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チャラめの美術好き・文学好きに読ませて反応をテストしてみましょう!バロウズ×ウォーホルの対談集

永田 希2014年9月10日
バロウズ/ウォーホルテープ (SPACE SHOWER BOOks)

作者:ヴィクター・ボクリス
出版社:スペースシャワーネットワーク
発売日:2014-08-29
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20世紀の文学に強烈なインパクトを残し、『クラッシュ』で知られるJGバラードらのNWSF世代や、ロックシーンではニルヴァーナのカート・コバーンからも、深くリスペクトされているウィリアム・バロウズ。

現代美術に複製性の問題をセンセーショナルに持ち込み、アイドル的な芸術家というモデルをこれ以上ないくらい鮮烈に演じきったアンディ・ウォーホル。

今回とりあげる対談集『テープ』は、20世紀に生まれ20世紀に死んだ、この2人のアメリカ人が、それぞれの晩年に過ごした日々を捉えた対談集です。バロウズとウォーホルはだいたい10歳ほど歳が離れていますが、ともに1950年代から1960年代に花開いたビートニクとポップアートという文学・芸術の流行の中心にいた人物です。

今回の『テープ』は、このバロウズとウォーホルという2人が、それぞれの名声が確立された1980年代に、ニューヨークで知り合い、ルー・リードやミック・ジャガーといった綺羅星のような才能と繰り広げる、豪華な日々を活写した1冊です。世界の経済と文化のひとつの中心であったアメリカの、さらにその中心に位置するニューヨークで誰もが羨む成功を収めているはずの2人が、その絶頂を過ぎ、ドラッグや名声あるいは友人たちとの別れといった打撃に、その心身を蝕まれながら、それでもなお陽気に、あるいは毅然としながら、交友を続けている様子が、写真と対談から見てとれるでしょう。

本書が「最悪の対談集」と紹介されているのは、たとば中盤に収められているミック・ジャガーにバロウズがインタビューするはずだった会食で起きた、悲劇とも言えないような悲劇、くだらない一幕のような、才能と才能が出会って奇跡が起きる!式の「良い対談」が生じないことを指していると僕は理解しました。逆を言えば、イメージ先行で高く評価されすぎること自体を織り込んで売り出しているようなバロウズやウォーホルのような才能が、周囲の不理解や悪意なき不運のようなものによってそのメッキが剥がれる様子が克明に記録されているのです。

バロウズやウォーホルが1980年代頃、周囲の人々からどのようにリスペクトされていたのかは、たとえばウォーホルやバロウズに対するルー・リードの態度、バロウズに対するデヴィッド・ボウイの態度などから伺えると思います。それと同時に、本書を読んでいて胸が締め付けられるのは、本書の著者でありバロウズとウォーホルの対談を記録し続けている人物が、1980年代にこの2人を取り巻いていた人々の持っていた軽薄さ、見せかけの文化人的な態度、芸術や人間性に対する理解の無さを自ら代弁してしまっているところです。

たとえば、本書の末尾を飾る、バロウズとウォーホルが珍しくテレビ番組で対話したときのエピソードを振り返り語られる次の一節。

チェルシー・ホテルのドキュメンタリーで二回登場するのはバロウズだけだ。最初はアンディ・ウォーホルと話をしていて、次にフランシス・ベーコンと話をしている。バロウズは二度登場するだけでなく、いずれの場合も、最も有名なアメリカ人画家と、最も有名なイギリス人画家と話をして登場するんだというのはおもしろい 

…言いたいことはわからないでもない。でも、「有名な画家との対談」だけで2回登場している、ということくらいしか面白さがないのは、普通はつまらないというべきなんじゃないでしょうか。でもそのチャラさは20世紀の文化において重要なことだったわけです。

ちなみにその「有名な画家との対談」、どんな内容かというと次のような調子です。これは、「ヘンリー」という人物が対談の場に間に合わないという電話を寄越してきた折のやりとり。「ボクリス」というのは本書の著者の名前です。

ウォーホル:それヘンリー?

ボクリス:ええ。

ウォーホル:おお!(騒々しくなって)絶対来いって言って!

ボクリス:アンディが、絶対来いと言ってるよ。

バロウズ:ヘンリーのようなお偉い文化官僚は、我々のような連中に割く時間はないのですよ、いえいえ。彼なしではダメだ。パーティが盛り下がる。

ボクリス:いいから来いって?

ウォーホル:ヘンリーに来いと言ってよ!本当は……本当に楽しいからって!(嫌みタラタラ)

ボクリス:アンディが、ここはすごく楽しいって言ってる。みんなすばらしく楽しんでるよ。

…と、終始このような感じです。テンションは高いのですが、重要な議論が深まるようなことはなく、その場にいない人の話がされたり、くだらない妄想や下ネタのオンパレード。乱丁っぽい箇所もあったのですが、バロウズ絡みの本なので意図的なのか事故なのかもわからない。しかもバロウズ本人ではなくて、かつて詩人だったという、あまり才能のなさそうなウォーホルの取り巻きに過ぎない著者による本なので、意図的だったとしてもあまり効果のない乱丁を敢えてやっていても不思議はない(いや、普通に考えれば乱丁はただの乱丁なのですが)。

だから本書がくだらない本に過ぎないのかというと、僕はそんなことはないと思います。世界の文学史や美術史に名を残す偉人と、彼らの取り巻き、いわゆる「セレブ」たちがどれくらいくだらないか、そのくだらなさのなかで、バロウズやウォーホルが経験する寂しさや気高さ、弱さや強さが浮き彫りになっている稀有な特色が本書にはある。

バロウズもウォーホルも、表面ではほとんど露悪的に、軽薄な人物であるかのように振る舞ってはいますが、意外なほど保守的で、いわゆる「仲間思い」なところがあることは、本書を読んでいると伝わってきます。そしてそのような親愛の情を向けられているにも関わらず、本書の著者は2人のためになることを何も出来ません。乱痴気騒ぎの中で、著者たち後続の世代も浮かれてバロウズとウォーホルを担ぎ出し、仕事を得て、名声と金を得ているだけなのです。それでも、バロウズとウォーホルはどちらも、この著者を愛し、優しく接し続けます。それがまた切ない。

バロウズもウォーホルも、このような乱痴気騒ぎの中で、人間的な感情が蔑ろにされていく状況をこそ描いた人々でした。本書は、そのような人々すらも、実際の乱痴気騒ぎのなかで年老いて翻弄されていくということを描き出す残酷な1冊なのです。バロウズもウォーホルも、知らぬ者のほとんどいないビッグネームですが、彼らの名前や作品の一部を知っていても、彼らの誠実さを知っている人はあまりいないのではないでしょうか。この対談を読んでどういう反応をするのか、友人に読ませて反応をみてみるのも面白いかも知れません。
 

バロウズ/ウォーホルテープ (SPACE SHOWER BOOks)

作者:ヴィクター・ボクリス
出版社:スペースシャワーネットワーク
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