新しい技術が出現し既存の労働・雇用状況が変化していくと決まって「技術が労働者を駆逐する」「いや、ラッダイト運動の頃の例からわかるように労働者は別の仕事をするようになるだけだ」という議論が巻き起こる。確かに状況だけみると幾度もの技術革新を得ながらも我々は日々の労働から解放されてなどおらず、概ね嫌だ嫌だと言いながら仕事へ向かい、かつてはなかったが今は存在する仕事をするようになっただけのようにもみえる。
しかし本当にそうだろうか。TOHOシネマズはチケットの発券を無人化し、一部図書館は本の貸出、返却、予約した本の受け取りまでをすべて無人化するなど単純なサービスはどんどんシステムに置き換えられている。その仕事をしていた人間は別の仕事・もっと高度な複雑な仕事へとうつったのだろう。だが人間しかできなかったはずの「高度な仕事・複雑な仕事」が今後はロボットの性能が上がり、人工知能が発達し、徐々に駆逐されていくのは想像に難くない。
本書『ザ・セカンド・マシン・エイジ』は技術の進歩による労働環境の変化への対応が行き渡る前に新たな技術革新が起こるために失業が増え格差も増しているのだ──と主張した『機械との競争』を出版し一躍注目を集めたコンビが新たに放つ「新しい時代の技術と雇用論」だ。『機械との競争』から変わった論点・結論はあまりなく、ほぼ同じことを補強し、事例を増し増しにして語っているだけではあるのだが当然時代にそくしたアップデート版としての価値はある。
セカンド・マシン・エイジは原題をそのままカタカナに移し替えただけのものだがその意味するところはファースト・マシン・エイジ=産業革命期の技術が人類文明を大きく前進させた時代の「次」、コンピュータをはじめとするデジタル機器がかつて蒸気機関が肉体労働の代替となったように、知的労働の飛躍的な代替となり得た新しい時代のことを指している。
本書はそんな時代において主に「短い期間においてどれだけの技術的な進歩が起こり、またこれから先何が起こりえるのか」を概観し「飛び抜けた技術の発展はどのような経済的・雇用的な影響をもたらしたのか」を検証し最後にこのセカンド・マシン・エイジにおけるふさわしい政策・個人がとりえる対策をそれぞれ論じていく。
技術的な進歩が我々の社会・雇用においてどのような変化を起こしているのかは、ほとんどの人は肌で感じているだろう。プロには歯が立たなかった将棋ソフトは近年当たり前のようにプロを打ち負かし、Amazonはドローンでの配達を目前にし、Pepperのようなロボットまで出現して不眠不休で働き続ける。年々HDD(とかSSD、USBなどなど)の値段は容量に比して下がり続け今となっては1TBを当たり前に使えるようになった。
物質・情報的に豊かになったのは間違いはない。間違いはないが──『機械との競争』から地続きのテーマとして、本書はそこに格差もまた生まれているのだと主張する。200年にわたって賃金と生産性は同時的に上昇してきたが、現在の状況は生産性は上昇しても賃金の中央値(100のデータがあるとき、下から50番目の値のこと)とは連動していなくなっている。
アメリカのGDPは概ね上昇傾向にあり、2011年にはGDPが史上最高の水準に達したにもかかわらず実質世帯所得の中央値は10%近く落ち込んでしまっている。2012年にはアメリカの全所得の半分以上を上位10%の所得層が占め、さらに上位の1%層は全体の20%を占め──と、幾つものデータが特にアメリカでリッチ層と貧困層の間で所得格差が大きくなっていることを表しているのだ。
問題はそうした所得の格差は本当に技術革新・デジタル化の結果として、一部の高スキル・スーパースターが総取りしそれ以外の人間がロボットやシステムで置き換えられる「ロボットとの賃金競争」にさらされている結果起こっているのだろうか? 起こっているとして、さまざまな要因が関わってくる中でどの程度の割合で影響が認められるのか? である。
実を言うとこの検証は本書の場合、十分とはいえない。厳密に言えば理屈として/思考実験的に検証されるが、実証として広く認められるレベルのものではないのだ。それでも本書が価値を持っているのは、今後機械・システムによって人間の能力の大部分が置き換えられる流れがとどまることはないと想像できるからで、本書は充分な証拠に基づく鵜呑みにして良い事実の提示というよりかは、仮説に基づいた豊富な事例集・検証例・思考実験として読むべきだろう。
たとえば本書で面白かった思考実験に、人間並みの能力を持った、低コストなアンドロイドができたら──とする仮定がある。当然経営者はこのアンドロイドを使うので、人間は失業するだろう。一方でもしこのアンドロイドが料理だけはできなかったとしたら──人間はコックの職に群がり、競争は熾烈になり、企業は低い賃金で人を雇うことができるだろう。
ごく一握りの人間しかたどり着けないような神の腕を持ったスーパースター・コックはそんな状況下であっても高い賃金を約束されるが、並みのコックはそうはいかない。高知能なアンドロイドが街に散らばり、労働の質は平準化され全体からすれば豊かになるかもしれないが、一方で人間の格差を増大する──もちろんこれはちと極端な例だが、今後起こりえる事態の一つである。
では、仮にそれが正しいとして我々はどうすればいいのか。一握りのスーパー・コックになれるのであれば話は簡単だが一握りの人間にしかなれないから「スーパー」なのであって大抵の場合はそうはいかない。本書はそのあたり、個人への具体的な提言と、国家がどのような手を打つのかとする政策への提言と、ベーシック・インカムの検証など幅広くみていってくれる。
『機械との競争』に引き続き、あいも変わらず空想的で、楽観的ではある。しかしあまりに変化が早い時代にはそうした踏み込みがあってこそ、時代の一側面を切り取って、次の情景を見せてくれるもので、特に個人にとってはこれから先の働き方・スキルの積み上げ方へ大きな参考となるだろう。
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