書店員のこれから売る本

7月のこれから売る本-トーハン 吉村博光

吉村 博光2014年7月20日

若い頃は、正しさに近づきたいという想いが強く、何かを断定するような本が好きでした。でも年を重ね、より考えるようになったのは「正しさ」よりも目の前の「相手」のこと。最近、私が心を揺さぶられるのは、決まって、少し優しかったり曖昧だったりする本が多いです。「相手」が何を考え、何を求めているのかを本気で考えている本。今月は、そんな定義で私なりの「優しい本」をいくつかご紹介します。

治さなくてよい認知症

作者:上田諭
出版社:日本評論社
発売日:2014-04-28
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この本の「相手」は認知症の高齢者の方、あるいはその家族の方です。著者の方は、9年間のサラリーマン生活を経て医学部に入学し、高齢者専門の精神科医として18年間勤務されてきた方です。普通とは違った経歴をもつ医師が、「長生きすれば2人に1人は認知症になる。それを問題視する世の中を変えたい」という強い意志をもって書かれた本。読み始めてすぐに伝わってきたのは、患者さんを診る視線の優しさでした。

認知症外来では「患者本人の話をろくに聞かず、家族の話に同情しながら、画像をみて診断され投薬される」という状況があるそうです。私の母がヒザの人工関節置換手術前に不安な気持ちになったとき、診察をうけた精神科医がとった態度がそれに近いものでした。幸い、顕著な病変はないということで投薬はされませんでしたが、その診察内容に少し違和感を感じた記憶があります。

周囲に求められるのは、医師が薬で「治す」ことではなく、家族が間違いを「正す」ことでもありません。ありのままを受け入れる、人として当たり前の優しさです。そこにたどり着いた優しい気持ちをもった人が書いた本なので、読み手を思いやり、とっても読みやすいです。人は誰しも、介護する側にもされる側にもなります。ぜひ、読んでおきたい一冊です。

どうか忘れないでください、子どものことを。 (一般書)

作者:佐々木 正美
出版社:ポプラ社
発売日:2014-03-13
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この本の「相手」は子ども、あるいはそのご両親です。私が大好きなロングセラー『子どもへのまなざし』を書かれた、児童精神科医・佐々木正美先生の新刊です。

「子育てでなにより大切なのは、『子どもが喜ぶこと』をしてあげることです。そして、そのことを『自分自身の喜び』とすることです。」(本書「はじめに」より)

冒頭から、うれしくて涙があふれそうになりました。私には、4歳の娘と1歳の息子がいます。普段、その喜んだ顔を見るのを無上の喜びとしている私には、たいへん心強い言葉でした。子育てで、まず必要なのは「受容すること」なのだそうです。私が言っても平ぺったく感じますが、佐々木先生の文章はとても深く優しく、うんうんと頷きながら、気がつくと最後まで読んでしまう力があります。例えば、、、

「教育者にならないでください。親は絶対的な保護者であってほしい」(本書112頁)

スゴい言葉ですよね。そういえば、親って、保護者って言いますよね。これを読んだ時、突然、古い心の傷を思い出しました。私にも、親に隠し事をしていた経験があります。苦しかったですね。でもある時、そのことを思い切って父に言ったんです。そしたら、普段厳しい父親から、思いも寄らない言葉が返ってきました。「よぉし。よく言ってくれた」と。この時、あぁ護られてるなって思いました。私は本書を座右に置き、真に「優しい」父親になりたいと思いました。 

定年楽園

作者:大江 英樹
出版社:きんざい
発売日:2014-06-03
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この本の「相手」はいずれ定年を迎える現役の方、あるいは定年を迎えた方です。いま、巷には定年後のお金の不安を煽る本がたくさん出回っています。でも直感的に思うのは「今そんなに心配して、一体いつ、人生を楽しめばいいんだ」ということ。私にはつきあいきれません。本書は、書名が耳に「優しい」だけではありません。これから人生後半を迎えようとしている人に、いまを楽しみながら徐々に定年後の準備をしていくことを提案してくれる「優しい」本なのです。

私は、いまを享楽的に生きて、しかも定年後にも楽園が待っていて欲しいと願っているわけではありません。本当に定年後のことを考えるなら、お金の他にも準備すべきことがあると思うのです。「病気」「貧困」「孤独」。本書によると、老後の不安は大きく3つあるそうです。多くの方は「病気」「貧困」への不安が強いようですが、著者の方が最も心配しているのは「孤独」なのです。私も、ずっとそう感じてきました。

自分の寿命はわかりません。経済環境がどうなっているか、公的年金がどうなっているか予測することも不可能です。それはつまり、「病気」「貧困」の不安をゼロにすることはできない、ということを意味しています。もちろん、事前にある程度の策を打っておく事はできるでしょう。しかし、もっと大事なことは「会社」から卒業し「社会」に出たときに、自分の居場所があるようにしておくことだと私は感じていました。

時代も移り変わり、一見ずうずうしいかもしれませんが、ゲゼルシャフトからゲマインシャフトへ少しづつ自分の軸足を移していくのが許容されるようになっているように思います。この辺のことは、いま売れている新書『資本主義の終焉と歴史の危機』と併読したいところです。逃げるわけでなく、自分にも社会にも「優しく」なりたいと思っています。

私に、魔法をかけて Disney Princess Rule

作者:ウイザード・ノリリー
出版社:講談社
発売日:2014-06-17
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この本の「相手」は幸せになりたい女性です。そして、娘を持つお父さんも「相手」ということにさせてもらいましょう。もちろん著者の方は、そんなことは考えてないでしょうが。私は、最近娘に、ディズニープリンセスの絵をみせられつつ、「ねぇ、お父さんはどのお姫様になりたいの?」って訊かれることが度々あります。その時の気分で適当に選んでいる自分が申し訳なかったので、実はこの本を買うことにしたのです。やはり、私には「優しさ」というより「過保護」という言葉が似合うのかもしれません。

プリンセスのキャラクターが、個別に説明されているのは最初の20頁程度。その時点ですでに購入した目的は達成されてしまいましたが、もったいないので、その後のページも読んでみました。そこには、幸せになるための“魔法のルール”の数々が、プリンセスのお話をもとに解説されていたのです。四十過ぎのおじさんが読んでいる姿は、誠におぞましく、我に返ると多少の悪寒をおぼえたものです。しかし、、、

「シンデレラが、逆境のなかでも夢を見つづけることができたのは、根本に、今、ここで、生きていることへの感謝の気持ちがあったからかもしれません」(本書73頁)

白雪姫、シンデレラ・・・プリンセスの映画を何度も観ている人には、この本の“魔法のルール”はとても説得力があるんじゃないかと思ったのです。そう、「相手」のことをよく考えた「優しい」本なのです。やがて、ページをめくるごとに娘の顔が浮かんできました。もし彼女が、何かで道に迷うことがあればココにある話をしてみようかナ、と思いながら。 

ある本屋さんが、「日々お店には、本に漠然とした何かを求めてお客様がいらしてる」といいました。また、ある成功者の方は「悩んでいるときに本屋さんに救ってもらったことを忘れない」と話していました。そこで出会うものは、いわゆるベストセラーや有名人の本とは違うものだと思います。本は非常にパーソナルなものです。ぜひ、本屋さんでの“なんか気になる本”との出会いを大事にして欲しいと私は思います。たとえそれが、知らない著者の本であったとしても。いや、知らない著者の本だからこそ。ぜひそのときには、この「優しさ」という尺度を使ってみてください。
 

吉村博光 トーハン勤務
夢はダービー馬の馬主。海外事業部勤務後、13年間オンライン書店e-honの業務を担当。現在は本屋さんに仕掛け販売の提案をする「ほんをうえるプロジェクト」に従事。ほんをうえるプロジェクト TEL:03-3266-9582