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『限界費用ゼロ社会 <モノのインターネット>と共有型経済の台頭』すべてが無料になったなら…

内藤 順2015年10月27日
限界費用ゼロ社会―<モノのインターネット>と共有型経済の台頭” title=”限界費用ゼロ社会―<モノのインターネット>と共有型経済の台頭”></a></p>
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作者:ジェレミー・リフキン 翻訳:柴田裕之
出版社:NHK出版
発売日:2015-10-27
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ここ数年、買い手としての自分と売り手としての自分との間に、上手く折り合いをつけられずにいる。一消費者としての立場から考えると、様々なコンテンツが安く、便利に手が入るようになったことは間違いなく喜ぶべき状況である。だが、広告屋としての売り手の立場から考えるとコンテンツが安くなる状況というのは、決して喜ぶべき状況ではない。

ただ喜ぶべき、もしくはただ憂うべきだけの状況だったら、まだ対処のしようもあるだろう。だが先行きが不透明なまま、もどかしさにかまけて身動きが取れないというのが実情だったりする。そして売るものも買うものも安くなっていく現象は、特定の産業のみに起こるものなのか? 世界全体の富の総量は増えていくのか、減っていくのか? それらの変化に伴い、人間の根源的な欲求は変わりうるのか? 疑問は尽きない。

本書は文明評論家として名高いジェレミー・リフキンが、今起こっている経済パラダイムの変換から、その未来予想図までを克明に描いた一冊である。その目線は私企業的なものよりも視野が広く、それでいて個人レベルのあり方までを丁寧にイメージさせてくれる。『フリー』『シェア』『パブリック』、そして『Makers』とこれまでに連なってきた潮流を「IoT」という概念で統合し、一つの世界観へまとめていく様は壮観だ。

この原動力たるIoTが、社会をどのように変革していくのか。これを単なるモノのインターネットと片付けず、3つの要素を統合する役割として位置づけているところが興味深い。その3つとは、コミュニケーション媒体、動力源、輸送の仕組みだ。つまりIoT稼働システムの要が、コミュニケーション・インターネットとエネルギー・インターネットと輸送インターネットを、緊密に連携した稼働プラットフォームと位置づけているのだ。

たしかに歴史的な経緯を振り返っても、19世紀には蒸気印刷と電信と蒸気機関車という組み合わせが世界を牽引し、20世紀になると電話、石油、自動車などの新しいコミュニケーション/エネルギー/輸送複合体が台頭し、主役の座を占めた。その進化は、希少性をいかに速く囲い込むかという競争の原理の上に成立していたと言えるだろう。

今まさに進行中の変化も、この3つのシステムが相互に作用していることに変わりはない。しかし大きく異なるのが、コストに関する概念だ。変換のためのコストが限りなく0に近づいていくーー限界費用ゼロ社会を目指し、全人類が協働し、それぞれがコモンズでアクセスしたりシェアしたりする姿を想定して、未来が描かれている。

そして後半部から繰り広げられる「すべてが無料になったなら」という壮大なる思考実験こそが、本書の白眉である。限界費用ゼロ社会とは、希少性が潤沢さに取って代わられた社会であり、私たちが慣れ親しんだ世界とはまったく違う。

この時に我々を取り巻くのが、協働型コモンズという環境である。多くの人々が関与し、民主的に運営され、自主管理組織から成り立ち、社会関係資本を生み出す共同体のことを指す。蒸気機関によって人間は封建時代の農奴制から解き放たれ、資本主義市場で物資的な私利を追求できるようになったとすれば、IoTによって人間は市場経済から解放され、協働型コモンズにおいて非物質的でシェアされた利益を追求できるようになるのだという。

このような世界観というのは、旧来型の価値観で捉えると、魅力的に見えない側面があるのは事実である。しかし忘れてはならないのは、このような広範囲に及ぶ大きな経済的変化は、人間の意識自体のより深い変化をもたらす可能性が高いことだ。新たな経済パラダイムは、人間の本性の全面的な見直しを伴っており、それが、私達が地球とどう関係しているかという認識を根本から変える可能性を帯びている。

本書では、資本主義時代に私達が生きる拠り所としてきた核心的価値と築いてきた制度をバッサリと切り捨てる。その論旨は、これまでの成長の促進剤は無駄や非効率さに過ぎなかったと述べているのに等しい。そのうえで来たるべき協働の時代を推し進める新しい価値観や制度、機関を徹底的に探求する。社会の姿とそれを評価する個人の価値観、双方から導き出される世界観には、リアリティが溢れていた。

あらゆるものがネットでつながりつつある時代において、資本主義それ自体の是非や労働における「人間 VS 機械」といった単純化された問題提起は、大きな意味を持ちえない。労働そのものが終焉を迎えるかもしれない世界において、人間は機械に仕事を奪われるのかという議論は不毛であるだろう。

あらゆる方面から分野横断的な議論がなされ、様々なモノが削ぎ落とされていくなかで、浮き彫りになってくる人間らしさとは何か。それこそが、我々が今後長きにわたって問い続けていかなければならない、重要な問いかけなのである。

人間の根源的欲求とは、どこまで根源的なものなのか。そしてそれは環境の進化によって、どのように変容を迫られるのか。文明の未来を紐解くことにより、人類にとってのファイナル・アンサーを突きつけてくる一冊だ。

物欲なき世界

作者:菅付雅信
出版社:平凡社
発売日:2015-11-04
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資本主義に希望はある―――私たちが直視すべき14の課題

作者:フィリップ・コトラー 翻訳:倉田幸信
出版社:ダイヤモンド社
発売日:2015-10-09
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第三次産業革命:原発後の次代へ、経済・政治・教育をどう変えていくか

作者:ジェレミー・リフキン 翻訳:田沢恭子
出版社:インターシフト
発売日:2012-07-12
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