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『数学ミステリー X教授を殺したのはだれだ! 容疑者はみんな数学者!?』ギリシャ発の数学漫画

足立 真穂2016年1月13日
数学ミステリー X教授を殺したのはだれだ! 容疑者はみんな数学者!? (ブルーバックス)

作者:タナシス・グキオカス 翻訳:竹内 薫
出版社:講談社
発売日:2015-11-20
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と、いきなりですが、まえがきから。

いま、あなたが手にしているこの本は2種類の読者を想定している。数学について知識が少しある読者とまったくない読者だ!

これは実際の事件に基づいたフィクションで、登場するヒーローたちは数学の歴史に足跡を残した実在の人物たちだ。舞台は1900年、パリ。容疑者が史上最高の数学者たちという、殺人事件ミステリーだ。容疑者たちの警察への供述がそれぞれ数学の問題とつながっていく。

1番目の種類の読者は問題を解いて、容疑者に正当なアリバイがあるかどうか見極めることに挑戦できる(中学程度の数学知識で充分)。もう一方の種類の読者はこの作業を飛ばしても大丈夫。いずれにせよ、すべての読者が物語の筋についていくことができるだろう。

で、バリバリ文系の私も安心して読み始めた、というわけですが、「ミステリー」というのは、面白いストーリーだという喩えの惹句で、フィクションとはいえ殺人事件をベースに数学ストーリーを展開するとはよもや思わず。が、実際に「X」という超有名数学者がホテルのレストランで殺されるところから、話はスタートします。

目撃情報から、その殺人現場から20メートル以内にいた人物にしか犯行は行えない、と判明し、我々読者は、パリの警部やその友人のクルトという数学者とともに、幾何の問題を解いて容疑者をしぼりこんでいくのでした。

ミステリー仕立てで幾何問題を読者に解かせつつ、容疑者と殺されたXとの関係性を数学的な立場や史実になぞらえて紹介していく手腕はお見事。最後には謎解きと問題の解とがすべて用意されているのでご安心ください。

おもしろいのは、この原作者と漫画家が、ギリシャ人だということ。さすがユークリッドを生んだ国! 

ちなみにユークリッドの『原論』は、『聖書』の次に世界で読まれている本だと聞いたことがあります。話がそれましたが、ますます話をそらしてみると、1963年に創刊されたブルーバックスのシリーズで一番売れた本というのも興味深いものがあります。少し前のランクですが、あまり変わっていないと思うので紹介してみましょう。ベスト10に宇宙やら物理やら、結構入っているのが面白いところです。

ベスト3冊は、なんでしょう。
3位は『相対性理論の世界~はじめて学ぶ人のために』(J・A・コールマン著、中村誠太郎訳)で、63万部(1966年)。2位は『ブラックホール~宇宙の終焉』(J・テイラー著、渡辺正訳)で、これも僅差でしょうか、63万部(1975年)。1位は、『子どもにウケる科学手品77~簡単にできてインパクトが凄い』(後藤道夫著)で、76万部(1998年)だそう。
なんと、手品がトップに……紹介していて欲しくなったので、買うことにします。手品、できるようになるのかな。

原作者のトドリス・アンドリオプロスさんはといえば?
1967年のアテネ生まれ。ギリシャ第二の都市、テサロニキのカレッジで数学を教えているそうです。この本のもとになった活動があったようで、そのプロジェクトが、2009年の第6回マイクロソフト・ヨーロッパ・イノベーティブ・ティーチャーズ・フォーラムで3位に。といっても、私自身はこのフォーラムを良く知らないのですが、ギリシャ政府の教育関係の賞も受賞しているそうな。この本から漂う、「面白いことを伝えたい」パワーからすると、学生には人気がある先生なのでしょう。ちなみにリサーチがてらFacebookでご本人を探し当てたものの、ギリシャ文字が踊っていたので歯が立ちませんでした。彼の友達の写真が、海や遺跡を背景にしているものばかりでうらやましくなりましたが……。

数学がまるでできなくても、解いてみると結構気持ちいいものです。少しひいひい言うくらいに頭を使うほうが、せっかくですし! 最終的に答えを見る事になっても気持ちがいいのです。

そして、解答を見ると同時に、殺されたXや容疑者たちが、実在の数学者をモチーフにしており、殺人の動機を探る過程で、数学者の業績や互いの関係性を学べてしまうところもお得な一冊です。お得というよりも、よくこれだけわかりやすくつなげる手法を思いついたな、とそこに感動を覚えるくらいです。
付け加えておくと、殺されたXは、とっても有名な「現代数学の父」とも呼ばれるあの……! ある程度数学史を知っている人は、モデル探しをするのも一興です。

最後に、竹内薫さんのあとがきから一言。

ニヤリとさせられる結末だった。