おすすめ本レビュー

『詐欺の帝王』

「オレオレ」元締めから詳細

成毛 眞2014年8月24日
詐欺の帝王 (文春新書)

作者:溝口 敦
出版社:文藝春秋
発売日:2014-06-20
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著者の溝口敦氏は過去に3回、暴力団からの被害にあっている。90年には事務所の玄関で本人が刺され、92年には「フライデー」の副編集長が特殊警棒で殴られた。そして06年には長男が自宅で背後から刺されている。

暴力団といえども世に名の知れたジャーナリストを襲うというのはただ事ではない。
出版を阻止するための脅しや、書かれたことに対する個人的な復讐などよりもはるかに根深い、暴力団の存立を左右するほどの事実が暴露されたことに対する組織的な対応だと思われる。

本書はその日本最強の組織犯罪ジャーナリストである溝口敦氏の最新作だ。文字通り命がけの取材を重ねてきたからこそ掴むことのできたネタである。なんとオレオレ詐欺の元締めを特定したばかりでなく、長時間のインタビューに成功したのだ。

本人の来歴はもちろん、どのようにしてオレオレ詐欺が考案され、誰がいつ頃から組織化したのか、ヤミ金や暴力団との関係はいかなるものか、詐欺師たちの素顔や日常生活、など単に読者の好奇心を満たすだけでなく、今後の警察の捜査にも資するであろう情報が満載なのだ。

このオレオレ詐欺の帝王が警察に逮捕されることもなく無傷で引退したのは00年のことだという。詐欺の公訴時効は7年だから、本書を読んだ警察が捜査立件する可能性もある。それでもなお、著者のインタビューに応じざるを得ない取材力に驚嘆するばかりである。

溝口作品に共通するのは、読後に感じるある種の悲しみである。犯罪者たちはあくまでも闇の世界で生きざるを得ないという本質的な悲しみだ。本人たちは毎日面白おかしく暮らしているつもりなのだろうが、一度狭くしてしまった世間を広げることはできない。
戻るべき場所を失った者たちが迎える悲惨な未来が見えてくるのだ。

(産経新聞 8月23日号 書評欄掲載)