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犯罪者を特定する因子は存在するのか? 『暴力の解剖学 神経犯罪学への招待』

冬木 糸一2015年3月9日

HONZが送り出す期待の新メンバー・冬木 糸一。若干26歳にして恐るべき読書量を誇り、彼の個人ブログ「基本読書」では注目のノンフィクションが続々と、HONZに先んじる形で取り上げられていった。こんな危険な輩を外で野放しにしておくわけにもいかないので秘密裏に交渉し、メンバー入りへと至った次第。今後の彼の活躍に、どうぞご期待ください!(HONZ編集部)

暴力の解剖学: 神経犯罪学への招待

作者:エイドリアン レイン
出版社:紀伊國屋書店
発売日:2015-02-26
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日本のようにかなり平和な国であっても人は人を殺す。メディアは殺した人間をどのような人間であったのか、どのような趣味を持っていたのか、いかにも人を殺しそうな人間であったのか、はたまた普段は人当たりのよい人間だったのかと、盛んにそのパーソナリティに迫ってみせる。

そんな時、「どこにでもいる、あなたの隣にもいそうな人間が超凶悪な殺人犯でした! あなたも危ないかもしれません!」とただ危険を煽るだけだと問題でも生じるのだろうか、そこに何らかの特徴をつけて報道することが多い(たとえばアニメが好きだとか)。各自、そうした特徴に気をつけましょう、というわけだ。

しかし、そうした単なる印象論を超えて「犯罪者」と「非犯罪者」を分ける要素は存在するものだろうか。家庭環境の違い、脳の違い、遺伝子の違い、同じ状況においても、ある人は暴力的な振る舞いに出て、ある人は出ないという、その決定的な境界線を超えさせる要素が? 本書はそれを解き明かす為の一冊である。

悪の遺伝子は存在するのか? 脳の損傷は暴力性においてどのように影響しているのか? 社会的要因はどれだけ暴力を誘引させているのか? そして暴力性がある程度理解し、予防から「今後起こる犯罪の予測」まで可能になった未来には、いったいなにが起こりえるのかといった将来的な視点まで含めて総括的に解剖していく。

もちろんそれを追求するのは、なかなか難しい試みだ。「○○がある奴は全員犯罪者になる!」などということは言えるはずがないし、それは容易に差別へと転換しえる。たとえばセロトニンと呼ばれる神経伝達物質がある。ドーパミンが衝動やモチベーションを生み出すアクセルのようなものだと考えれば、逆にセロトニンは気分を安定させドーパミンの暴走を抑える役割がある。セロトニンレベルを下げるドリンクを飲んだ被験者は、ゲームで不公平な申し出を受けると報復行為を起こしやすくなる。じゃあ、体内のセロトニンレベルが平均とくらべてずっと低いのであればそいつは間違いなく犯罪者になるのか? といえば、当然そんなこともない。

セロトニンレベルの低さは暴力犯罪を行った者が犯罪に至った一因であったかもしれないが、それだけが原因ではないのだ。その原因の根本的な切り分けこそが、難しいところだといえるだろう。本書はそのあたりについては、大量の実験例をもって実証を試みようとする。

一つ一つは、うん? ちょっと待てよ、これは本当に調査として正しいのか? 相関関係と因果関係の区別を安易に混同していないか? あるいはサンプル数としてはこれで充分なのか? と考えこんでしまうものであっても、いくつもの実験を積み重ねていくことで確かな方向と「少なくともここまでは確かだ」という基盤が出来上がってくるのだ。

たとえば著者が41人の殺人犯を対象に行なった脳領域の代謝活動の測定実験は、殺人犯と正常対象群とでは脳が機能的に異なることを明確に示している。文字が浮かぶ度にボタンを押すだけの単純な実験において、正常対照群は前頭前皮質、後頭皮質ともに活動が非常に活発だが、殺人犯の前頭前皮質はほとんど活動していない。『概して、四十一人の殺人犯は対照群と比べ、前頭前皮質の糖代謝量が非常に少ない。(p.108)』。

また、前頭前皮質に障害がある場合、衝動性の増大や自制能力の喪失といった様々な人格変化が起こることもわかっている。すべての殺人者に前頭前皮質の機能不全が見られるわけではないが、一つの傾向として存在していることは確かなのだろう。

本書はこのようにして脳や家庭環境がどのように暴力性に関連するのかと幅広く見ていくが、それは何も「犯罪者を非犯罪者から区別しよう!」ということが目的ではない。たとえば妊娠中のアルコールやタバコの摂取が生まれてくる子どもの犯罪率に大きく関わってくることも(慎重に第三要因の統計的コントロールを行った上で)わかっている。こうした犯罪率を上昇させ得る初期の過程を特定することができれば、事前に対処することによって、後々の人生において暴力犯罪を減らすことが出来る。

それはもちろん「そうなってしまった後」、たとえばセロトニンレベルが低いだとか、前頭前皮質のように暴力に結びつく部分が悪影響を被った後でも対処可能なものだ。自分自身が暴力に結びつきやすい衝動を抱えていると明確に意識されれば、自分だけでもそれを抑える、あるいはそもそも衝動が発生しないように立ち回ることも可能になるからだ。しかし、この研究がより実際的な物となっていった場合、自己の制御という自己責任の枠を超えて国家的な介入プログラムや、法律面での改訂にまで至る可能性もある。

たとえば──突然、小児性愛を持つようになって事件に及んだ犯罪者が、実はある時期から脳にでかい腫瘍をかかえていたとする。そして、それを切除したら小児性愛への指向が綺麗さっぱり消えた、などということが起これば、多くの人は同情的になるだろう。

一方、そういった腫瘍が見つからない小児性愛者の脳はほとんど調べられないし、単純に自由な選択をする行為者と判断され、非難される。しかし技術は向上し続けるので、脳の測定精度が向上するにつれ、人がなぜ犯罪に走らざるを得ないのかを、神経科学はもっとうまく説明できるようになる。今は非難される犯罪者も、20年後には同情されているかもしれない。

そして神経犯罪学が発展していった先には、必ずこのような問いが浮かび上がってくる。いったい犯罪の責任はどこまで自由意志に求められるのか、どこまでが脳の、どこまでが環境の要因だったのか。有責性が技術の限界で決まるというのは筋が通らないのではないか、と。

本書は「未来」と題した最終章で「ロンブローゾ・プログラム」という今から20年後の世界に存在しているかもしれない仕組みを仮説的に提示してみせる。ある程度の年齢がいった男性を対象に脳と遺伝子スキャンを行って、犯罪率などにおいて陽性と評価されたものを特別施設へ収容し、改善のプロセスを走らせる仕組みだ。

こうしたSF的な問いかけは、実際そこまで出来が良いとは思わないし、何もしていないうちからその行動の自由を奪うやり方はどう考えても許されるものではない。だが「犯罪に走る可能性が79パーセントある人」を何もせずに放っておいていいのかという問いが無視できないものになりつつある昨今を省みると、この問いかけは俄然、現実味を帯びて迫ってくる。

これまでの、そしてこれからの人間と暴力性の関係について考えるためには、極めて重要な一冊だ。 

サイコパス・インサイド―ある神経科学者の脳の謎への旅

作者:ジェームス・ファロン
出版社:金剛出版
発売日:2015-01-30
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暴力の人類史 上

作者:スティーブン・ピンカー
出版社:青土社
発売日:2015-01-28
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暴力の人類史 下

作者:スティーブン・ピンカー
出版社:青土社
発売日:2015-01-28
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村上浩のレビューはこちら