2015年のHONZが、全力でレコメンドする『冒険歌手 珍・世界最悪の旅』。あらためて冷静に振り返ると、この本に関しては何から何までヘンである。
真っ先にレビューを書いた塩田春香は、朝会で紹介した時から様子がヘンだったし、続いてレビューを書いた仲野徹はいつもと変わらぬように見えるが、元々ヘンな人である。強烈なキャラクターを誇る藤原隊長、そして若き日の角幡唯介、おまけに担当編集者までもがヘンだった。時空が歪んでるのかと思うほどに、何かがおかしい。
それなら著者の峠恵子さんは、どれくらいヘンな人なのか。その目で確かめてみたくなるのも無理はないだろう。実はレビューが掲載された直後から、峠さん本人へアプローチはかけていた。しかしその時彼女は、豪華客船で歌うため海外へ行くという、おおよそ本書の内容とはかけ離れた仕事をしており、連絡の取れぬ日々が続いたのである。
事態が動き出したのは、11月の最終週だ。帰国したばかりの峠さんとメールでやり取りがはじまる。すぐにインタビューをさせてもらうことのOKまでは出た。しかし「ライブに招待しますので、よかったら来てくださいね〜」というメールが来たが最後、そのまま再び音信不通状態になってしまう。
「この日の、このライブですかね?」などとメールを打ってみるも、返事は来ない。しかし本書を読んだ方ならお分かりかと思うが、これくらいのことで驚いてはいけないのだ。おそらく、このインタビューそのものも冒険の一環なのだろう。そう解釈した僕は、それと思しき町田のライブ会場へ向かった。まだ見ぬ峠を求めて、東京のその先へ。
ライブ会場の扉を開き、おそるおそる係員の人に話しかける。
「あの〜、今日のライブに招待されているかもしれない、内藤と申しますが」
「はい、承っております」
よっしゃぁ。第一関門、突破! 話通ってたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ
そして終了後に、インタビューをさせてもらいたい旨も伝え、会場の中へ。既にライブは始まっていた。
じゃーん。初めて見るリアル峠恵子、しかも歌っている!
カーペンターズの名曲から、BS朝日「鉄道・絶景の旅」の主題歌「主人公」、そこにオリジナルの曲も交じる。最後はお客さんと掛け合いながら曲を決め、締めは「コーヒー・ルンバ」で。とにかく生で聴くと、迫力がスゴい。
一方合間のMCはというと、これが本の印象そのまま。そのギャップが、多くの観客たちを魅了するのだろう。そしていよいよライブが終わり、インタビューの時を迎える。
ついに! 本当に本当に峠恵子さんがやって来た!
*
内藤:今回の本を出された後の反響は、いかがですか?
峠 :もう、前回の時(『ニューギニア水平垂直航海記』)と全然違いますよ。前回は本を出したっていっても、ほとんど反響がなくて…。唯一あったのが椎名 誠さんくらいですかね。で、だいぶ経ってから高野さんが反応してくれて。だからHONZのフライング塩田さんには、もう感謝、感謝ですよ。
あ、ビール飲んでいいですかね?
内藤: あ〜もう飲んでください、飲んじゃってください、とことんヤッちゃってください。
内藤:まず、冒険に出る前のことからお聞きしたいんです。本の中で冒険に出る前は「平和そのものの日々」であったと書かれていましたが、これがにわかに信じられないんですね。その前にも色々とあったのでしょうか? いや、ありましたよね? いやいや、あったに違いないんですよ。
峠 :はい、色々ありました(笑)。もう、大ドンデン返しの連続ですよ。よく神様は、私にこんな面白いことばかりを仕掛けてくるなっていうくらい。
たとえば高校受験時の時なんですが、ふつう公立高校ってみんな受けられるじゃないですか? ところが高校の担任が私の願書を出し忘れて、公立高校を受けられないという、まさかの展開になるのよ。
それで私立高校の滑り止めを受けて合格発表を見にいったら、今度は名前がないっ。で、「あ〜浪人だ、もう私死にたい」などと母にグチったら、母が「お母さんはね、恵ちゃんが受かっている気がするの。」「母の勘よ、受かっているかもしれない」って言うんですね。それで学校に問い合わせてみたら、まさかの掲載ミスで合格していたんですよ。
内藤:エ〜ッ(絶句)。
峠 :だけど高校入学がそんな感じだったから、もういいやって思っちゃったのかな。前から留学したいなとも考えていたので、「留学するので、学校辞めます」って先生に言ってみたのね。そしたら「こんな劣等生が留学とか言ったら、ほかの生徒に申し訳がたたない」とかって言われてちゃってさ。「どうしたら、学校辞めさせてもらえますか?」って聞いたら「英語で一番の成績を取れ」だって。もう奮起して、一番の成績取って、やっとこさ高1で自主退学ですよ。
それで、今度は向こうの大学に行ってみたらすごくレベルが低くって、これは日本に戻った方がいいかなと思い出したのね。それで大検受けて成城大学へ辿り着いたという感じです。
内藤:本を書く時に、何か気を付けていたことってありますか?
峠 :まず、難しい用語とか、山に関する専門用語とかは書かないように気をつけましたね。知らない人でも読めるように。
内藤:どうしてこんなにウンコやオシッコ、ゲロの話が、増えていったんでしょうか?
峠 :やっぱりね、そこがポイントだと思ったのよ。みんな食べる方ばかり、気にするでしょ。でも食べる方って、4〜5日食べなくても我慢できるのよ。でも出る方は、防げないじゃない。私はそれを、冒険の初日に気づいたんです。「あ〜 私がバカだった」と。
内藤:船上という閉鎖空間で、3人だけになるわけじゃないですか? 状況が悪くなった時のパワーバランスってどのようになるんですか?
峠 :ユースケと隊長の関係は穏やかだけど、私と隊長は常にバチバチですね。でも2対1になったりとすることはなくって、基本的には三者三様かな。ユースケ(角幡 唯介)はいつも不機嫌。運命共同体だから、どこかに信頼関係はあるんだけどね。でもやっぱり性格も趣味も、みんなバラバラだったな。
内藤:喧嘩っぽくなった時の仲直りのきっかけは、誰が作ることが多かったんでしょう?
峠 :とにかく「私が謝る。以上」みたいな。ユースケは生意気なこともあるんだけど、あまりにも年が離れているから学生さんという感じだった。
内藤:船の上では大自然だけが相手で、ニューギニアに着いてからは外部の人が入ってきたりするじゃないですか? どちらが大変ですか?
峠 :外部の人が入ってきてからの方が、大変ですね。自然よりも人間の方が厄介。船は、なんだかんだで平和だったと思いますよ。嵐が来たら3人でワーって作業して、穏やかになったら「穏やかだね」なんて言い合って。自然には誰も敵わない。生かさせていただいておりますという感じでした。
内藤:最初に面接で会った時の、藤原隊長の第一印象はどんな感じでしたか?
峠 :もうとにかく「隊長」って感じよ。ちょっと外国人っぽい顔つきで、少しだけ岩城滉一にも似ていてさ。ギョロッとした目で、煙草プカ〜っと吸って、だけど着ているのはスポーツウェアみたいな。とにかく眼力がスゴかったな。だから、すっかり女は騙されちゃうのよね。
内藤:「この人ヤバイな」と最初に思い始めたのは、いつ頃からですか?
峠 :行く前から、少しヤバイなと思ってました。とにかく家がグチャグチャ。横須賀の市営団地に住んでいて、家なんか燃えちゃって緊急事態だっていうのに、足の踏み場もない。風呂は入らない、歯も磨かない、で、しかもその家を放ったらかしまま、探検に出ちゃったのよ。ここまで世間に迷惑かけて平気なんだもん、信じられない(笑)。
内藤:それでも、冒険に行くのを止めようとは思わなかったわけですね(笑)。
峠 :ちょっと怪しい人だけど、まぁ行ってみるか、と。探検家としての実力は確かだったからね。だって、新宿住友ビルを素手で登ったくらいだからね。素手だよ、素手。
登っている途中に、ヘリとか警察とかが追っかけてきたんだけど、最後の方になったらみんな「ガンバレ、ガンバレ、ガンバレ」って、応援し出しちゃったんですって。頂上まで登ってからは、逮捕されて新宿の留置所に入るでしょ。そしたらそこに入っていてたお仲間たちもみんなソレを見てた、と。だから、みんな隊長を大歓迎しちゃったっていう…。「なんか留置所に入ったら、俺ヒーローでさ〜」とか言ってたな。ま、そんな人ですから。
内藤:帰ってきてからは、3人で会おうよ、みたいなことにならなかったんですか?
峠 :ないですね。ユースケは仕事の関係で富山の方へ行っちゃったし、コーちゃんは、あれ以来音信不通です。ある人の連絡先を知りたくて、(本書巻末の特別対談より前は)一度だけユースケとはメールでやり取りしたかな。
内藤:でも帰国してから、しばらく隊長と一緒に暮らしてたんですよね?
峠 :そうなのよ。何だか知らないんだけど、私が養わなきゃいけなくなってたのよ。
内藤:隊長は、なんで現在ワメナ(パプアニューギニア)に居るんでしょうか?
峠 :要は悪いことしすぎて、日本にいられないんじゃ(笑)。私のお金を数百万ちょろまかすなんて、何てことない人だからね。だけど、みんな惹かれちゃう。この人がいると、やっぱり面白いってなっちゃうのよ。それでも日本には戻ってこられないでしょうね。
内藤:でも別にワメナじゃなくてもいいじゃないですか。
峠 :やっぱり夢があったんじゃないかな。噂では現地の女の人と結婚して、永住権を取ったとか。
内藤:隊長と峠さんとの間で似ている所って、ありますか?
峠 :人のやっていないことをやろうとするっていうところですかね。ただひたすら、新しい世界を見たいっていう感性は同じかな。
内藤:この本の面白さって、冒険家・峠恵子としてのスキルとマインドのギャップが生み出していると思うんですよ。失礼ながら冒険のスキルはそれほどでもないように思えるのですが、冒険のマインドだけは妙にプロフェッショナルじゃないですか。この完成度の高さは、いつ頃からなのですか?
峠 :ずっと体育会系だったっていうのが大きいですね。あとは私ファザコンなんですけど、うちの父がとにかく苦労人で、その影響かな。小学校しか出てなくて、未だにローマ字も読めないのに、従業員50人くらいの会社をやっているんです。彼を見ているとずっと苦労の連続で、それでも道を切り開いてきたし、先見の明とかもあって。だから、うちのお父さんみたいになりたいなっていう憧れがそうさせているのかも。
内藤:リスクに対する感受性が、常人離れしているとしか思えないんですよね。人を見る目とかはスゴくあるからいろいろ分かっているのに、なぜか危ない方向へ行っちゃうという…。
峠 :いや、それでも毎日驚きの連続でしたよ。それが、なぜか順応しちゃうのよね。無いなら無いで良しと。
内藤:旅の道中でいろんな島とか、村とかに行ったと思うのですが、住むならどこが一番ですか?
峠 :やっぱりニューギニアかな。物価が安いし、温かいから何やっても生きていける。グアムは物価が高いし、最近だと日本以外のアジア人もわんさか来るようになっちゃっているしね。
内藤:ニューギニアだとどこですか?
峠 :ワメナは良かったですよね。隊長が住むのも分かるし、ユースケももう一回行きたいって言ってるし。虫とかが多いから、それだけはちょっとね。
内藤:冒険に行く前と後で、なんか変わったことってありますか?
峠 :人脈と物欲。物欲は単になくなったっていうだけだけど、とにかく人脈は増えたのよ。ヨット関係でお金持ち、いわゆる葉山マリーナ、逗子マリーナあたりの億万長者の友達がいっぱいできる。ヨットでこんな冒険をやりましたって言うと、「今度じゃあうちのパーティーおいでよ」なんて言われて、行くとカーペンターズとかも歌えちゃうわけじゃない笑
成城大学っていうブランドに守られているところも大きいかな。ウンコ、オシッコ、ゲロしてても、成城大学出身ならOKみたいなところってあるからね。切り札なのよ。今度、成城大学の卒業生向けの会報誌で、「卒業生が本を出しました」っていうコーナーにも、この本で出ちゃうんですって。
内藤:音楽活動への影響はあったのですか?
峠 :以前は、ステージに出る前に着飾ったりとか、そういうことに一生懸命だったんだけど、今は歌うことだけに専念しているかな。着飾ることよりも、己の肉体から出るもの。あ、ウンコとかオシッコの方じゃないわよ(笑) 。自分で作るオリジナルの歌も、チマチマした恋愛モノとかじゃなくて、人生的なものが歌えるようになったなぁ。
内藤:ご自身の何が、このような不思議な出来事を引き寄せていると思いますか?
峠 :分からない。わりと、どこ行っても楽しいんで(笑)。あの人と結婚したのも、そうでしょ。あ、旦那です。(ここで突然、旦那さん登場。巻末特別収録に出てくる「波動療法」の旦那さんである)
内藤:エッ(目が点)
峠 :(旦那さんに向かって)あんたさ〜、お客さんにビールくらい出しなさいよ。
内藤:・・・。いや〜 結婚観が、非常に特殊ですよね。毎回相手の顔も思い出せないくらいのタイミングで結婚するでしょう。恋愛の延長線上に結婚というものがないんですか?
峠 :それは、そう! 私、結婚は「助け合い」と思ってますから。恋愛結婚した友達で、離婚した人だって多いし。うちの両親も恋愛結婚じゃなくて、じゃあ根本的に気が合うのかと言ったらそれほどでもないんだけど、父は会社を立派にして、母は家を守って。だから気が合わなくても、お互いを支えっていければ良いんじゃないかと。
内藤:じゃぁ、どちらかというと、ビジネス・パートナーに近い感じですか?
峠 :そう、そう、そう。だから何の前触れもなく、突然結婚しちゃうんです。ロタ島の時もただロタ島に住みたかっただけなんですよ。あそこは海の透明度が世界一で、すっごい綺麗なんです。
内藤:今、藤原隊長から、「恵子、もう一回三人で冒険に行くぞ!」って言われたらどうします?「きっと面白ことがあるぞ」なんて言われちゃって。
峠 :いやぁ〜、どちらかというと、高野さん(高野秀行さん)と行きたい(笑)。高野さんとアヘン中毒になってみたいわ(笑)。ユースケは真面目すぎるところがあるけど、高野さんは面白いもんね、あの人。
私、高野さんの大ファンで。高野さんが「奇書中の奇書」って言ってるからビックリしちゃって、あなたの方が変人よってね(笑)そういえば、ユースケも、あきらかに変人であるとか書いてたわね。おかげで旦那と夫婦喧嘩すると、「高野さんも、角幡さんも、お前のこと変人って言ってんだから認めろよ」とか言われちゃって、大変♪
内藤:じゃあ、HONZで高野さんと対談でもやってくださいよ!
峠 :やりたい! やりたい!ライブにもご招待させていただいてるんですけど、なかなかタイミングが合わなくて。
内藤:今後、冒険してみたいことってあるんですか?
峠 :ん〜どうだろうな。もう年取っちゃったし、主婦だし、婆ちゃんもいるし、猫もいるから。物理的な冒険はもう無理かな。精神的な意味での冒険は、どんどんやっていきたいけど。
内藤:この話って、ひょっとするとドラマとか映画とかの話が来るんじゃないかって予感がするんですよ。その時のために、配役を考えておきませんか。
峠 :なりますかね?
内藤:いや、なります、なります。言っとけば、何でも思い叶いますよ(笑)。じゃぁ、まず藤原隊長役は岩城滉一さんでしょ、ユースケ役は今だったら山崎賢人さんあたりかな。さて峠さん役は誰にしますかね?
峠 :イモトアヤコさんとかですかね(笑)。
内藤:それだと、バラエティになっちゃうじゃないですかっ!
内藤:それでは最後に、HONZの読者へ向かって一言お願いします。
峠 :え〜、特にないなぁ。まぁ、強いていうなら一寸先は闇ではなくて、本人次第でいくらでも楽しくなりますよってことですかね。自分でも自分の人生が面白いって思うもの。
内藤:今日は、どうも、ありがとうございました。
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実に1時間以上に及んだインタビュー。しかし、そのうち40分くらいがここには書けない話ばかりで、実際に原稿に出来たのは1/3くらいである。それでいて、この濃さ!
いっそのこと、洗いざらいに全部書いてしまおうかとも思ったのだが、彼女に万一のことがあったら、国家的損失のレベルに匹敵するのではないかーーそう思い、必死で自分を抑えた。それくらいの希少人物である。
ちなみに峠さんは、月1回町田のまほろ座という会場でライブをやっているとのこと。来年の1月はすでにSOLD OUTだが、2月20日(土)、3月26日(土)にもやっているので、こちらも是非一度足を運んでいただきたい。新たな冒険へと旅立った峠恵子さんに会うことができるだろう!