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『FIFA 腐敗の全内幕』ブラッターさん、あなたは賄賂をもらったこと、ありますか?

内藤 順2015年11月3日
FIFA 腐敗の全内幕

作者:アンドリュー ジェニングス 翻訳:木村 博江
出版社:文藝春秋
発売日:2015-10-30
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FIFAの汚職については既にニュース等で何度も見聞きしているし、多かれ少なかれ「この手の組織」に黒い側面があることも想像に難くない。だから腐敗があったこと自体、それほど驚くようなことではないのかもしれない。

だが本書を読んで本当に驚いたのは、なぜこれほどまでの長期間、腐敗を止めることが出来なかったのかということである。そこには地下組織のような腐敗の構造と、世界各国に散らばった関係者をパス回しのようにつなぐ「沈黙の掟」が脈々と息づいていた。これらを読むかぎり、今まさに捜査中の案件についても決定打を放つことが難しいのではないかと感じたほどである。

著者のアンドリュー・ジェニングス氏は、過去半世紀にわたり、様々な組織犯罪のスクープを手にしてきた人物である。1980年代に汚職警官、タイの麻薬取引、イタリアのマフィアを調べあげた後、90年代に入ってからはスポーツ界に目を向け、IOCやFIFAに狙いを定めたという。

組織犯罪シンジケートについて調べた経験が、そのままFIFAを調査するためのウォーミングアップになるーーこれ自体、驚くべきことと言えるだろう。FIFAを牛耳るブラッターの一味は、強く冷酷なリーダー、絶対的な序列、メンバーに対する厳しい掟、権力と金という目標、入り組んだ違法で不道徳な活動内容という、組織犯罪に必須となる要素を全て兼ね備えていた。

ゼップ・ブラッター(現FIFA会長)、ジャック・ワーナー(元FIFA副会長)、ジョアン・アヴェランジェ(前FIFA会長)、リカルド・ティシエラ(元ブラジルサッカー連盟会長、元FIFA理事)、チャック・ブレイザー(元FIFA理事)、イッサ・ハヤトゥ(現FIFA副会長)フランツ・ベッケンバウアー(元サッカー選手)。本書に登場するこれらの人物、すべてが黒だ。そして全編を通して金太郎飴のようにビックスケールな悪事が描かれているから、どのページから読み始めても安心である。

著者によれば、どんな組織でも、トップに腐った臭いがするときは、中間管理職にまともな人間がいるのだという。まだ見ぬ味方を得るために、彼はFIFA会長の記者会見において、満座の前でこんな質問を投げかけた。

ブラッターさん、あなたは賄賂をもらったこと、ありますか?

ブラッターは即座に否定したものの、良識あるわずかな情報提供者の心を動かすにはそれだけで十分であった。数日後、彼はブラッターの関与を裏付ける大量のドキュメントを手に入れる。

ブラッターはワールドカップが稼ぎ出す何十億もの金を背景に、強大な権力を保持していた。さらにその権力を駆使して、あらゆる国と地域を買収する。取引として使われる通貨は、ほぼ無審査の「開発育成交付金」と莫大な数のワールドカップチケット。闇マーケットに流せば無税の利益となる大量のチケットが、投票場での忠誠と会議での沈黙を約束してくれるのだ。

これらの腐敗のルーツを辿ると、1974年にアヴェランジェがFIFAの一代前の会長に就任した時まで遡る。この時アヴェランジェと親交の深かったのが、リオで闇賭博を牛耳るカストル・デ・アンドラーデ。アンドラーデはアヴェランジェにカーニバルの特等席を用意し、アヴェランジェはアンドラーデに献金する。そのやり取りを通じて多くの影響を受けたアヴェランジェは、国際的犯罪組織を作り上げる術をも学び取った。ギャングの家族同士は、盗んだものを分け合うーーこうして利権を供給し、その代わりに権力維持のため奔走させる、FIFAの悪の構造がスタートしたのである。

彼らに共通するのが、悪事に手を染める時の脇の甘さである。サイドバックのような運動量で賄賂を届け続けたISL社の倒産は、FIFA側があまりに多額の現金を要求したことが理由であるというからまったくもって笑えない。さらにダミー会社を通しての資金洗浄にも綻びが出始める。1997年にはISLがFIFAの口座に直接お金を振り込むという手違いがあり、1999年にも大物幹部の指示によりブラジルサッカー連盟がFIFA宛に大金を振り込むという珍事が続いた。

それでも、彼らにレッドカードが出されることはなかった。FIFAの規約では、ブラッター達は世界のいかなる国の法律の制約も受けないと定められている。普通の民事法廷でブラッターやその他の役員を訴えようとしても、サッカーの法律によって阻止されるという超法規的な出来事がまかり通ってしまうのだ。

調査報道とは、タフさが求められる仕事である。おおよその検討がついてからも、証拠を得るまでにはまた別のハードルがある。そして報道が捜索へと進展するまでの間にもまた、気の遠くなるような月日が必要であった。

ただの正義感や熱血漢とはひと味違う、厭世的な語り口ながらも、「老いぼれ一人がFIFAをひっくり返したら面白いじゃないか」という老練な野心が、少しずつ周囲を動かしていく。そして著者はついに、長きに渡って行われたFIFA内部における秘密の支払リストを手に入れる。

事態が大きく動き出すのは、ジェニングス氏が取材で収拾した内部資料が米国のFBIに渡ってからだ。そして迎えた2015年5月27日。米国司法省の意を受けたスイス警察がチューリッヒの高級ホテルにいたFIFA幹部7名を、横領、賄賂、マネーロンダリング、詐欺の容疑で逮捕し、今日に至る。

本書ではこの他にも、本書では2006年ドイツ、2010年南アフリカ、2014年ブラジル、2018年ロシアにそれぞれ開催地が決定した背景や、日韓ワールドカップにおけるイタリアー韓国戦において、なぜ不可解な判定が起こったかについても、つまびらかに言及されている。

これまでに報道された内容と照らし合わせながら読むことで、本書の面白さが倍増することも請け合いだろう。これくらいの表層的なことしかニュースにならなかったこと、それ自体が最大のニュースなのである。

世界最大のスポーツの祭典、ワールドカップ。その裏側では世界最大の悪事の祭典が繰り広げられていた。本書は、その裏側の舞台装置を描き出し、プラットフォーム的な観点から悪事の全貌を描き出す。長期間の独裁政権、情報非公開の慣習、超国籍的に広がったネットワーク。現在渦中の人となっているプレーヤー達が全員が入れ替わっても、この構造にメスを入れないことには悪事を断ち切ることなど出来ないだろうと確信させる。

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