008年11月、ロムニーはニューヨーク・タイムズ紙に「デトロイトなんか破綻させちまえ」と題するエッセイを書きました。それは当時、経営危機に陥ったGMとクライスラーについて、「政府が救済する必要はない」「自動車産業そのものにアメリカはグッバイするべきだ」という内容でした。その後、大統領に就任したオバマは反対を押し切って両社に公的資金を注入しましたが、どちらも無事に立ち直り、多くの雇用が失われずにすみました。

ロムニーの誤算は、自動車産業に依存しているのはデトロイトのあるミシガン州だけだと思い込んでいたことです。オハイオ州でも多くの労働者が自動車関連の工場で働いています。彼らが「自動車産業にグッバイ」と言ったロムニーに投票するはずがありません。そしてオハイオこそ、本文279ページにもありますが、最も「重要な」州なのです。大統領選において。

大統領選は、選挙人制度という方式で、州ごとに選挙人というものの人数が決められており、各州で最多数の一般投票を集めた候補が、その州の選挙人全部の票をごっそり奪うシステムです。

で、オハイオ州の選挙人数は18人です。全米50州で合計270獲ったほうが勝つので、18はかなり大きな数です。

しかも、80年代以降、大統領選挙では、南部はどの州もいつも共和党、東部と西海岸の州はいつも民主党の候補が勝利することが固定化しています。そのため、勝敗は、民主党と共和党の間で揺れ動くSwing States スイング(ぶらんこ)・ステーツをいくつ取れるかで決まります。

これらは「浮動州」または「激戦州」と訳されますが、具体的にはフロリダ、ニューハンプシャー、ペンシルヴェニア、ヴァージニア、ノース・カロライナ、ウィスコンシン、アイオワ、ミネソタ、コロラド、ネヴァダ、そしてオハイオなのです。

そして投票の2カ月前、ロムニーのこんな失言が流出しました。

「アメリカ国民の47パーセントは所得税をロクに払ってない。彼ら(低所得者)はどうせオバマに投票するに決まっている。だから、私は彼らのことなんか気にしない」


ところが実際は所得税を払ってない国民の4割は引退した高齢者です。フロリダは温暖なので引退したお年寄りが多く住んでいます。つまりロムニーはこの失言でフロリダを捨てたわけです。しかしフロリダ州の選挙人数はなんと29!

オハイオとフロリダ両方落として大統領になれた例は近年存在しません。この2州を取れなければ、何をしても無駄。だからロムニーの負けは投票前にすでに決定していました。言い換えると、ロムニーは20億ドル以上を投じた選挙戦をたった二つの失言でしくじったのです。

しかし、週刊文春でオイラが9月に『ロムニーオワタ』と書いたのに、日本のマスコミには全然、相手にされなかったな。当の文春すらワシントンの長老アメリカ通の「ロムニー勝利」論を載せ続けてたもんな。どーせ、何の役に立たないお笑いコラムですよ!

町山 智浩


文藝春秋ノンフィクション局
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