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『伊四〇〇型潜水艦 最後の航跡 (上、下巻)』 忘れさられた兵器と人間ドラマを再び浮上させる!

鰐部 祥平2015年9月8日
伊四〇〇型潜水艦 最後の航跡 上

作者:ジョン・J. ゲヘーガン 翻訳:秋山 勝
出版社:草思社
発売日:2015-07-24
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伊四〇〇型潜水艦 最後の航跡 下

作者:ジョン・J. ゲヘーガン 翻訳:秋山 勝
出版社:草思社
発売日:2015-07-24
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1945年8月28日、米潜水艦セグンドは、日本の降伏文書調印式典に、米海軍の潜水艦の代表として列席するため、日本本州から約1000マイル離れた洋上を航海中であった。そのときレーダーが何かを捉えた。レーダーのスクリーンに現れたブリップの大きさに乗員は目をみはる。これほどの大きさの物体ならば距離1万5000ヤード先からでもレーダーが確実にとらえるはずだ。しかし「それ」がレーダーに捕捉されたのは、なぜか距離5500ヤードまで近付いた地点であった。セグンドの乗員たちはわが目を疑い、次の瞬間には緊張が艦内を支配する。

実はセグンドの新任艦長であるジョンソンは部下たちからあまり信頼されていなかった。悪態をつき、せっかちで、どこかバランスを欠いたように見える人格が、部下たちを不安にさせていた。潜水艦の乗務員は水上艦の乗務員よりも死亡率が高い。完全に逃げ場の無い密閉された空間で、ひとたび事が起きれば全将兵が恐怖と苦しみの内に溺死するという惨めな最後を遂げることになる。

艦長の決断、指示ひとつで乗員の生死が決定してしまうのだ。兵士たちからすれば、艦長こそが自らの運命を握るキーマンなのだ。信頼の欠如により、艦内には常に軋轢と緊張が生じていた。そのような状況で未知の敵艦と遭遇したのだ。

艦長のジョンソン少佐は部下の不安をよそに、目標の追尾を決断。距離3000ヤードまで縮めたとき「それ」は正体を現した。誰も見たこともない、巨大な潜水艦として。この巨大な潜水艦こそ、日本海軍が起死回生のために開発、製造した潜水空母「伊四〇〇型潜水艦」であった。こうして日米の潜水艦による最後のにらみ合いが幕を開ける。

伊四〇〇型潜水艦は全長122メートルにも及ぶ巨大潜水艦だ。伊四〇一号潜水艦を発見したアメリカのバラオ級潜水艦セグンドが95.1メートル。同海軍のフレッチャー級駆逐艦は114.6メートルだ。伊四〇〇型は水上艦艇並みの大きさを持つ。これは当時の潜水艦としては世界最大級の大きさだという。

さらに地球を一周半もできる驚異的な航続距離を持ち、船体の上部はレーダー波を吸収する塗料が用いられ、喫水線より下は音響を遮断する塗料で塗られていた。また司令塔基部にはレーダー波を海上に跳ね返すための、凹凸を持つ設計となっており、潜水艦のステルス性を増す設計になっていたという。

だが、この艦の最大の特徴は艦橋の横に配置された大きな筒型の格納筒と、そこに格納された「晴嵐」と呼ばれる高性能水上攻撃機3機を搭載しているという点だ。

日本海軍の潜水艦は、世界の海軍で唯一、潜水艦に航空機を搭載することに成功していた。もっとも、従来の物は攻撃機ではなく偵察用の航空機が搭載されていた。攻撃機3機を搭載する伊四〇〇型潜水艦は、当時の日本の技術の粋を集め建造された、まれにみるほど独創的な潜水艦であったのだ。

潜水空母隊の構想を描いたのは、連合艦隊司令長官の山本五十六であったという。その目的は早期講和を実現させるためだ。アメリカの政治、経済の中枢であるワシントンとニューヨークに空爆を敢行することにより、アメリカ国民の戦意を挫くことを企図していた。

山本五十六は18隻の伊四〇〇型潜水艦の建造と搭載機の開発にまい進し、驚くほどの短期間で計画案を作成、海軍上層部に承認させている。しかし、山本の死や戦況の悪化、物資不足などにより、建造計画は大幅に縮小、遅滞する事態に陥る。

本書は伊四〇〇号と伊四〇一号を中心にした第六艦隊、第一潜水隊の乗員及び晴嵐のパイロットたちの苦難と葛藤と勇気を、アメリカ人の著者が丹念に綴った作品だ。

第一潜水隊の司令として旗艦である伊四〇一号潜水艦に乗船することになる有泉龍之介は連合軍から「虐殺者」と呼ばれている男だ。彼は第一潜水隊の司令官になる以前、インド洋の任務において撃沈した、輸送船や商船の生存者を(民間人の女性を含む)を次々と拿捕し、虐殺したという経歴があった。

このような、人道に反する行為を行った日本軍の軍人を欧米人が描くときには、当然ながら言語道断とばかりに断罪することが多いだろう。だが著者は念密な取材により有泉の人間性を見事に描き出す。一個の人間を単純に記号化し、絶対的な悪と断罪することは決してしていない。

捕虜殺害の命令は海軍の上級司令部により出されており、その意図は、商船の民間人の船員を無差別に殺害することで、商船に乗り込む志願者を減らし、連合軍の補給を困難なものにしようというものであったという。この命令に多くの潜水艦の艦長が疑問を持ち命令を無視する事態にいたる。

有泉は海軍軍人である事に誇りを抱き、組織に揺るぎない忠誠を誓い、秩序と命令系統を順守する男であった。彼は率先して汚れ仕事に立ち向かい、自らが艦隊の規範にかなうように行動する。だが、彼の真情は複雑であった。自らが犯した虐殺という行為に苦悩していたことが、部下の証言で明らかになっている。

連合軍は有泉の非人道的行為に対し、日本政府に抗議を申し入れる。政府から海軍側に説明が求められると、命令を出した司令部が調査委員を結成。責任の多くを有泉に負わせる。有泉は忠誠を誓う海軍からスケープゴートにされた形だが、彼の出世にこの事件が響くことはなかった。しかし、この時点で捕虜虐殺者として逃れる事の出来ない十字架を背負うことになる

ちなみに有泉の硬直した思考が後に伊四〇一号潜水艦の艦長、南部伸清との軋轢を生む。レビュー冒頭で記したセグンドとの「にらみ合い」の最中にそれは頂点を迎え、ついに噴火することになる。

名誉のために玉砕か自沈を望む有泉に対し、南部は出来る限り乗員を生きて祖国に帰すことこそ、艦長の役目と感じていたのだ。異なる信念を持つ二人の男の対立と葛藤が激しく交差する場面に、読者は手に汗を握りながら読み進める事になるだろう。さらに、部下から信望を勝ち得ていなかった、セグンドの艦長ジョンソンの意外な粘り強さと人間味溢れる行動が、日米の多くの人命を救うことになる。人間というものの多面性と複雑さがそこから垣間見える。

ちなみに、この伊四〇〇型潜水艦は、その後の潜水艦のあり方を大きく変える事になった兵器として近年、再評価の動きがみられるという。それまでは対艦兵器でしかなかった潜水艦に戦略兵器にとしての価値がある事を最初に証明したのだ。日本海軍は戦略兵器として第一潜水隊をサンフランシスコ沖合に侵入させ、晴嵐に搭載された生物兵器で都市を攻撃するという「PX作戦」を計画していた。もっともこれは陸軍の参謀総長梅津美治朗により反対され頓挫した。

しかし、この伊四〇〇型潜水艦が持つ革新性と攻撃性は、核ミサイルなどを搭載した弾道ミサイルで敵国の都市を破壊するという、現在の潜水艦のスタイルに受け継がれていくことになる。アメリカは、この兵器の秘密がソ連に渡る事を恐れ、鹵獲した伊四〇〇型潜水艦を速やかに撃沈している。本書は潜水艦という兵器を技術的にとらえた視点と、その兵器に乗り込み、精一杯生きた男たちのドラマとを、絶妙に交差させた力作だ。

無人暗殺機 ドローンの誕生

作者:リチャード ウィッテル 翻訳:赤根 洋子
出版社:文藝春秋
発売日:2015-02-21
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零戦 その誕生と栄光の記録 (角川文庫)

作者:堀越 二郎
出版社:角川書店(角川グループパブリッシング)
発売日:2012-12-25
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零戦 搭乗員たちが見つめた太平洋戦争 (講談社文庫)

作者:神立 尚紀
出版社:講談社
発売日:2015-07-15
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