HONZ今年の1冊

2015年 HONZ 今年の1冊

最高の1冊を決める!

内藤 順2015年12月30日

2015年、最高の一冊を決める! さっそく意気込んでみたものの、なかなかの難題である。何をもって最高とするのか。今年最も注目を集めた一冊なのか? それとも最も売れた一冊なのか?

どちらでもないだろう。我々が本に求めているのは、マスメディア的なものではない。それなら、どのような本を求めてきたのか? 情報の送り手としての立場ではなく、今一度、読書人としての基本に立ち返ってみる。

多くの人に影響を与える本よりも、一人の人生に狂わせるほど大きな影響を与えられる本。
たとえば自由について論じられた本よりも、存在そのものが自由である本。
今すぐ役立つ本よりも、5年後にも本棚から取り出したくなるような本。
時間を節約するための本よりも、時間を忘れられるような本。
答えが書かれた本よりも、問いを見つけられる本。

つまりは、本の世界をもっと広く捉えて楽しみ尽くしたい。このために必要となってくるのが、多くの人にとって未知のフロンティアとなっている領域への探究心である。だから25人のメンバーからは、25通りのNO.1が生まれた。

それでは2015年、HONZメンバーそれぞれの、最高の一冊を紹介してみよう。まずは、「2015年に加入した新メンバー with 仲野徹」から

冬木 糸一 今年「最も興奮した」一冊

ネオ・チャイナ:富、真実、心のよりどころを求める13億人の野望

作者:エヴァン・オズノス 翻訳:笠井 亮平
出版社:白水社
発売日:2015-07-28
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今年読んでいて一番興奮したのは中国へ特派員として滞在した海外ジャーナリストが書いたルポタージュ『ネオ・チャイナ』だ。的確に中国の実情──大きな成長と同時に存在している異常な歪みを描き出しているが、そこで歪みにあらがって生きる人々はまるで英雄譚の主人公のように魅力的である。

現地で政府批判を行うジャーナリストは一歩間違えば問答無用で逮捕されてしまう危険と隣り合わせの中で「わかりにくい」言葉を使いながらなんとかチェックアンドバランスを得ようとしてみせる。あらゆるものを性急に、杜撰に進めようとする傾向から建設計画は各所で短縮され、その結果事故が起きて人がガンガン死ぬが、ウソまみれの政府発表と報道規制によってチェックは行われず、改められることはない。

中国文化論としてはもちろん、理屈にあわない理不尽の中で、それでも野望を抱き自分なりの理屈を通し、人生の幸福を掴みとらんとする人々の物語として是非オススメしたい。 ※ふるまいよしこさんの客員レビューはこちら

佐藤 瑛人 今年「最も今こそ読むべきと感じた」一冊

暴力の人類史 上

作者:スティーブン・ピンカー 翻訳:幾島幸子
出版社:青土社
発売日:2015-01-28
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暴力の人類史 下

作者:スティーブン・ピンカー 翻訳:幾島幸子
出版社:青土社
発売日:2015-01-28
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上半期のベストにも挙げたが、年間ベストも引き続き本書。ISISによるパリでのテロやサンバーナーディノでの銃乱射など下半期でも不穏なニュースが多かったからこそ、敢えてもう一度この本の重要性を強調しておきたい。テロを勘案しても長期的な暴力・殺人の発生率は下がっており、戦争・紛争による死者は減り続けている。日本も例外ではなく、毎年殺人事件の被害者数は過去最低を更新し続けているのは、法務省の発表している犯罪白書で誰でも確認できる。

人は歳をとるほど「昔はよかった」と言いたい気持ちになりがちだが、昔も今も「昔の方がよかった」ことなど人類の歴史においてほとんどないのだ。国家が戦争以外のことに税金の使い道を見つけたのは、せいぜいこの100年ほどで、社会福祉や公共サービスもそれ以前は存在しなかった。市民は自らの財産の所有権を確保し、階級や職業に関係なく無尽蔵な知識にアクセスすることができ、王侯や政治家の気まぐれで逮捕・処刑されることもない、幸せな21世紀という時代に生きていることを感謝しつつ読みたい一冊。 ※村上浩のレビューはこちら

仲野 徹 今年「なんといっても長かった」一冊

沈黙の山嶺(上) 第一次世界大戦とマロリーのエヴェレスト

作者:ウェイド・デイヴィス 翻訳:秋元 由紀
出版社:白水社
発売日:2015-05-26
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沈黙の山嶺(下) 第一次世界大戦とマロリーのエヴェレスト

作者:ウェイド・デイヴィス 翻訳:秋元 由紀
出版社:白水社
発売日:2015-05-26
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今年読んだ中でいちばん長かった本は『沈黙の山嶺 第一次世界大戦とマロリーのエヴェレスト』上下巻であった。2冊あわせて830ページ、それも二段組。タイトルから、英国の登山家ジョージ・マロリーのエベレスト登頂をめぐる本と思って読み始めたのに、延々と第一次世界大戦の凄惨な話が続いて、マロリーがようやく活躍し出すのは上巻の最後あたり。まるで詐欺商法である(笑)

内容はむちゃくちゃ面白かったので読み切れたが、なんせ長い。よくこんなに長くて売れそうもない(失礼!)本を訳す人がおるなぁ、どんな変わった人やねんと思っていたら、訳者の秋元さんがHONZに参加され、あまりにまっとうそうな人だったので心底がっかりした。

しかし、この読書体験は大きかった。分厚い本が怖くなくなったのだ。そうでなければ、『ルシファー・エフェクト』のような808ページもある本に手を出すこともなかったはずだ。

ウィキペディアによると、世界で一番厚い本は、コンテストに応募した4万人以上の子供たちの絵や文章を掲載した“Das dickste Buch des Universums”で、厚さ4.08m、50,560ページ、220kgらしい。来年はこの本に挑戦、と思うわけないわな。家に置くにはちょっと分厚すぎるし。

秋元 由紀 今年「最も手前味噌な」一冊

沈黙の山嶺(上) 第一次世界大戦とマロリーのエヴェレスト

作者:ウェイド・デイヴィス 翻訳:秋元 由紀
出版社:白水社
発売日:2015-05-26
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沈黙の山嶺(下) 第一次世界大戦とマロリーのエヴェレスト

作者:ウェイド・デイヴィス 翻訳:秋元 由紀
出版社:白水社
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非常に手前味噌なのですが、やはりこの3年半、寝ても覚めても本書のことで頭がいっぱいだったので、紹介させていただきます。

今日、人が世界最高峰エヴェレストに登るのは(本人には一大事でも)そう珍しいことではない。しかし90年前、人間が初めて同山に挑んだ1920年代には、それは人間の限界を超えたとんでもない冒険だった。

当時の登山隊員のジョージ・マロリーが、なぜエヴェレストに登るのかとの問いに「そこにあるから」と答えたのは有名だ。でも、「そこ」も何も、初めはエヴェレストがどこにあるかも正確にはわかっていなかった。最初期の登山隊は、気象や地形の情報も不十分で装備も原始的なまま、デスゾーンに踏み込んだのである。

それでもマロリーたちは、自分たちは当然登る、登れるのだと信じて前進する。その姿勢には、一時は地球の4分の1近くを支配した大英帝国――登山隊を派遣したのも大英帝国である――の自信や尊大さが重なる。

著者は、1920年代の遠征隊隊員が大英帝国の人員であり、第一次世界大戦帰りが大多数であったことに着目し、マロリーを上へ上へと登らせた原因を深く探っていく。だから「延々と続く」第一次世界大戦の話こそが、本書の重要な肝なのである(笑)

単に「昔はたいへんだったのね」で片付けられない何かが心に残る、濃密な一冊に仕上げることができたと思う。 ※訳者解説はこちら

柴藤 亮介 今年「最も人類の未来を考えるキッカケになった」一冊

「インターネットの普及を基準点として、以前/以後で区分けしていくことに意味はあるのだろうか。」MITメディアラボの所長を勤める伊藤穣一氏の問いかけから始まる本書では、脳科学や科学、学際情報学などを専門とする6名の研究者たちにより、アフター・インターネットの世界観について描かれている。

遺伝子工学や合成生物学の進展により、私たちのアイデンティティの意味合いが変化して、倫理観のコントロールが必要となる「バイオ・イズ・ニューデジタル」の未来が到来したとき、私たち人類はどのような価値観を持つようになるのだろうか…。「進化」という言葉の意味をジックリ再考してみたくなる一冊でもある。

堀川 大樹 今年「最も脱力した」一冊

脱力、と言っても、期待はずれだったとか、そういう類の意味ではない。本書は読んだ者が背負っている変なプレッシャーを軽くしてくれ一冊だ。

私たちは他人や自分が作り出した妙に高い理想を実現しようとするあまり、無駄に自分たちの首を絞めていることがよくある。社会が複雑化した現代においては、仕事にしろ家庭にしろ、画一化された理想像をすべての人が追い求めるのは無理がある。

もっと力を抜いて、各人がそれぞれに合った生き方をすればいいんじゃないか。そんなことを、ニートである著者がこれまた脱力した文体で伝えてくれる。本書は。頑張りすぎて人生が苦しくなったときに読む処方箋となるだろう。

アーヤ藍 今年「最もギャップに萌えた」一冊

フォトジャーナリストが見た世界: 地を這うのが仕事

作者:川畑 嘉文
出版社:新評論
発売日:2014-06-26
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被災地・紛争地に関わる現場に足を運び、写真を撮るフォトジャーナリスト…と聞くと、使命感に燃えた熱い人で、自分とは違う世界に生きる崇高な人のようなイメージが湧いてくる。国際情勢に関心のある人は、一度は憧れを抱く職業かもしれない。

本書も装丁を見る限りは、そんな、真面目で、堅そうで、世界の重い現実が詰まっているような匂いがプンプンしてくる。

しかし本文の第一声が「カ、カネがない……」だ。

次のページには、

はっきり言ってぼくの生活はカッコ悪い。……1980年代の流行語「危険、汚い、きつい」の3Kに、「カネがない」と「カッコ悪い」……ぼくの場合、「カアチャンにいまだに頭が上がらない」を加えた6Kとなる。

と綴られ、2ページ目にして、頭の中のフォトジャーナリスト像はガラガラと崩れる。
その後も随所に自虐ネタが盛り込まれているが、イヤらしさはなく痛快で、決して誇張されているのでもなく、「現実」であるからこそ興味深い。

まるで大好きな落語を聴いているかのように、くすくす笑いながら、サクサク読み進められるが、気づくと今度は世界で起きているシリアスな現実、問題のなかに惹き込まれている…。

いろんな“ギャップ”に気づけば“虜”になっていた一冊だ。 

HONZがこうして活動していられるのも、ひとえに良質なノンフィクションを送り届けてくれる人たちの存在があってこそだ。HONZメンバーの中にも、日頃は本を送り出す側の人たちが数多く在籍している(物流、内定者含む)。そんな本のプロフェッショナルたちが選んだ、今年の一冊はいかに?

足立 真穂 今年「最もやっちゃった」一冊

あたしとあなた

作者:谷川 俊太郎
出版社:ナナロク社
発売日:2015-06-24
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「なんだろう?」と思わず手に取ってしまったのがこれ。帯はついているもののカバーはなく、布貼りの瀟洒な本です。で、「37の書き下ろし詩 特製しおり付」と帯に書いてあり、谷川俊太郎さんの詩集なのでした。

仕様は、「B6判変型/上製クロス貼り、3c全面箔押し」。「上製クロス貼り」というのは、布貼りのハードカバーのことで、青・白・金の3色の箔が位置と力加減を工夫つつ押されています。職人の手で、1色ずつ。だから一冊ずつ表情が変わる。

おまけに、谷川さんの言葉たちの動きや遠さや近さを、本という物質にどうやってするか、悩み抜いたブックデザイナーの名久井直子さんは、「この詩集のためだけの特別な紙」を作るところから始めるのでした。って、えええ、これさらっと書いているけどすごくないですか!!??

というわけで、「紙から作る」という「やっちゃった」感にすっかり楽しくなったのでご紹介します。この新しく生まれた紙は「印刷用竹簀目(たけすめ)鳥(とり)の子(こ)」。優しい空色が文字を包みます。

塩田 春香 今年「最も愛を感じた」一冊

虫屋さんの百人一種

作者:NPO日本アンリファーブル会
出版社:出版芸術社
発売日:2015-07-16
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「この本は虫屋たちの昆虫賛歌。さあ、愛をもって虫を語ろう!」という帯のとおり、小さな虫たちへの溢れる愛が、細部にまでこだわりの本となって昇華している。

執筆はNPO日本アンリ・ファーブル会のみなさん。奥本大三郎先生監修のもと、やくみつるさんやカブトムシゆかりさんも寄稿している。日本を代表する100種の昆虫を選び、美しい写真と学名や分布などの図鑑的データ、そして思い入れたっぷりの文章で紹介している。添えられている手書き文字のコメントもよい。「宝石のような見目形 でもちょっぴり荒くれもの(ハンミョウ)」「夫婦仲がとってもいいんです(オオクワガタ)」「お尻からあぶない液体を出すよ(マイマイカブリ)」……。時折出てくる漫画もほのぼのとしていて、読んでいて幸せな気持ちになった。

じつは本書は朝会でも紹介したのだが、『冒険歌手』が強烈すぎて参加者の記憶から消し飛んでしまったようなのだ。『冒険歌手』は導火線のない爆弾のような本、HONZが起爆剤になったのならば嬉しいのだが、一緒に紹介した本書や山極寿一先生の『ゴリラ』までふっ飛ばしてしまったのは、大きな誤算であった。

田中 大輔 今年の「おいしい生活な」一冊

男と女のワイン術 (日経プレミアシリーズ)

作者:伊藤 博之
出版社:日本経済新聞出版社
発売日:2015-01-14
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今年はクラフトビールにはまり、たくさんのビアフェスに参加しました。そんなビールクズを自称する私ですが、ある本との出会いをきっかけに、ワインという新境地を切り開くことができました。『男と女のワイン術』タイトルがなんとも甘美でいい響きです。

今まで適当にワインを買っていましたが、この本を読んだことで、自分好みのワインというものが、なんとなくわかるようになってきました。白ならブルゴーニュのシャルドネ、赤ならボルドーのメルロー。これを基準にして、果実味、辛口、酸味、渋みで味を表現していく。

ヨーロッパ産とニューワールド産の味の違いもわかるようになりました。 また料理の色にワインを合わせればいいという考え方も参考になります。ヒレカツをソースで食べるときは赤。塩で食べるなら白。トマトソースのパスタなら赤、カルボナーラなら白。この法則で様々なマリアージュを楽しむことができ、今年一年とてもおいしい生活をおくることができました。

また女性と外食をする際にも、この本はとても使えますよ。 続編の『男と女のワイン術2杯め』がつい先日出たばかりなので、年末に読んで、来年はさらに充実したワインライフをおくりたいところです。

野坂 美帆 今年「最も子ども受けの良かった」一冊

生きものたちのつくる巣109

作者:鈴木 まもる
出版社:エクスナレッジ
発売日:2015-10-15
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本はいつも給料日の前、生活費が余ったら購入する。こっそり買うのだが、子どもたちは目ざとく母の本が増えていることに気付き、無駄遣いを咎めてくる。ここから母のプレゼンという名の言い訳が始まる。

今年一番それならば面白そうである、と認められたのが『生きものたちのつくる巣109』だ。巣、生きものが身を隠し、休息し、卵を産み、食事をする場。一時的に作られた簡素なものから、アリのように多数が寄り集まる複雑な構造のものもある。自分で作る生きものもあれば、他の生きものの巣に共棲するものもある。そもそも生きものはなぜ巣をつくるのか、自らの生活空間を独立させ区切るのか、作られた巣の構造は、この種の生きものがこの構造に至る理由を想像するに、などと延々と巣の不思議を説き、稀なる巣のイラスト図鑑の有用性を主張したのだった。

子どもたちも徐々に盛り上がり、皆で本を眺めたわけなのだが、煙に巻いた気がしないでもない。しかし、きっと将来生きものに思いを馳せたときに思い出される一冊となる、はず。そういえばHONZで紹介しそびれてしまったけれど、こういう図鑑は面白い。大好物なのだ。来年も面白い図鑑が出版されることを願っています。

古幡 瑞穂 今年「のうちに読んで欲しい」一冊

孤狼の血

作者:柚月裕子
出版社:KADOKAWA/角川書店
発売日:2015-08-29
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昔は皇室に動きがあれば週刊誌が売れ、政治が動けば総合誌が売れ、株が動けば四季報が売れていた。最近ではそういう流れも遠い昔話になりつつあるが、今年「山口組紛争にともなって実話誌が売れている」という話しを聞いた時はなんだかとても(不謹慎ながら)嬉しい気持ちになったものだ。アサヒ芸能は今年を代表する1冊と言ってもいいかもしれない。

さて、ヤクザ関連事件が業界を揺さぶった今年、小説ジャンルに凄い本が出現した。それが『孤狼の血』だ。暴対法施行前の昭和63年、広島で発生した暴力団系列会社の社員失踪事件を巡ってぶつかり合うヤクザと警察官が描かれたもので、ジャンルとしては警察小説といえる。しかし、描かれる警察官の方も、ただものではない。暴力団との癒着を噂され、組長とも互角に渡り合う姿、組織になじまない姿は「孤狼」そのもの。警察と暴力団の矜持をかけた戦いにしびれた。

現代の理屈では、暴力団もこんな刑事も存在すら許されていないものになっている。ただ、闇は変わらず存在し、血も流れ続けているのだ。デビュー以来「正義」を世に問い続けてきた柚月裕子がこの時代に投げかけた問いは重く心に響く。

この本は直木賞にもノミネートされた。2016年、さらに多くの注目を集める作家、作品になることは間違いない。今年の本は今年のうちに。ぜひ年末年始に愉しんで欲しい。

吉村 博光 今年「最も血が騒いだ」一冊

佐治敬三と開高健 最強のふたり

作者:北 康利
出版社:講談社
発売日:2015-06-24
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2014年に、『壽屋コピーライター開高健』(たる出版)という本のトークショーやフェアを、次々と本屋さんで実施していただいた。古いトリスの広告紙面(サントリー提供)をパネルにしたフェアは注目を集め、文庫本を大人買いするお客様が相次ぎ、棚ざしになっていた文豪作品に再び光をあてることができた。そして今年、講談社から『佐治敬三と開高健 最強のふたり』という本が刊行されるときいて、私は思わず飛び上がった。

早速、読んだ。そして、ザワザワと血が騒いだ。本書は、快進撃を続ける企業を扱ったビジネス書でもある。開高健を知らない若い世代でも、サントリーという企業は知っている。ここから、新しい開高ファンを生み出す取組みができるのではないか。サントリーという会社にはエトヴァスノイエス(何か新しいこと)に挑む精神があると、本書には書かれている。この素晴らしい言葉が、私の血に注入され、居ても立っても居られないザワザワを生んだのだ。

ウイスキーもビールも最初は逆風だったが、いまや看板である。できるうちに、新しいことを始めなければ生き残れない。早速、私は実践にうつしたのである。

刀根 明日香 今年「最も本質に迫った」一冊

井田真木子 著作撰集

作者:井田真木子
出版社:里山社
発売日:2014-07-19
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意識しないと言葉に出来ない。そのもどかしさを胸に抱えながら、人間誰しも生きているはずだ。たまに救世主が現れて、ずばりと言い当てることがある。私は、目の前の救世主を見て、「どうしてこの人は私の心を読めるのだろう」と不思議に思うと同時に憧れもしていた。

井田真木子さんは、「言葉に飢えている」取材対象者に言葉を授ける、まさに救世主のような人だ。言葉を意識下から辿りよせるために、長い時間共に行動し、相手の生活に徹底的にコミットする。時には相手に同化し過ぎて精神不安定になることもまぬがれない。

同時に歴史的背景を彼女なりに理解し、時代がどのように影響しているかというのもきちんと考察する。すべてが腑に落ちたときに丁寧に言葉を紡ぎ始める。

今まで読んだ本のなかで、最も純粋な本が『井田真木子 著作撰集』だった。物語の本質に完璧に追求する姿勢に圧倒された。純粋というのは、小手先のテクニックや安易な推測を徹底的に排除している、という意味である。

井田真木子さんにとって、言葉は取材対象者の表現のほんの一部であり、取材を進め本質に近づくにつれて、彼らの表情やしぐさ、顔の皺一本一本までもが物語を語るようになってくる。語り手と聞き手が魂を込めて仕上げるノンフィクションなんて、私はこの先あと何冊出会えるのだろうか。

峰尾 健一 今年「最も不明解だった」一冊、あるいはコーナー

不明解日本語辞典

作者:高橋 秀実
出版社:新潮社
発売日:2015-11-27
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今年を振り返ると、というか、今年のHONZを振り返るとなぜか印象に残っているのが、6月1日付けで新編集長に就任した内藤順によって作られた新コーナー、「今週のSOLD OUT」である。

初回の宣言によれば、リアル書店などへの波及効果を目的に、その週にHONZで掲載された人気記事の中からAmazon在庫切れのものだけを紹介するという趣旨らしい。が、開始から1か月余りで「コーナーなんて、変えてしまえばいいんです」という発言が飛び出し、在庫ありの本でも取り上げられたり、はたまた在庫切れなのにスルーされたりと早くも方向性が不明解に。

その後も「役満SOLD OUT」、「予告SOLD OUT」、「空白のSOLD OUT」、「スカイラブハリケーンSOLD OUT」といった伝説の奥義(?)にはしゃいだり、「オレエロ詐欺」という謎ワードを生み出したりと不明解さは続き、HONZ外部のみならず内部にも戸惑いの色が広がった。

ちなみにこのコーナーが始まってから今日まで、内藤のおすすめ本記事との比率を数えてみたところ、[おすすめ本:今週のSOLD OUT=15記事:16記事]という結果が出た。この解釈については意見が分かれそうだが、ともかく、来年もその脱線ぶりや「対おすすめ本記事比率」から目が離せない…。

と、ここまで書いてきて、紹介本にまったく触れていないことに気がついた。本書は『弱くても勝てます』の高橋秀実センセイの新刊です。字数オーバーのため内容には触れられません(すみません)。そもそも「今年の1冊」にこんな文章を書いて大丈夫なのか、しかもこの原稿の送り先は当の編集長本人なのだが、と不安は尽きないが、「コーナーなんて、変えてしまえばいいんです」という言葉を信じてこのまま「送信」ボタンを押すことにする。

来年の夏には、5周年を迎えるHONZ。そんなHONZを初期から支えてきたメンバーたち。皆さん、あれから5歳ずつ年を取りましたからね! あまり好き放題、やらないでくださいね! フリじゃないですよっ!

内藤 順 今年「最も視野の広がった」一冊

360°BOOK 富士山  Mount FUJI

作者:大野 友資
出版社:青幻舎
発売日:2015-12-04
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視野が広がるーーしかも360度ほどに。見かけは普通の本なのだが、ぐるりと開いて表紙と裏表紙をくっつけると、360パノラマの富士山へ早変わり。精巧にデザインされたページ毎の連なりが、立体ジオラマの世界を作り出す。まさにリアル版・ストリートビューだ。

こちらは一級建築士・大野 友資さんが、新しい立体表現を模索する中で、結果的に本の体裁になったというスグレモノ。360度動画やVRが全盛となった2015年に、レトロな雰囲気が味わえるだろう。

だが制作までの過程においては、3Dソフトウェアで立体をモデリングし、放射状にスライスして1枚ごとのデータへ変換し、それをレーザーカットで作成していたというから、まさにテクノロジー進化の賜物なのである。ISBNコードを取得して、書店販売網へ送り出した「流通芸」としての側面からも視野の広さを感じる。

現在、書籍として購入できるのは、『富士山』と『白雪姫』の2種類。物語の微分/積分の双方が堪能できる本書は、パラパラ漫画とも飛び出す絵本ともひと味違う、見たことのない驚きに満ち溢れている。こんな本に出会えるから、やはり本屋通いは止められない。初夢は、ぜひ360度ビューでお楽しみください!

栗下 直也 今年「カバンが壊れたせいで読めなかった』一冊

兵士とセックス――第二次世界大戦下のフランスで米兵は何をしたのか?

作者:メアリー・ルイーズ・ロバーツ 翻訳:佐藤 文香
出版社:明石書店
発売日:2015-08-27
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今年、愛用していたカバンが立て続けに二つぶっ壊れた。仕事柄パソコンとカメラを持ち歩いているので、ある程度大きさが必要だが、容量を重視しすぎると機動性に劣る。そこそこ容量がありながら、デカ過ぎない。誰もがGカップアイドルを好きなわけではないのである。

そのように、理想の乳をもったアイドルを探すかのようにカバンを求めたら、簡単に見つかりっこない。大昔に使っていたカバンをクローゼットから引っ張り出し使っているのだが、問題が起きた。ハードカバーの本をぶち込むと、チャックがしまらなくなる。読書は移動時間などスキマ時間を使う私には死活問題だ。ハードカバーは家でビールを飲みながら読むことにしたが、ビールを飲みながら本を読んでいるのか、本をながめながらビールを飲んでいるのかわからなくなる。全く進まない。

フランスでテロが起きた時、本書はハードカバー本の例に漏れず、amazonから届いた箱の中に長い間眠っていた。セックスどころではないのかもしれないが、こういう時こそセックスなのかもしれない。と思って読み始めようとしたら、暫く経ち鹿島茂さんが書評を週刊誌に書いていた。雲の上の大家と張り合っても仕方がない。こちらは頁を捲ってもいない。鹿島さん曰く「ナチスから解放されたと思ったフランスはアメリカに性的に占領されてしまい、自尊心のトラウマに苦しむことになるのである」。みなさん、是非読んでみてください。

村上 浩 今年「最も盛りだくさんの内容だった」一冊

ネアンデルタール人は私たちと交配した

作者:スヴァンテ ペーボ 翻訳:野中 香方子
出版社:文藝春秋
発売日:2015-06-27
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ネアンデルタール人とヒトが交配していたことをパラノイア的執念で明らかにした著者によるこの本は、古代のDNAから有益な情報を抽出するという新たな研究分野誕生の瞬間を、当事者の視点から活き活きと教えてくれる。この研究で得られた知見はきわめて重要で、今後の古人類学の土台となる一冊となるはずだ。

この本の凄いところはこのようなド直球の科学的面白さだけでなく、著者の率直な人柄がにじみ出る文章で、科学研究に伴う幅広いエピソードが語られているところにある。同性愛者であった著者が同僚研究者の妻に恋をしてしまい略奪婚にいたる、といったそれだけで一冊の本にできそうなネタがこれでもかと詰め込まれているのだ。PCRという画期的手法を生み出しノーベル賞を受賞しながら破天荒な生活を送るキャリー・マリスによる『マリス博士の奇想天外の人生』を髣髴とさせる。

また、新たな研究分野確立のため、新たな組織を一から作り上げていくさまは、イノベーションを生み出すために必要な環境、人材に対する示唆まで与えてくれる。しっかりとしたサイエンスを主軸に、人生の複雑さ、楽しさを多様な視点から教えてくれる、今年最も盛りだくさんの内容の一冊だ。 ※解説記事はこちら、青木薫のレビューはこちら

山本 尚毅 今年「この先20年は本棚に残すだろうと感じた」一冊

あなたの人生の科学(上)誕生・成長・出会い (ハヤカワ文庫NF)

作者:デイヴィッド・ブルックス 翻訳:夏目 大
出版社:早川書房
発売日:2015-11-05
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あなたの人生の科学(下)結婚・仕事・旅立ち (ハヤカワ文庫NF)

作者:デイヴィッド・ブルックス 翻訳:夏目 大
出版社:早川書房
発売日:2015-11-05
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底知れない悲しさ、出口のない悩み、力及ばず忸怩たる思いをした一年だった。そんなときこそ、本で学んだ珠玉の科学的知識が身を助けてくれる。と思っていたが、浅はかな期待だった。半ば本に食傷気味だったが、懲りずに本屋を徘徊していたときに見つけた。(「麻木久仁子氏絶賛!」の文字が目に入った。)

著者は政治や社会学の著名なコラムニスト。本業のかたわら、趣味で神経科学や心理学については学び続けていた。それらの研究者は驚くべき洞察を積み重ねていたが、研究成果が社会に有意な影響を与えていないと思っていた。そして、その状況を変えるべく本書を世に出した。

本書の主人公は二人の登場人物エリカとハロルド、二人は幼少期から青年期を異なる環境で過ごし、出会い、結婚する。各々が仕事に没頭し、不倫あり離婚の危機あり、子供は授からず、順風満帆とは言い難いが、最期は穏やかな死を迎える。

刮目すべきは神経科学や心理学を、社会学や政治学、文化学などと融合し、伝記や小説の要素を加えた構成である。登場人物に感情移入しながら科学の知識が自然と入ってくるこれまでにない異質な本に仕上がっている。

そして、著者の狙いは少なからず、私の人生に有意な影響を与えてくれた。この先、人生の危機に直面したときには、必ず読み返すだろう。

久保 洋介 今年「最も書棚に飾ることをオススメしたい」一冊

石油の帝国---エクソンモービルとアメリカのスーパーパワー

作者:スティーブ コール
出版社:ダイヤモンド社
発売日:2014-12-19
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年末くらいは積読本たちを整理し、見栄えある書棚で新年を迎えたいというのが本読みの普遍的な願いである(たぶん)。今頃、書棚を整理しながら今年買った本たちを思い返し、各書を書棚のどこに陳列するかをあーでもないこーでもないと思い悩んでいる人が(私以外にも)いるに違いない。

そんな世のマイノリティーたちに役立つのが本書のような書棚が映える「見せ本」である。「見せ本」を本棚に何冊か混ぜ込ませるだけで見栄えが断然良くなり、ついつい誰かに自慢したくなる棚が出来上がる。

今年、「見せ本」として私がオススメするのは本書。黒地に白色の明朝体で『石油の帝国』と書かれた背表紙は、シンプルだが、骨太で重厚感をかもしだす。飾ってあるだけで、本棚全体がビシッとしまる感じがする。

「見せ本」なので、必ずしも生真面目に読破する必要はない。HONZレビューを読むだけでも十分だ。「見せ本」を探すためにHONZを使って頂いても全然結構(かくいう私も、今一生懸命に「見せ本」を探し中)。

来年はHONZで「見せ本」企画をするのもありかも!? これからもHONZの成長に乞うご期待! ※レビューはこちら

東 えりか 今年「最も先を読みたいと思った」一冊

図書館の魔女 烏の伝言

作者:高田 大介
出版社:講談社
発売日:2015-01-28
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前作『図書館の魔女』はとんでもない物語だった。異世界ファンタジーなのに、現実の政治、経済、科学、土木、歴史を盛り込み不思議なことは何もない物語なのだ。その続編もまた凄かった。

物語はどことも知れぬ山の中から始まる。誰かに命を狙われている姫君ユシャッパと彼女を守る近衛兵、そして道案内の剛力たちが彷徨っている。その剛力の中に「鳥飼(とがい)のエゴン」という伝書烏遣いがいた。幼いころに事故にあい、顔の半分が崩れたうえに言語障害で、無能の者として軽んじられていた。彼と山中で助けた謎の少年がキーパーソンだ。

主な舞台は港湾都市クヴァングヮン。ユシャッパ姫が閉じ込められた娼館、地下水道を根城にする孤児たちと鼠、隻腕で謎の近衛兵カロン、首を切り落とす殺人鬼など、芸達者な登場人物が次々と登場する。だがこの物語の本質は終盤まで明かされない。前作の主役、図書館の魔女マツリカが登場し、様々な謎をひとつずつ解決していく過程の気持ちいいこと。

この作品はどれだけ大きな物語になるのか、著者の高田大介の頭の中をのぞいてみたい。早く続編を読みたい。ちなみの2016年には『図書館の魔女』が文庫化されるそうだ。

新井 文月 今年「最も予想を裏切った」一冊

「ない仕事」の作り方

作者:みうら じゅん
出版社:文藝春秋
発売日:2015-11-24
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著者はみうらじゅん氏。企画も営業も接待も全部自分でやる「一人電通」方式など独自のノウハウを公開している一冊(クライアントによっては「一人博報堂」)。これまで世の中に無かった仕事を、さも「ある」ものとし仕事とするまでの過程が綴られている。が、著者本人のキャラクターのせいか、本を読む抵抗感が全くない。小難しいことが一切登場せず、ただただ面白く読めるのである。にもかかわず実践的に役立つビジネス書として成立していることに驚いた。

私は特殊な本、ユニークな本でどうしてもプッシュしたい時は、原稿に加えてイラストを描き添えて紹介していた。だが、大抵反応は無いのである。たぶん心のどこかで絵を展開してやろうというエゴがあったのかもしれない。しかし今回のブロンソン(イラスト)は、みうら氏がいうように「自分はどうでもいい。純粋に皆にブロンソンを知ってほしい」という意味で描いたつもりだ。それが広く浸透される結果となった。

アイデアの閃き方やネーミングのコツなど、仏像や海女などブームを生み出してきた例をあげながら紹介するため非常に説得力のある場面も多い。こんなやり方もあるのか、と著者から学ぶことが多い一冊。レビューはこちら

鰐部 祥平 今年「最も併読すべき」二冊

シリアルキラーズ -プロファイリングがあきらかにする異常殺人者たちの真実-

作者:ピーター・ヴロンスキー
出版社:青土社
発売日:2015-10-23
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暴力の解剖学: 神経犯罪学への招待

作者:エイドリアン レイン 翻訳:高橋 洋
出版社:紀伊國屋書店
発売日:2015-02-26
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今年も恒例の「〇〇な一冊」を書く時期がきた。今回は「今年併読すべき二冊」と題して二冊の本を紹介する。「おい!二冊かよ! 一冊だろうがよ! オラオラオラっ!」という内藤編集長の怒声が聞こえてきそうだが、あえて聞こえないふりをしよう。

一冊目は『シリアルキラーズ』である。二冊目は『暴力の解剖学』だ。この二冊には重複する内容がいくつも含まれている。それは暴力、特にサイコパス的な連続殺人者の話だ。前者はFBIのプロファイリングを基に、連続殺人犯をいくつかのカテゴリーに分け、その行動や心理を分析している。後者は犯罪神経学の視点からか、連続殺人犯を克明に描き出している。

前者には連続殺人犯の多くが幼少期に頭を負傷しているという統計結果が記載されている。しかし頭部の負傷がなぜ、連続殺人に繋がるのかはということは書かれていない。だが、後者を読めば、幼少期に頭部を損傷することが、脳にどのような影響を与え、どんな機能障害に繋がるかがわかる。また後者にはそのような犯罪者がどの様な犯罪パターンを持っていかという点は書かれていない。そこで、前者のプロファイリングに関する記述が生きてくる。このような知の融合こそが併読の醍醐味であろう。 ※『シリアルキラーズ』のレビューはこちら、『暴力の解剖学』のレビューはこちらこちら

麻木 久仁子 今年「最も多く買ったジャンルの中から、選りすぐりの」一冊

おいしいもののまわり

作者:土井 善晴
出版社:グラフィック社
発売日:2015-12-07
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この一年、最も買った本は、実は料理本でした。いま数えたら、なんと83冊!いま数えました!びっくり!そんなに買わなくてもと思いながらも、改めて背表紙をながめると、やはりそれぞれ個性のある本ばかりで、やっぱり買わないとね、と思います。

ロジカルクッキング、低温スチーム法、薬膳。和食洋食中華に韓国料理、メキシカン等々。ストウブで、無水鍋で、フライパンひとつで。野菜を、魚を、果物を。おもてなしの盛りつけ、ワンプレートの盛りつけ。冷凍保存法、野菜使い切り法、常備菜。

とにかくいろいろ買っては作ってみて、楽しかったです。50過ぎて、いくつか病気もして、やはり美味しいものをちゃんと食べようという、食に対する意欲が湧いた一年でした。魚を捌くお教室にも通ったりして、夜な夜な包丁を研いだりしてました。

大勢の料理研究家が様々な思想をレシピに込めている中で、もっとも感銘をうけたのは土井善晴さんの「あたらしい一汁一菜」の提案でした。和食というと、やれ出汁をとり、一手間懸けてと、いつのまにかハードルが高くなってしまっていますが、それは和食の中でも料理人が作り料亭で食べる料理。家庭の味はもっと日常の飽きのこないシンプルなもの。まずは一汁一菜という基本を見直して、複雑になりすぎた「和食を初期化」しよう!というのが土井さんの考えです。

具沢山の味噌汁に温かいご飯、小鉢のひとつもあれば、それは立派なお献立なのです。俄然やる気が出ました。出汁の味でごまかさないからこそ感じ取れる素材の味、という考え方もとても新鮮でした。

さて、本書はそんな土井さんのエッセイ集です。包丁やまな板、箸や布巾などの始末の仕方や、火加減や塩加減について。「あ、いまおいしそう!」と感じ取る感性の大切さや、季節ごとのおいしさの見つけ方など、土井さんの料理に対する考えが詰まってます。シンプルに、簡単に、そして飽きのこない日常の味を求めようと思うならば、生き方もまた、余分なものを削ぎ落してシンプルに。そして凛と。そんな思いを抱かせてくれる32のエッセイです。

新年を清々しい気持ちで迎えることが出来る、オススメの一冊です。皆様、よいお年をお迎えくださいませ。土井レシピで黒豆を煮つつ。

成毛 眞 今年の「日本人の99%には無用の」一冊

京王線・井の頭線沿線の不思議と謎 (じっぴコンパクト新書)

監修:岡島 健
出版社:実業之日本社
発売日:2015-09-18
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京王線は新宿を起点とし、東京の西部・高尾山まで横断する私鉄だ。いっぽうで井の頭線は渋谷と吉祥寺を結ぶ短い路線である。

沿線住民は双方合わせ100万人ほど。本書はその沿線について書かれた本なのだから、日本人の99%には無用・不要、問答無用に宝の持ち腐れだ。しかも、その内容はというと

・井の頭公園のスワンボートに1隻だけ交じる「オス」の謎
・調布市なのに、どうして市外局番が「03」?
・なんとびっくり!多摩川に「プール」があった?!

などなど、沿線住民にとっても不要不急、区間特急だ。どうでもいい話なのだ。われわれ井の頭線沿線住民としては

・井の頭線は「お情け」で京王の路線となった

などはかなり面白そうなのだが、知ったところでほとんど意味はない。

というわけで、無価値な本かというと、さにあらず。100万人の潜在読者がいれば、出版する合理性があるということを証明している本なのだ。店頭で面陳しているのは沿線の書店だけかもしれない。

HONZはけっしてベストセラーにはならないであろう、しかし本当に面白い本を紹介するのがポリシーだ。来年も日本人の1%だけを対象したようなサイエンス・歴史・アート・事件ものなど、掘り出し物を発掘しては紹介してみたい。それにしても本書は・・・まっ、いいかw

2016年もよろしくお願いいたします。

店主軽薄。

長文にお付き合いいただきまして、誠にありがとうございました。それでは良いお年を!