「解説」から読む本

『アテンション 「注目」で人を動かす7つの新戦略』

日本語版解説 by 小林 弘人

飛鳥新社2016年2月27日

「HONZはあまりビジネス書は紹介しないのだけれど、この本は別格といっていいだろう。ボクにとっても、つまりHONZにとっても有用だと思われる示唆が満載なのだ。」ーーHONZ代表・成毛眞が激オシする本書は、21世紀のAIDMA理論とでも言うべき内容であり、しかも今すぐ役立つマーケティングの教科書だ。今回は特別に、巻末に掲載されている小林弘人氏の日本語版解説を掲載する。(HONZ編集部)

アテンション――「注目」で人を動かす7つの新戦略

作者:ベン・パー 翻訳:依田 卓巳、依田 光江、茂木 靖枝
出版社:飛鳥新社
発売日:2016-02-26
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本書の原題『Captivology』は、魅了されることを意味する「captivation」という英語をもじった、著者ベン・パーによる造語だ。なお、似ている単語に「captology」というものもある。こちらは、ウェブやソーシャルメディアがいかに人々の態度や行動を変えるのかを研究する学問を指す。すなわち、デジタル・テクノロジー上の説得力についての研究だ。そんな類語を連想させ、権威とご利益がありそうな印象をも与える―すでに本書を読了された方なら、そこで使われている手法の名前を思い浮かべることができるだろう。

本書の主題とは何か。それは、人間の本能に訴えかけ、いつの間にか他者の注意をこちらが目指すものに注がせるための仕組みについてだ。わたしたちがものごとを判断する際に往々にして 生じる「錯誤」を意図的に創り出し、受け手をそのまま魅了してしまおうというものだ。パーは、これまでに研究されてきた心理学や認知学の成果に加え、それらを利用したマーケティング手法と多くの事例を手際良く分析し、「注目」がどう生まれてくるのかを教えてくれる。

本解説では、まずパーの経歴や本書の核心部について説明をする。そして、ビジネス・パーソ ンが本書の内容をどのように活用するべきか、わたしなりの考察を述べてみたい。

著者ベン・パーに注がれた注目

本書の出版後、パーは一躍”注目の集め方の達人”として時の人となった。本書はアメリカのストラテジー+ビジネス誌が選ぶ2015年のベスト書籍(マーケティング部門)に選ばれ、ABCニュース、MSNBCといった全米の有力ニュース局が取り上げた。ABCニュースにパーが出演したとき、彼は医者が着るような白衣を身につけて登場した。そこで、彼は注目を集めるための「権威付け効果」について白衣の効能を説く。なんとも人をくった演出だ。そんなパーとは、いったい何者なのか。まずは彼のキャリアをひもといてみる。

現在、パーは創業間もないベンチャー企業の投資に特化する「ドミネートファンド」の共同創設者兼パートナーを務めている。ほかの共同創設者2名はパーと一緒に、2012年にはフォーブス誌が選ぶ「30歳以下の30人」に選出された。正確にいえば30人のなかの一人を1/3ずつ分け合ったわけだ。パーの共同創設者らは、ミュージシャンのためのソーシャルメディア・マーケティングを手がけてきた。つまり、パーも含めてこのファンドの主要パートナー全員が金融業界出身ではないという点が興味深い。

そんなドミネートファンドの投資ポートフォリオは、どのようなものか。彼らの投資先は、たとえば超音波を使ってワイアレス充電を可能にするuBeam、ソーシャルメディアやDVDな> どあらゆるスクリーンを繋げてしまうデジタル・サイネージOS開発のEnPlugなどが名を連ねる。どちらもすでに赤丸急上昇の要注目テクノロジー企業だ。

なぜ、彼らはこのような新進テクノロジー・ベンチャーを見つけることができたのだろうか。

その理由は、投資家としてファンドを創立する以前のパーのキャリアが物語っている。彼は、 ウェブ業界で高名なニュースサイト「マッシャブル」に2008年から在籍し、同サイトの共同 編集者としてチームを率いてきた。また、自らテック系ジャーナリストとしても活動してきた。 彼がマッシャブルを離れたときは、業界のニュースサイトにその去就をめぐっての記事が出たほ どだ。パー曰く、彼はこれまで2400以上の記事をソーシャルメディアに寄稿してきたという。

CNET、ビジネス誌Inc.、ニュースサイトCNBCなどに定期的に記事を掲載するほか、FOXニュースやニューヨーク・タイムズなど多くの有名メディアに取り上げられてきた。こうした華々しいキャリアを積み重ねてきたパーだが、意外なことに本書は彼の処女作となる。”新人”離れした筆運びにも納得だ。

3つの焚き火と記憶の保管庫

では、本書の核心部に迫ってみるとしよう。

本書におけるパーの主張はシンプルだ。彼が属するテクノロジー業界では次から次へと新しいベンチャー企業が勃興しては消えていく。そんななか、明暗を分けるのは「注目」であると彼は断言する。

注目がなければ、それがどんなに偉大なテクノロジーや理想を掲げていようと資金調達や優れ た人材の確保が難しい。そして、注目はベンチャー起業家のみが必要としているものではない。会社員であっても上司への説得、顧客へのアピール、同僚への協力要請など、やはり注目される ことは必要不可欠だ。あなたが家庭人であってもそれは変わらないだろう。パートナーや近親者、あるいは友人たちの注目を集め、皆を魅了するにはどうしたらよいのか? 

パーは、注目には3種類あるという。「3つの焚き火」という比喩を用いて、人々を魅了する ための焚き火をくべるには、「即時」「短期」「長期」の注目を使い分けるべきだと説く。

まず、「即時の注目」は記憶にとどめることすら難しい。彼はそのメカニズムとして「作業記 憶」という概念について説明する。作業記憶とは、「あくまで一時的な記憶の保管庫」であり、 長期的な記憶に移行する前に、次の違う刺激に場所を与えてしまうものだ。作業記憶に移行する 前の段階の「注目」は「感覚」であるとパーは語る。ゆえに「感覚」によって受容した注目は、 記憶になる前の数秒で揮発してしまう。それは、強いて言えば電源を切ると消失してしまうデー タのようなものだろう。これに対し、作業記憶は、電源を切っても消えないが、かといってデー タがその保管庫に留まる時間はさほど長くない。そのため、「長期記憶」として保管される必要 がある。「長期記憶」は、ハードディスクドライブにきちんとバックアップ保存されたデータの ようだ。

パーは長期記憶に留めてもらうためには、「よく知っていることが鍵となる」と語る。脳は既 知なるものは記憶に留めて、毎回考えないでもそれを行えるような近道をつくる、とも。

そのような3種類の注目を集める際に使われる動機付けがある、というパーの主張が、本書の核心部である。彼はそれを「トリガー」と呼ぶ。トリガーには7種類ある。これは人間の本能に訴えかけるものであり、どれも予見や定量化が可能な精神反応をひき起こすのだ。

7つのトリガー概観―性質を知って、注目をつかもう

では、それらのトリガーについて、ひとつずつ見ていこう。

まず、「自動トリガー」は、感覚的刺激を与えて注目させるやり方だ。

これらは色やシンボル、音など人間の視覚、聴覚、触覚等に働きかけるものだとパーは言う。 それは人間が備える本能を用いて、注目を促す。危険の察知やチャンスを知るために発動される 原始的な注目を使うのだ。

この自動トリガーは感覚から働きかける種類のものであり、「即時」の注目に寄与する。前に も述べたが、それは「感覚」の状態であるため、やがて記憶に留められるためにも、この注目は 「短期」か「長期」の注目に振り向けねばならない。

次に「フレーミング・トリガー」だ。

わたしたちのもつ経験、性質、興味、文化的傾向など、そういったあらゆる文脈が判断基準に 及ぼす影響は甚大だ。判断する際に、そんな枠組み(フレーム)を人々は利用している。なにかを好きになるかどうかも、フレームに従うわけだ。

わたしたちは、普段から見慣れたものや経験から得た判断の枠組みを無意識に使っている。そのため、ウェブサイトでは、ある程度確立された「お約束ごと」のデザインがある。ゆえに一般 的な工業製品もそうだが、ふだん使うものはわざわざ取扱説明書を読まなくても、「そこ」に 「それ」がある、という「精神の構造(スキーマ)」を利用して使いこなすことができる。

パーがいう「フレーミング・トリガー」では、それを誰かの思考や判断基準を錯誤させるため に用いる。

例えば「フレーミング・トリガー」のひとつの側面に、「思考の惰性」があるとパーはいう。昔 からの判断に従いすぎる、という傾向のことだ。その思考の惰性は強固でやっかいな扉だ。無理 矢理こじ開けようとすれば、強い拒否にあうだろう。そこを突破するために、パーは「適応」と「議題設定」を用いたらよいことを発見した。

「適応」とは、相手の判断基準に合わせてあげることだ。簡単に言えば、相手の思い込みに沿っ たかたちで注目を売り込む。そのためには相手の受容度がどの程度なのかはかる必要がある。ま た、不安を理解し、その人が大事に思う伝統や規範を知る。これを怠ると、話題によっては予期 せぬ過敏な反応を引き出してしまうだろう。加えて、売り込みたい新規のアイデアがこれまでの 通念と異なる場合、相手のフレームをいきなり否定してはいけない。受け入れやすい素地から探 るべきだろう。

次に「議題設定」は、人々がもともとその事柄を見慣れている、あるいは聞き慣れていると錯覚させることだ。例えば、言葉の言い換えによって、認識の優先順位を変えたりする。また適度な「反復」を繰り返すことで、既視感を抱かせるわけだ。ただし、「議題設定」は議題となる メッセージへの注目や理解が浸透していないときにしか効果を発揮しない。

そんなフレーミング・トリガーは、どうやらパーのなかでは特別なものらしい。それはほかのトリガーが機能するための”舞台”をつくるからだと彼は言う。フレーミング・トリガーにより、「短期」と「長期」双方の注目に影響を与えることができるのだ。

3つめに、いちばんヤバそうな「破壊トリガー」が続く。

それは目新しいだけではなく、相手の予想を裏切り、破壊することで注目を集める手法である。破壊トリガーは3種類の要素から成る。パーはそれらの頭文字を取って3Sと呼称している。

驚き(サプライズ)、単純さ(シンプリシティ)、重要性(シグニフィカンス)だ。この3つの Sを組み合わせることで効果が生じる破壊トリガーは、扱う際には慎重さが要求される。3Sのひとつでも欠けると、ただの破壊となり、無惨な結末が待っているからだ。どうやらこいつは最 後の手段に取っておいたほうがよいかもしれない。そして、このトリガーを用いたのなら、直ちに次なるトリガーで長期の注目を集めなくてはならないと言う。

4つめの「報酬トリガー」は、気前がよいトリガーだ。その報酬には2種類ある。わかりやすいのは、対象がなにかを達成したら金品や物品などを授ける「外的報酬」。もうひとつが、達成感といった心の満足を授ける「内的報酬」である。

外的報酬については、よく日常で用いられているから読者もなじみがあるだろう。クーポンやマイレージなどがその最たるものだ。さらに、ソーシャルゲーム・アプリの多くは、この外的報酬のメカニズムを駆使し、多くのユーザーを虜にしている。

パー曰く、外的報酬は短期の注目を集めるために有効であり、内的報酬は長期における忠誠を 育はぐくむ特徴をもつという。また、内的であれ外的であれ、報酬システムでは「欲するものを見えるようにしてあげる」ことが効果的だとも。それが抽象的な達成目標なら、獲得したときのイメージを見せてあげることが大切だ。

5つめの「評判トリガー」は、わたしたちがなにかについて注目する・しないを判断するとき、 評判に依拠するという脳の特性を利用する。もう少し噛み砕いてみよう。脳は何かに注目を振り 向けるとき、「情報源」を頼りにする。その情報源には、「専門家」「権威者」「大衆」という三種類がある。わたしたちの注目が向かう先は、知らず知らずのうちにそれら情報源に左右されているのだ。また、パーによれば、長期において注目を集めるための評判は、「一貫性」「個性」「時間」によって構成されている。

6つめの「ミステリー・トリガー」は、まだ解明・解決されていない「謎」を用いる。人間なら誰しもがもつ、終わっていない仕事や物語を完結させたいという衝動を巧みに利用したものだ。ここでは、次の4つの要素が必要だという。それは「サスペンス」「感情移入」「予期せぬ展開」「クリフハンガー(がけっぷちの意、転じてハラハラした状態)」だ。

一方で、注目を集めるためだけではなく、「ミステリー・トリガー」によって集めた好ましく ない注目の終わらせ方についてもパーは紙幅を割く。

ネットやメディアにおける炎上は、ミステリー・トリガーが駆動する列車のようなものだ。そんなミステリー・トレインを停めるには、謎を消してしまえばいい。自らによるネタバレをもっ て終結させるのだ。

最後の「承認トリガー」は、わたしたちがもつ、他者や社会から認められたいという欲求を用いる。これについては聞き覚えがあるだろう。高名な米の心理学者、アブラハム・マズローの「欲求の5段階説」のなかの「承認欲求」だ。他者から認められたいという、人間の本能に狙いを定めたトリガーだ。

パーによれば、承認とは「認知」「評価」「共感」の3つの要求を満たすもので、「返礼の注目」と呼ばれる仕組みを使う。「返礼の注目」は、注目をしたら、注目しかえすというもので、 長期の注目を集めやすい。例えば、フェイスブックの「いいね!」返しやツィッターのリツイー ト、あるいはフォロー返しなどは、本能が成す所為だったわけだ。

余談となるが、一時期、マーケティング業界で流行した「ゲーミフィケーション」という概念がある。ひと言でいえば、「ゲーム化戦略」というもので、それはユーザーの自発性を引き出し、行為をゲーム化するものだ。「報酬トリガー」のみではなく、「承認欲求」も巧みに利用し、ユーザー獲得などに用いられている。

トリガー(引き金)を引く前に 

ここからは、本書の知見をビジネスにどう活用するかについて考えてみたい。

しかし、まず先に、これまで紹介したトリガーは、安易な一般則として落とし込めるものでは ないことを断っておこう。なぜなら、「自動トリガー」を取ってみても、そこには、驚きを際立たせるための「対比」が必要だからだ。あなたがどのような状況でどこの誰を相手にしているか が具体的にわからなければ、対比を描くことはできない。

また、「フレーミング・トリガー」にしても、注目してほしい相手の認識とその優先順位を理解していなければ、そこに影響を及ぼせない。さらに、注目や理解が進む前に効果を発揮するそれは、仕掛ける時宣を知る必要がある。

強そうな名前だから、「破壊トリガー」を使いたい? それにはさらに注意が必要だ。本書でも書かれているのだが、相手にとっての重要な価値がそこに含まれていなければ、相手をカンカ ンに怒らせるだけだ。「報酬トリガー」も右に同じ。相手の欲求を理解し、それを可視化すれば うまくいくが、そうでない場合にはスベるだけだ。

ほとんどのトリガーはあなたが置かれた状況や相手によって、具体的な手法が変化する。なので、わたしからのアドバイスは、まず、「相手を知ろう」である。それには「ペルソナ」といって、顧客を具体的かつ存在する人のように描く手法があり、それがもっとも有効だろう。

その上で、次のようなやり方で用いるべきトリガーを検討してみるのがよいだろう。

おそらく、顧客にとって商品購入までのリードタイムが長い商材の場合、多くのトリガーはその組合せによって機能するはず。即時の注意喚起で集めた潜在顧客から、もう少し絞られた顧客へと導く場合には、最初に使われたトリガーと違うものが用いられるべきだ。

そのように顧客の注目の段階によって、トリガーの選択は変わるので、メモに一本の直線を描き、それを顧客の成長段階と重ねて考えたらいいだろう。たとえば、直線の左端は「即時の注 目」、右端は「長期の注目」だ。左端には、DMや検索連動型広告のキーワード経由で「即時の注目」を払った状態の顧客がいる。そこから右に線が進むにつれて、「長期の注目」を払った状 態へと移行する。直線の左端から右端までのどこでいかなるトリガーを試すのか考える必要がある。次に、用いるべきトリガーに呼応するマーケティング施策を当てはめてみよう。各トリガー を実行する担当が、営業、広報・宣伝……と、部署を横断する場合には、チームで試論してみる ことがお薦めだ。それによって、まるで見当違いな施策を行っていないかどうかも見えてくるだろう。

クリエイティブが大きく変わる―情報は「露出」から「強弱」へ

これまで、テレビや新聞・雑誌広告・OOH(屋外広告)といった従来型メディアに載せるコンテンツは、一度人目を惹いたらそれでオシマイだった。しかし、デジタル・マーケティングは違う。訴求対象によって幾種類ものコンテンツを用意することはざらだ。加えて、それをどのくらいの頻度で、どの配信チャネル(ソーシャルメディア、ポータルサイト等)で流通させたらよいのか設計が必要となる。そこで、コンテンツが顧客の注意を喚起できたかどうかを測定するツールの登場だ。なかでも、「ヒートマップ」や「アイトラッキング(視線追跡)」は「自動トリガー」と相性がよいだろう。それらは人々の視線の軌跡を追い、どこに注目したのか、時系列で追うことができる。後者はウェブやアプリだけではなく、実際の店舗の商品棚や看板の中身に対する「注目」の流れも追える。

また、ECサイトなどは、効果測定の結果、表示させるクリエイティブを随時切り替えている。 そこには「完成」という概念はなく、「アップデート」があるのみだ。アメリカのウェブメディアの一部では、「ヘッドライン最適化(オプティマイザー)」ツールを使って、いくつもの見出しをつくり、いちばんウケる見出しの探求に余念がない。

これまでは、コンテンツを頻出させて顧客の目や耳に触れさせる機会を増やすことが重要だと 考えられてきた。一方、ウェブやスマホ上では、発信したメッセージに顧客が共感し、さらに友 人たちに共有したくなることが理想的である。「露出」よりも、顧客にとって「強いシグナル」 を発していることが肝要だ。そのためにも、(a)露出のタイミング、(b)相手にとって価値が高い、(c)瞬時に注目される、この三つが欠かせない。「即時の注目」が測定できる現在、常に”強い”コンテンツが作り出せるかもしれない。「自動トリガー」を知ることで、クリエイティブが大きく変わるだろう。

トリガーを構成する要素を使って、あなたと社会を変える

もし、わたしが起業の準備をしていて、7つのトリガーの中からひとつだけ選んで、多忙な億万長者から支援を受けるとしたら、「破壊トリガー」を選ぶだろう。しかし、勘違いしないで ほしい。このトリガーをそのまま用いるわけではない。まず、破壊トリガーを使ううえで必要な 3Sを思い出してほしい。そのなかでも、「単純さ(シンプリシティ)」に磨きをかけたい。

時折、メディアでプレゼンテーションや執筆時に「こういう機能やレイアウトを工夫したら、 より効果的である」という記事を見かける。しかし、装飾的な技巧よりも、そもそも表現する内容に価値がなければ、どんなにスティーブ・ジョブズばりの演出を施そうが、鼻についてイタいだけだ。

まず、いろいろと狡獪なテクニックを駆使する以前に、簡潔に伝えることを考えたい。

シリコンバレーでは、「ピッチ」といって投資家へのプレゼン時間は、だいたい数分内に行う。 じっくりと面談してもらえるか否かがそこで決まるのだ。さらに「エレベーター・ピッチ」といって、30秒内(エレベーターに乗っている時間)で紹介しなくてはならない場面もある。日本人なら名刺交換のみに費やしかねない。多忙な重要人物が相手なら超短時間の報告もあながちありえない話ではない。もし、簡潔に伝えられないのであれば、なにかが間違っている可能性が高い。そのアイデアやサービスに触れる前に、長い能書きを聞かないといけないとしたら、それは社会に浸透するのだろうか? 

グーグルを見てみよう。あの検索窓のシンプルさはずっと不変である。高度な検索アルゴリズムの存在をおくびにも出さず、他の消えていった検索エンジン会社のように広告を貼るわけでもない。それ以外の同社提供サービスにおいては、時にその簡潔さが見失われ、使いづらいこともある。しかし、検索窓が簡潔なうちは、彼らは自分たちの力とその影響力を理解し、自信に満ちているはずだ。同社の使命である「世界中の情報を整理し、世界中の人々がアクセスし使えるようにしよう」も、検索窓と同じくらい単純明快だ。本当はゲノム解析や量子コンピューター、ロボットから人工知能まで、同社はあらゆる領域に手を染めているが、ビジネスの原点はいたって簡潔である。

繰り返すが、普段から提案したいアイデアについては、余計なものを削ぎ落とし、それでも魅力が残るかどうかについて考えるべきだ。残りのふたつのS(驚きと重要性)は、まず単純さがあってこそ元素のように結合し、望む破壊を引き起こしてくれるだろう。

「返礼の注目」に注目だ

あなたがマーケッターなら、覚えておくべきは「自動トリガー」ばかりに傾注することではない。顧客との関係性構築の本質を見極めることである。それについては、「承認トリガー」の章に深い洞察が含まれる。

多くの企業は、テレビや雑誌といった従来のマス媒体を通じた「即時の注目」以外に、もっと長い間にわたり自社ブランドを記憶してほしいと願う。さらに、忠実なファンとして自社から他社に乗り換えないでほしいというのが本音だ。

そのような関係性を、マーケティングでは「エンゲージメントが高い」状態と言う。しかしながら、多くの企業は、顧客側にエンゲージメントを求めるのみで、企業自身は特にその顧客のことを顧みたいわけではない。これは政治家と有権者の関係についても言えるだろう。

たとえば、ソーシャルメディア・マーケティングにおいて、フェイスブックの「いいね!」数やインスタグラムのフォロワー数を指標にし、ただ闇雲にその数を増やすことを目指す施策が散 見される。なにかを訴求する場合に対象となる母数は多いに越したことはないが、はたして、それだけで「顧客とのエンゲージメントが高い」状態を作り出せるのだろうか。

あるいは、メディア企業に多額の広告費を払い、自社の商品やサービスを美化した記事や番組を作らせたとしても、そこに顧客の欲求は反映されていない。

少々唐突だが、こうした企業がもし生身の人間だったら、どういうタイプの人間か想像してみてほしい。その人は誰かに報酬を与えて、自分のフェイスブックページに「いいね!」集めをさせ、常に自分のことばかりしか話題にしない。

そんな人がもし実在したなら、あなたは友だちになりたいだろうか? 答えはNOだろう。だが、 人間ではなく企業となると、そんな行いが大手を振るって許されてしまう。そんななか、相手の 欲求を理解し、顧客に「内的報酬」を与える企業がどれだけ存在するだろうか。前述のように、 パーの言う「承認トリガー」には「返礼の注目」がある。互いを認知し、注目しあうことで共感 を誘い、長期の注目を獲得する。これは注目という言葉を越えている。もはやエンゲージメント が高い状態なのだから。

「返礼の注目」を利用している女性下着メーカー

たとえば、女性下着メーカーのトリンプは、顧客と一緒に商品を開発している。「究極のランジェリー」と名付けられたそのプロジェクトは、顧客との商品開発を2008年から行っている。商品が完成したら、顧客の中からカタログのモデルとなる女性を選び、ウェブサイトで投票も行っている。

また、高級スポーツカーの代名詞でもあるフェラーリは、同社製品のオーナーを集めて毎年さまざまなイベントを開催している。20数年以上続くその活動の内訳は、旅行やサーキット走行、安全な運転の指導などだ。同ブランドは、モデルの新旧問わず多くの同車オーナーたちに「返礼の注目」を行っている。

「報酬トリガー」の章で紹介されるAKB48の事例も気に留めたい。50年代に発見されたという「パラソーシャル関係(交流)」はブランドと顧客についても当てはまるだろう。

パラソーシャル関係とは、あなたがわたしを知らなくても、わたしはあなたをよく知っていますよ、という関係性のことだ。このような「1対N」の交流関係は、ソーシャルメディア時代に おいて、ますます加速する。

「会いに行けるアイドル」ならぬ、「会いに行けるCEO(あるいはブランドの顔)」がいてもいい。実際に、テクノロジー業界で頻繁に行われるようになったハッカソン(プログラマやデザイナーたちがその場に集い、一緒にソフトウェアなどをつくるイベント)では、企業の開発担当者と会い、共創することができる。「承認トリガー」として強力ではないだろうか。

ほかにも、あなたが人事や教育関係の仕事をしているのなら、「承認トリガー」の「内的報 酬」という考え方を見直してみよう。なぜ人はそこで働き、もしくは学んでいるのか。そして、 彼ら・彼女らはどのような満足を得るのか。規約や評価制度ばかりに偏かたよることなく、人間の承認欲求に対する解決策を制度に盛り込むことを考えてみたい。

犠牲者以外にも「顔のある犠牲者効果」を

「承認トリガー」の章で触れられる「顔のある犠牲者効果」は、寄付を求める文章の対比により、興味深い結論を導き出す。それは、統計数字を用いて支援が必要な人の窮状を訴える文章よりも、その人たち個々の顔や生活ぶりを描写した文章のほうが、人は支援したくなるというものだ。この「顔のある犠牲者効果」が完璧に機能しているウェブサイトがある。kivaが、そうだ。

同サイトはマイクロクレジットと呼ばれる仕組みを使って、発展途上国の小規模事業者の支援を行う。しかし、それは見返りのない寄付ではない。「ローン」としてわたしたちがお金を貸し付けるわけだ。

ウィキペディアによれば、kivaは世界216カ国で62万人以上がユーザーとなり、およそ200億円近い金額を、発展途上国の小規模事業者に貸し付けたという。貸し倒れ率も低い。しかし、貸し付けた人たちはなぜ地球の裏側の赤の他人を応援する気になったのだろう。

それは、一度サイトにアクセスしてみれば一目瞭然だ。支援を受けたい人が、自身の顔写真と共に、自らの物語を書いている。その人の信用を担保するために、身近な友人が登場する場合もある。「新しい畑を耕すために、鍬を1ダース買うお金を貸してほしい」という男性。「離婚して住む家から追い出された。クリーニングの仕事を続けたいから、仕事場兼住居を借りるためのお金を貸してほしい」という女性。「この人は信用できます、わたしたちとずっと働いてきました。この人の人となりを保証します」という職場の同僚たち等々。読んでいて胸を打たれる事例も少なくない。正確には、この人たちは犠牲者ではない。しかし、顔や声を与えることで、日頃わたしたちがまったく関心を寄せていない遠い国の出来事を、突如として身近なことに感じさせてしまう。

善意の次は、悪意について語ろう。

かつてマイクロソフトは、アメリカの司法当局と複数の州から反トラスト法違反で訴えられ、10年以上にわたる係争を抱えていた。当時、同社に対しては世間からの逆風が吹き荒れていた。

当時に同社の名前を検索すると、「悪の帝国」などのレッテルを貼った多くの揶揄や批判サイトが容易に見つかった。しかし、入社したばかりの同社の広報担当者が非公式に始めたブログ 「チャネル・ナイン」が発足してから、その流れは変わった。

同ブログは、同社のスタッフたちが日々何を考え、どんなプロジェクトに携っているのかについて淡々とインタビュー映像を流しているだけだった。やがて、同ブログは評判となり、多くの敵意溢れるコメントは好意的なものへと転じていった。逆に同社のファンは日ごとに増えていったのだ。その広報担当者はロバート・スコーブルという。後に有名なビデオ・ブロガーとして注目を集めることになる。わたしもかつて彼に会って話をしたことがある。

この事例からうかがえるのは、人々が頭に描くパブリック・イメージは、良くも悪くも幻であるということだ。しかし、実際には、わたしたちのように生活を営む「人間」が存在している。その人は懸命に家族や顧客のために働き、わたしたちと同じ悩みや幸せを感じている。「チャネル・ナイン」はそんな人たちを映し出し、脚本も用意せずに話をさせて、幻をかき消した。そし て、周囲との間に「共感」という新たなチャネルを開設したのだ。

このように、「顔のある犠牲者効果」は、悪意の肥大化に対するブレーキにもなり得るだろう。

最後に、あなたが……そう、あなたが何者であれ、そして、なにを企てているにせよ、本書に書かれた「3つの注目」「7つのトリガー」と決して無関係ではないだろう。わたしもいくつかのトリガーを試してみようと思う。その報告はいつかまたどこかで。

2016年2月

小林 弘人 1965年生まれ。株式会社インフォバーン代表取締役CVO。94年「ワイアード・ジャパン」を創刊、黎明期より日本にインターネット文化を広める。以降「サイゾー」「ギズモード・ジャパン」など、紙とウェブ両分野で有力メディアを多数立ち上げる(サイゾーは事業売却)。98年創業のインフォバーンは、国内外企業のデジタルマーケティング全般を支援。オウンドメディア化とコンテンツ・マーケティングの先駆となる。著書に『新世紀メディア論』『ウェブとはすなわち現実世界の未来図である』など。海外の先端メディア、ビジネス動向の紹介者としても知られ、監修を務めた『フリー』『シェア』はベストセラーに。 

アテンション――「注目」で人を動かす7つの新戦略

作者:ベン・パー 翻訳:依田 卓巳、依田 光江、茂木 靖枝
出版社:飛鳥新社
発売日:2016-02-26