おすすめ本レビュー

行ってきました、日本製紙石巻工場! 『紙つなげ!』

足立 真穂2014年8月13日
紙つなげ!  彼らが本の紙を造っている

作者:佐々 涼子
出版社:早川書房
発売日:2014-06-20
  • Amazon
  • honto
  • e-hon
  • 紀伊國屋書店
  • 丸善&ジュンク堂
  • HonyzClub

話題の『紙つなげ!』がついに7万部突破とのニュースが入ってまいりました。おめでとうございます。そこで、勝手に応援団を名乗るHONZも石巻工場におじゃますることに。ついに、あのマシンに会える――まずは東北新幹線で仙台へ! 胸アツ取材のはじまりです。

すでにHONZでもレビューが何本かあがっているので、事情はご存知かもしれません。
日本製紙の石巻工場が、あの震災の津波に流され壊滅状態だと聞き、出版に携わる者すべての足下が揺らぎました。この工場だけで出版用紙の2割にも達する生産を誇っていたからです。が、物語はそこからです。奇跡と呼ぶに値する復活、それが本書には描かれています。

今回は本の主人公、「8号抄紙機」に焦点をしぼってご紹介いたしましょう。この8号こそが、石巻工場の中でも、単行本、文庫、コミックなどに使用されるさまざまな用紙をつくり、日本の出版書籍用紙の1割近くを生み出していた、本好きにとっては大切なスゴイ存在なのです。「出版」を考えなければ、もっとほかの最新マシンを先に動かす方がよかったのかもしれません。が、日本製紙は社長の号令のもと、不可能と思われた「8号を半年で復活する」を成し遂げます。

それにしても、「8号マシン」と口に出すときに、著者の佐々さんも早川書房の担当者さんも、そして、日本製紙の方々も、だれもがうれしそうな表情になるようです。

このマシン、いったいどんなヤツなのか? 

とはいっても物事には順番があります。工場に入り最初に案内されたのは、最新鋭ばりばり、630億円をかけたという2007年稼動の「N6」でした。その長さ270メートル! 内部が見えず、一分の隙もない瀟洒なたたずまいは、「できる新人」という様子です。実際にできるヤツで、この世界最大級マシンはチラシなどの印刷用紙を一心不乱に、時速100キロのスピードで作っており、その生産量たるや「幅8416ミリの紙を1分間で最長1800メートル」「1日で1000トン」というからどれだけなんでしょう。下手なことを頼めません。当初はこちらをいちばん最初に復活させようという声もあったのですが、それだけの馬力と実力の持ち主です。

「N6」抄紙機

その後で案内されたのが、8号マシンです。「N6」の後で見たこともあって、1970年稼働という、年齢を思う存分感じさせる味わい深いたたずまいには、思わず全員が「やっぱ中年だ」とつぶやいたほど。スピードは「N6」よりだいぶ遅めで、時速45~50キロとのんびりムード。どこか人の手が感じられる「ハウルの動く城」のような印象さえある見た目に、こぶりな全長は111メートル。

同じ建屋に並んでいる7号はコピー用紙などを主に生産しており、震災後の改造を経て生まれ変わったのかスラッと爽やかで、「ソツのない若手」という印象です。比べて8号さん、なんといいますか、「がんばっている」感が満ちあふれています。中年ともなると、これがまた、がんばる姿に哀愁が生まれてくるのですね。年季の入ったがんばりのおかげで、夏場は建屋の中が気温40度、湿度80%を超えることもあるそうです。ベテランは暑いのです。

8号マシン。写真右側は7号

もう少し近づいてみましょう。現物に出会っていちばん驚いたのは、8号さんが汗をかいていたことです。下の写真を見てください。文字通り汗をかいているのです。見えるでしょうか。そばに顔を近づけると熱気がムンムン。紙というのは、大まかにいえば、原料のパルプに水分を含ませてからシート状にしていきますが、その後じょじょに脱水し、乾燥させ、その過程で凹凸を無くしたり光沢をつけたりと下地を加工して「抄紙」していきます。つまり汗をかくのも抄紙工程のひとつなわけですが、汗の量が多い上に、外から丸見えです。私がこの工場でいちばん衝撃を受けたのは、このマシンの汗かき風景だったといっても過言ではありません。

汗をかく8号マシン

と、「中年」と「ソツのない若手」が机を並べてがんばっていたわけですが、復活が最初に求められたのは中年マシンの方でした。製紙全体を考えるなら「N6」や7号があってこそですが、本好きにとっては本を作ってくれる8号あってこそ。なにしろ月に20種類以上、一日ごとに違う種類の製紙が可能な臨機応変・細やかタイプです。紙の厚さの違いを入れれば200種類以上の多品種を扱うことができ、月産能力9000トンにも達する、この高度な専門性こそ、ベテランの面目躍如といえましょう。いろんな意味で元気の出る話です(笑)。すっかり8号マシンに共感を抱く取材陣でした。

佐藤憲昭さん

が、ここで取材陣の印象と、現場の姿勢に齟齬が生じていたことが判明します。こちらはすっかり、「黙々とがんばる中年のお父さん」というイメージを抱いたのですが、8号マシンと18年間苦楽をともにしてきた担当の佐藤憲昭さんは断言されたのです。『紙つなげ!』にも登場されていた、7号と8号のオペレーターの方です。

「8号マシンは、女性だと思っています。7号を止めた間にフル稼働させたことがあったのですが、7号が動き始めた途端に『疲れたから休む』とばかりにパタリと動かなくなりました。それに、故障する場合もその前にきちんとシグナルを出してくるんです。面倒をみるときちんと応えてくれて、こちらの気持ちがわかるんですね。かわいくて、おちゃめなんですよ」

おちゃめ! 取材ノートには大きな文字でメモが残っています。そういえば本の中でも「姫」と呼んでいらしたような。そして、佐藤さんの「娘」自慢をするときの優しい表情ときたら。こういうものを見られるから、現場取材はやめられません。

『紙つなげ!』の部数はすでに7万5千部に達したそうです(2014年8月12日時点)。編集担当の岩崎さんによると、当初から書店の方が「次は私たちがつなぎます」と口々に語ってくれたとか。その声は石巻工場の現場の方にも伝わっており、「届いた先の顔が見えるとやる気が違ってきます」とおっしゃるのでした。

顔が見える。だからこそ、がんばれる。
これからも、よろしくお願いします。

8号マシンの前で

日和山から見た石巻の街

◆熱いレビューの数々はこちら
「本書を2014年上半期最高の社会派感動ノンフィクションとしておススメする」 成毛眞

「一人の書店員として、頭が下がる。そして、一人の本好きとして、紙の技術が守られたことがありがたく、その苦闘の物語に感動を覚える。」 野坂美帆
「読むものの心にあたたかい光を灯してくれる一冊」 麻木久仁子

なお、今回の取材は、週刊東洋経済での取材に同行したものです。技術面を深く追う人気の連載「成毛眞の技術探検」の18回目で日本製紙石巻工場を取り上げており、オンラインで記事も読めるのでぜひ(ちなみにこちらの連載は新潮社でこの冬に単行本化の予定です)。