おすすめ本レビュー

『昭和の名編集長物語』いぶし銀の裏方たち

峰尾 健一2014年12月29日
昭和の名編集長物語―戦後出版史を彩った人たち

作者:塩澤 実信
出版社:展望社
発売日:2014-09
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本や雑誌づくりにおいて扇の要のような役割を担っている、編集者という職業。その中でも編集長の座に就く人物は、作品の良し悪しを左右するキーマンといっても差し支えないだろう。

しかし、読者の目の前にその姿がクローズアップされることは少ない。ましてや本書のように『昭和の』という条件がつけば、その神秘性はさらに高まってくる。

本書は戦後出版史において一時代を築いた、昭和の名編集長42人たちの知られざる姿に迫った一冊だ。著者は今から28年前に『昭和の名編集長列伝』という本を刊行し、その10年後には20人を加え、『名編集者の足跡』として再上梓した。本書はその再刊本で、取り上げられる面々の中には故人も少なくない。そうした意味でも、出版文化を育んできた裏方たちの記録として本書は貴重なものだ。

当たり前ではあるが、今や不動の存在感を放つ雑誌にも赤子の時代があり、それを1から育て上げた人がいた。一世を風靡した本の裏にも、作者を発掘し、その才能を世に広めようと奔走した人がいた。

本書ではそうした過程と、そこから浮かび上がる42人それぞれの人となりが描かれていく。彼(女)の紆余曲折の物語を読むことで、「あの雑誌」「あの本」ができた背景や、そこに込められた思いに触れることができる。

中でも読んでいて痺れさせられるのは、数々の大仕事を生み出した揺るぎない編集哲学だ。

「商品テスト」などに象徴されるような、歯に衣着せぬスタンスで絶大な支持を得た「暮しの手帖」。創刊編集長の花森安治はその強烈なキャラクターと仕事へのこだわりで有名だが、本書にも様々なエピソードが出てくる。

雑誌に載せる写真に使うため、片腕だった大橋鎮子(42人の内の1人としても登場する)に深紅の布地を用意させた花森。その布で座布団をつくり撮影を行ったのだが、創刊初期の当時は、まだ白黒写真の時代であった。つまり、布地の色は赤だろうと青だろうとなんでもよかったのだ。

なぜ深紅にこだわったのかと大橋がきくと、花森は「語気するどく、喰いつくような顔」でこのように答えたという。

 「そうだ、この座布団は白黒写真だから何色でも本当はいいことだ。しかし、これから先はカラー時代になる。雑誌にも色が使えるときがくる。そのときになって、編集する者が色の感覚がなかったらどうする。そうなってから間に合うものではない。時間がないのだぞ、一枚一枚の写真、これが勉強ではないか、なにを言う。」

そこまでするかと思わせるようなこうした愚直さが、1万部から出発した「暮しの手帖」をピーク時には100万部を超す大雑誌へと押し上げたのだ。

「雑誌作りというのは、どんな大量生産時代で、情報産業時代で、コンピューター時代であろうと、所詮「手作り」である、それ以外に作りようがないということ、ぼくはそうおもっております。

だから、編集者は、もっとも正しい意味で「職人(アルチザン)」的才能を要求される。そうおもっています。」

「暮しの手帖」昭和44年4月の百号記念号に書かれたこの一節は、軽く40年が過ぎた現在においても全く古さを感じさせない。

他にも「文藝春秋」中興の祖、池島信平や、角川文庫の大躍進の立役者である角川春樹、短歌集では異例の300万部を記録した『サラダ記念日』出版の仕掛け人、長田洋一(河出書房新社)など出版界の寵児となった人物が次々に登場する。

42通りの仕事人生は、地道で、濃く、渋い。「原稿は手で書くのではなく、足で書く」というような、随所に散りばめられた金言を読めば、襟を正される気分になるだろう。編集者以外の無数の仕事に通ずるエッセンスが、本書には詰まっている。

ところで話は逸れるが、本書を読んでいて先日見たテレビを思い出した。作家エージェント会社の「コルク」を立ち上げ、フリーの編集者として活躍されている佐渡島庸平さんを追ったドキュメント番組である。(ご存じかとは思うが、佐渡島さんはマンガHONZの編集長でもある)

新しい仕組みを創り、出版界に革命を起こすべく時代の最前線を走り続ける編集者。そんなスマートな印象(というより先入観?)を持っていたからか、そこで活写されていた泥臭い仕事ぶりには驚かされた。以下、佐渡島さんの言葉を少し引用してみたい。

「僕は魔法の一手はないんだと思って、皆が面倒くさがっていることをずっと裏でやり続けている」

「僕の価値は、引いているハズレの多さですよ」

地道を超える魔法などない───

そんな姿勢が、本書に登場する数十年前の編集長たちからも伝わってくる。もちろん運も関わってはくるが、結果を出す人は今も昔も同様に、積み重ねることを大事にしているのだと本書を読んで思わされた。飽くなき探求心を胸にひたすら理想へと邁進するトップランナーたちは、時代を問わずかっこいい。

42通りの波乱万丈な物語から刺激を受け、来る一年の計を立てる。年越しを間近に控え、そんな読み方をするのもいいかもしれない。

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