おすすめ本レビュー

『さようならと言ってなかった』

堀江 貴文2014年11月13日
さようならと言ってなかった わが愛 わが罪

作者:猪瀬 直樹
出版社:マガジンハウス
発売日:2014-10-30
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前東京都知事で作家の猪瀬直樹さんが執筆した、亡き妻ゆり子さんへ捧げる一冊。

徳洲会事件に絡み徳洲会側からの借入金5000万円を収支報告書に記載しなかったということで公職選挙法違反に問われ、罰金50万円と公民権停止5年をくらい都知事を辞任してから初めての著書である。

石原慎太郎知事の副知事を長く務め、それ以前は小泉純一郎総理大臣の依頼で長く道路公団民営化委員として道路族の守旧派議員たちへ正面から突っ込んでいった、それも膨大な資料を紐解きあくまでも理路整然と合理的にぐうの音も出ないほどに追い込んでいった成果として道路公団民営化を達成し、高速道路の例えばPA/SAの景色を変えた原動力になった男だ。

その実績を買われ石原慎太郎知事に後継指名された結果、東京都知事にトップ当選を果たし、これからという所でこの本の物語は始まる。運命というのは皮肉なもので、人生の絶頂期にまとめて不幸がやってくるのである。本人は気づいていないようで、なんというか「こんなに上手く行っていいのだろうか?」という気がしているのである。人生の絶頂に立っている人の周りには死屍累々が転がっている。勿論実際に死んでいるのではないけど、彼らのプライドや人生をずたずたに切り裂いている、精神的に死んでいるような状態に持っていってるので、そういう人からは恨まれているといっても過言ではない。

猪瀬直樹も多くの人に恨まれていただろう。もちろん社会全体の大多数にとってはそれは良い事をしたのだと思うし本人もそう思っていたのだろう。でも人生の絶頂から引きずり下ろすのはそういう負け組の怨念であることも間違いないだろう。

私も2005年人生の絶頂を経験し、2006年思わぬ形で引きずり下されることになった。とはいえ33歳で引きずり下されたのはまだ、幸運だったと言えるかもしれない。まだまだ十分人生の再出発が許される歳だ。

しかし、猪瀬直樹の場合はどうだろう。学生時代に地元で知り合い一緒に上京して何十年も連れ添った最愛の妻を突然の脳腫瘍で亡くすことになる。それも「さようなら」すら言えないくらい突然に。物語は彼女が死と隣り合わせの「現在」と彼らが上京して猪瀬直樹が作家として独り立ちするまでの「過去」を行き来しながら進んでいく。

そういえば、副知事時代に私は彼が司会を務めるテレビ番組にゲストとして出演したことがある。

小説家として社会のシステムを膨大な資料からひも解き独自の視点で解説する彼の作品は他には無い独自のスタイルだ。最初に読んだ作品は彼が原作を担当し、弘兼憲史が作画したマンガ「ラストニュース」だ。ニュース番組の裏側を丹念な取材からドラマティックに描いた名作である。

そんな彼の仕事場で収録したのだが、とにかくビル全体が資料館のような感じだった。それを自慢気に説明し自信満々のエネルギッシュな姿を覚えている。

次に会ったのはほんの数ヶ月前、田原総一朗氏の80歳のお祝いのパーティの席だった。その変わり様があまりにも可哀想でその時に集まったメンバーで励ます会を企画しようと言ったくらい。彼に言わせれば都知事を辞任したことよりも最愛の妻を亡くしたことがよほどショックだったらしい。見る影もない、という言葉がぴったりな様子であった。それでも人間は生きていかなければならない。

妻ゆり子さんの突然の死から数カ月後、まるでその死を忘れようとエネルギッシュに働く猪瀬氏はその仕事からも追放されることになる。自業自得とはいえなんと辛く苦しいことだろうか。救いなのは彼が何とかそこから立ち直り、この本を出版できたことであろう。その様子をみているとまだ何か新しい成果を残しそうであることがせめてもの救いなのではないだろうか。。