おすすめ本レビュー

『歴史手帳 2016年版』 手帳のイノベーション

吉村 博光2015年12月4日
歴史手帳2016年版

作者:
出版社:吉川弘文館
発売日:2015-10-22
  • Amazon
  • honto
  • e-hon
  • 紀伊國屋書店
  • 丸善&ジュンク堂
  • HonyzClub

この12月に労働安全衛生法が改正され、50名以上の事業所について、全従業員へのストレスチェックが義務化される。本屋さんでは、日記・手帳商戦の真只中である。これは、偶然ではあるまい。いや、偶然か。いやいや、そんなことはどちらでも良い。これまでの日記・手帳は、成功や効率を追い求めるものが多かったが、最近はそのトレンドがやや変わりつつある。ここが重要である。

ご存知の通り、日めくりカレンダーでさえ、従来型の偉人の名言集ではなく、変わり種が飛ぶように売れている。人々は、ストレスへの自衛手段として、従来の価値観に向き合い続けるのを避けようとしているのではないだろうか。交感神経と副交感神経、オンとオフを上手に切り替えるのは、もはや至上命題なのである。そんな時代に、お薦めしたいのが『歴史手帳』である。

この手帳、実は60年を超える歴史がある。タイプとしては、従来型の「専門手帳」に分類されるのかもしれない。しかし私は、これを「ビジネス手帳」として使う予定なのである。用途を転じるということは、まさにイノベーションではないか。じつは、この『歴史手帳』。昨年の全面改訂を機に大ブレイク中で、2016年版も売れ行きが順調だ。プロの歴史家の方だけでなくライトな歴史ファンへと、ユーザーが広がっているのは間違いない。

装丁は、通常のビジネス手帳と変わらず黒っぽい重厚な作りだ。だから、会議などで机に出していても全く違和感がない。スケジュール管理ページは、年、月、週単位のものがあり、週単位見開きの右側には、なんとその時期に開催される「お祭り」の情報が掲載されている。そして、巻末には「歴史百科」とでもいうべき充実した歴史資料がついている。言葉で説明するよりも、中身の画像をご覧いただいたほうが伝わりやすいと思ったので、吉川弘文館さんから画像をご提供いただいた。順を追って、見ていこう。

表紙を開くと、方位図と時刻表が目に飛び込んでくる。巽(たつみ)が東南であることはわかるが、坤(ひつじさる)といわれてもピンと来ない。またもし、時代劇で「丑の刻に殺しがあった」といわれれば夜中の2時くらいだとわかるが、町娘に「未の刻に鳥居の下で待っているわ」といわれてもメェの音も出ない。そんな私でも、この手帳があれば安心である。ちなみに、次のページの左端が定規になっているが、なんと「寸」も計れるようになっている。そしてその後には、手帳の主役・スケジュール管理ページが続く。年、月、週のオーソドックスな順番である。見開きの週間スケジュールページをご覧いただきたい。

まずは、私の誕生日がある週を開いてみた。私が約20年使い続けてきた手帳と、ほぼ同じレイアウトである。これは使いやすそうだ。でも、本手帳のウリのひとつである全国のお祭り(年中行事)情報が、これではちょっと寂しいではないか。そこで私は、出身地・長崎で「おくんち」が行われる10月上旬のページを開いてみた。

おおっ!お祭り情報が、盛りだくさんではないか!お祭りときいただけで、ワクワクしてくる日本人は私だけではないはずだ。このページをご覧になっただけで「即買い」される方もいらっしゃるに違いない。夏から秋にかけてはお祭りが多く、ほぼこんな感じである。通勤電車のなかで、このページを開きながら、次の週末に思いをはせるのも良いかもしれない。確かにお祭り情報に浸食され、書き込む余白が少ない気もするが、まぁそれもご愛嬌である。

そして、巻末の歴史百科である。ここまで読まれた方は、どんな資料が掲載されているか興味津々ではないだろうか。予め断わっておくが、全てを紹介するのは無理だ。最初に出てくるのは、世界史・日本史重要年表。見開きの左ページが世界史、右ページが日本史である。室町時代にヨーロッパでは黒死病が流行っていたのか!そんな驚きの後に続くのは、日本や中国の年号一覧と日本歴代表。「歴代天皇」「将軍」「内閣総理大臣」の名前などが列挙されている。私などは、眺めているだけで色々なシーンが蘇ってきて、時間を忘れてしまった。次に、地図などの図録を見てみよう。

これは、国県名対照表である。畿内・七道。それぞれの国の名前が、とても見やすく整理されていて、時代小説を読む時に役立つ。図録では、塔婆の形や鳥居の形、仏像の部分名称など、美しい絵で紹介されている。仏像の手の置き方(印契)までも、紹介されているのには驚いた。図録ではないが、「出羽三山」といえば月山・羽黒山・湯殿山、「四天王」といえば持国天・増長天・広目天・多聞天であることがわかる名数表という資料も面白い。「五大老」は知っていても、「五奉行」は明確でない方も多いだろう。

歴史というよりも観光資料に近いものもある。全国にある美術館などの文化施設一覧や国宝・史跡一覧、国内の世界遺産一覧は、旅行好きの方には堪らないだろう。ビジネスで疲れたときにこの資料を開くだけで、心はオフになり、空想の世界に旅立つこともできる。他にも、文化勲章受章者一覧、日本人ノーベル賞受賞者一覧などの資料がある。面積や人口などを列挙した「都道府県要覧」や、同じく「世界各国要覧」といった資料は、ビジネスでも参考になるだろう。

振り返ると私は、公害や環境破壊など様々な問題を引き起こしながら疾走する世代を畏怖しながら、若い頃は佐野元春の「ガラスのジェネレーション」なんかを聴いて自分を慰めてきた。でも結局、大きな転換を果たすことなくこのストレス社会を作り、次の世代を苦しめているのかもしれない。その償いのひとつとして「手帳のイノベーション」に貢献したい。気がつくと私も、こういったダジャレが大好きになってしまった。ダジャレも、心をオフにする貴重なスイッチのひとつである。大人になったものだ。ガラスの当時は、こんなスイッチは持っていなかった。ストレス社会から身を守るために、心をオフにする「ビジネス手帳」を使ってみようと思う。