「解説」から読む本

『シェア [ペーパーバック版] <共有>からビジネスを生みだす新戦略』

日本語版解説 by 小林 弘人

NHK出版2016年4月24日

2010年に本書の日本語版が発売された頃、「シェアリングサービス」における現在の状況を、ここまで明確にイメージできた人はどれくらいいたのだろうか? 「Airbnb」「Uber」といった昨今のサービスの躍進とともに、かつて本書で投げかけられたシェアの意義は、より現実的な課題としても捉えられつつある。このような状況から、本書は内容もそのままに再びペーパーバック版として刊行された。新しく書き下ろされた小林 弘人氏の日本語版解説を掲載する。(HONZ編集部)

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作者:レイチェル・ボッツマン 翻訳:関 美和
出版社:NHK出版
発売日:2016-04-22
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<メルカリ>というサービスをご存知だろうか? 日本の若い世代を中心に大躍進を遂げている同サービスは、計120億円以上の資金調達に成功。大手オークションサイトが売上に翳りを見せるなか、リユースのサービスにもかかわらず、本書で言うところの「サービス・エンビー(誰かが使っているのが羨ましくて、思わず加入したくなるようなサービス)」なスマホアプリとして若い世代から支持されている。

アメリカではネットを介して労働力を提供するクラウドソーシングの<oDesk>が有名だ。日本でも<クラウドワークス>が株式公開し、ベンチャーキャピタルはこれに続けとばかりに、シェアリングエコノミーを謳うスタートアップ企業を物色中だ。物流では、運送会社の隙間時間を利用し、軽荷物を集荷、配送するサービスが登場した。また、子どもの託児・保育園への送迎などを会員によって行なう子育てのシェアサービス、家事代行の人材マッチングサービスほか、「ライフスタイルのシェア」も枚挙にいとまがない。わが国でもオリジナリティ溢れるシェアサービスが続々誕生し、支持を集めている。

また、民間のみならず、自治体もカーシェアに目を付け、東京都福生市などは公用車のカーシェアリングを実施。東京都では一部鉄道会社と連携し、自転車のライドシェアも始めた。その流れは大都市に限らず、日本中で活発化している。

教育に目を向けてみると、大規模オンライン公開授業(MOOCs)が話題となった。もともとこの流れをつくったのは、サルマン・カーンというアメリカ人が始めた教育ビデオの投稿サイト<Khan Academy>だ。その後、本物の大学も授業をシェアし始めた。日本でも東京大学を筆頭とする国立大学から私立大学まで多くの大学が、無料でMOOCsを展開している。

本書冒頭で紹介された<Airbnb>の時価総額は未上場ながら2兆円を超えるとされ、世界の有名ホテルのそれを上回る。ライドシェアの雄<Uber>は時価総額5兆円以上となり、日産自動車の時価総額をも上回る。現在は2社とも日本語でのサービスを提供中だ。そう、いまやシェアリングエコノミーはメインストリームを巻き込むうねりとなったのだ。

急成長するシェアリングエコノミー

世界的なコンサルティング企業デロイトがスイスのシェアリングエコノミーについてまとめた資料によれば、世界のシェアリングエコノミーに関するスタートアップ企業への投資額は、本書のハードカバー版が刊行された2010年には、およそ年間300億円だった。それが、2014年には6000億円相当に急増している。また、プライスウォーターハウスクーパース(PWC)は、シェアリングエコノミーを主な5つの分野に定義したレポートを作成した。それらは、1.ソーシャルレンディングを含む個人間金融 2.物々交換 3.不動産 4.カーシェアリング 5.音楽・動画シェアリングとなる。PWCによれば、これらは2025年に全世界でおよそ30兆円以上の総収入をたたき出すものと予測している。現在の1.5兆円規模の20倍だ。米のビジネス誌『ファストカンパニー』の記事では、本書共著者の一人、レイチェル・ボッツマンがシェアリングエコノミーの潜在的な市場規模を約13兆円以上と見積もっている。PWCの予測を鑑みると、実際にはさらに上をいく可能性も出てきた。

そんな急伸するシェアリングエコノミーを取り込むべく、国や自治体も参入の機会をうかがっている。韓国のソウル市は、「シェアリング・シティ」宣言を行ない、市場創出の後押しから、脱大量消費・大量生産社会への転換を打ち出した。日本では、安倍首相が民泊やライドシェアを軸とした規制改革を打ち出す。国家戦略特区を設けることで、東京オリンピックなどに向けた宿泊施設の確保や、過疎地域の「交通空白地域」での住民の移動手段確保を目指すものだ。

拡大する民泊に対しては、旅館業やマンションオーナーらからの反対が生じている。ライドシェアの規制緩和に対しても、タクシー業界が強く反発するなど、他国で起きたシェア企業と既得権益との衝突は、いまや日本にも巡ってきている。

昨今では、シェアリングエコノミーを指して、「デマンド・エコノミー」と呼称する声もある。つまり、利用者の「要求(デマンド)」に応えるという意味だ。特定の目的を「いま」適えるべく、仲介業者を排除してダイレクトに提供者と利用者を繋げるサービスであるといったニュアンスが色濃い。このあたりは、シェアによる市場規模が拡大しつつあるなか、受け止められ方も多様化していると見るべきだろう。また、シェアリングエコノミーは臨時的、あるいは副業的な雇用を創出するが、一方でフルタイムで働く労働者たちの権利や保護と鋭く対立するため、新たな争点が浮き彫りとなってきた。

本書を2010年当時に読んだ多くの人々は、シェアリングエコノミーがここまで社会の中心となって話題になるとは予想もつかなかったはずだ。事実、「日本人はきれい好きなので、他人が使ったモノは使いたくないはず」「シェアはけしからん。モノが売れなくなる」「シェアはせいぜいニッチな市場しか形成しない」といった声は、私がシェアリングエコノミーについて語る度に必ず耳にしてきた。特に「モノが売れなくなる」という声は、いまだによく耳にする。多くはわたしと同世代か、それより上の世代の声だ。最近では、日本のテレビ番組でもシェアリングエコノミーの特集が組まれることが増えたが、そこでもいまだに無理解が目立つ。既存のサービスと比較して便利であるとか、合法か否かといったことに疑義を呈するに留まり、シェアリングエコノミーの全体像を捉えようとしていない。

インターネットと協働型経済

実は、シェアリングエコノミーを理解することは、インターネットそのものを理解することと同義である。インターネットそのものが巨大なシェアリングマシンであり、その表層で営まれる行為の一部だけを取ってきて、既存サービスと比較したところで、議論が近視眼的なものに陥りがちなのだ。

事実、シェアはインターネット登場と同時に行なわれてきた。<シェアリングエコノミー>として括られる以前から、協働・共有を軸としたサービスは数多く存在してきたのだ。その定義について、前述のデロイト(スイス・レポート)は、「コラボレーティブ・エコノミー(協働型経済)の一部である」と綴る。筆者はこの理解で間違っていないと思う。

それはインターネットというインフラそのものがシェアを母胎としているからだ。あなたへのメールは、あなたが契約し、対価を支払っているプロバイダーだけが配信するわけではない。どこかの国や誰かのメールサーバーを経由して届くのだ。相互に乗り入れた回線やハードウェアを経由して、わたしたちはメールをやり取りしている。それは、一国や一企業だけが寡占するインフラではない。同様に、そこで生まれたものの多くは、誰かが開発し、それをオープンにすることで、シェアされたものである確率が高い。あなたの会社のサーバで稼働するソフトウェアの一部は、そのようなシェアリングエコノミーがもたらした果実である。つまり、シェアはインターネットという生態圏における自然発生的な営みでもある。

一方的に消費するだけだった「ユーザー」も、シェアリングエコノミーにおいては絶対者ではない。そこでは供給する「サプライヤー」と同様、評価の対象となることを認識すべきだ。シェアにおいて「お客様は神様」という考え方は通用しない。参加者らは、「ユーザー」でもあり、時に「サプライヤー」となり、それぞれ対等の立場にあるのだ。だからサービスによっては、評価の低いユーザーはサプライヤー側から取引を断られることもある。ひとつの価値をめぐってPeer to Peer(末端と末端)で取引でき、プラットフォーマーはそれを司ることで手数料を得る。そのため、シェアリングエコノミーに属するいくつかのサービスは、寄付や会員の参加費用で活動費が賄われるものもある。また、なかにはコミュニティ化し、地域や嗜好性、同じライフスタイルに根ざすサービスもある。「デマンド・エコノミー」という捉え方だと、そこが漏れてしまうのだ。

「モノが売れない」は本当か

さて、ここでよくある質問について、反論を試みたい。はたして、シェアリングエコノミーの台頭によって、モノは売れなくなるのだろうか? これについてわたしから逆に質問をしたい。シェアされようがされまいが、そもそもモノは売れているのだろうか? 先進国ではほとんど生活に必要なモノから贅沢品までが手に入る。中国ですら、急激な経済力の拡大とともに、欠乏から余剰へと短期間でシフトしている。デフレスパイラルを指摘する声もあるが、モノそのものはすでに潤沢化したと見ていいだろう。

つまりそれは、本書でも指摘される「大量消費社会」のターニングポイントだ。欲しいモノがないのは、モノが溢れかえることで、価値そのものが逓減してしまったからだ。これまでどおりに何かを造れば、誰かが買ってくれるだろうといったサイクルはもはや壊れかけているのではないか。あらゆるモノは世界のどこでも手に入るのだ。だから今後は、製造業の意識改革が必要ではないだろうか。本書には「サービス・エンビー」な、わざわざ参加してみたくなるシェアサービスについての話が出てくる。同じにように、真に「プロダクト・エンビー」なるモノはもはや少ない。モノが行き届いてしまった今、どのように、そこに新しい価値を付与できるのだろうか。

シェアはなにもリユースだけを指す訳ではない。クラウドファンディングがよい例だ。それは多くのスタートアップを勇気づける。なぜなら時間をかけて投資家を回り、5ヵ年にわたる事業計画をひねり出す時間を圧縮し(テック業界での5ヵ年なんてSF世界のようだ)、アイデアをいきなり世界に問い、プロダクト開発の資金を調達可能とした。すでにスマートウォッチのPebbleや、3DVRのOculus Riftなど、クラウドファンディングによって登場したスター企業がいくつも存在する。

また、本書では語られていないが、皆でモノづくりを行う「Maker Movement」もシェアリングエコノミーの一翼を担っている。3Dプリンターがここまで活況を呈したのは、特許が切れた技術を、シェアの力で皆がオープンソース化したからだ。また、クラウドファンディング等を利用し、関連するテクノロジーが続々と登場した。製品を試作する際にも、デジタルファブリケーション(製造)機器等のシェアがあったからだ。これらはハッカーやギークだけの話だと思ったら間違いだ。たとえば、日本の女性下着メーカーの一部は、以前よりユーザーと共に商品を開発してきた。その流れは、食料品、衣類、自動車といったメーカーにも及んでいる。

つまり、シェアの力は協働型消費のみではなく、モノを生み出す力をも促進する。また、既存業界がリユースにより収益を増す事例もある。たとえば、建築資材の流動性が低いことに着目した建設業者がこれまで流通していなかった資材のシェアで躍進中だ。大手企業も例に漏れない。ソニーは、自社で立ち上げたクラウドファンディングサイトで、迅速な製品開発に着手している。「シェアによってモノが売れない」というのは、機能不全に陥ったエコシステムにおける犯人探しのようなもので、時間の無駄だ。むしろ、シェアを活かしてモノを売るにはどうしたらよいか、が正解だ。あらゆる領域で創造性を発揮すべき時代に突入していることを理解すべきだろう。

協働型生産の時代へ

最後に、シェアリングエコノミーの潜在力をひと言で表すとしたら、それは何なのか? わたしは、「資源(リソース)の再分配と流動化」だと見ている。本書が語るような「プロダクト=サービス・システム(PSS)」の思想が背景にあるとしても、まずシェアは世界中に偏在しているリソースを平準化する。どこかで過剰なものが、どこかでは欠乏している。それを可視化し、繋げるのがインターネットだ。そして、そこからシェアが始まる。そのためには、それぞれがもつリソースをオープンにする必要がある。ある企業は役に立たなくなった知財を開放し、自分たち以外の観点から活用法を見つけようとする。ある自治体は自身が気づかない視点から、その郷土品のプロデュースを日本中から募集している。ある大企業は部署間の垣根を超えてアイデアを練り、そして、今度はそれを社外のクリエーターやエンジニアたちと一緒に開発しようとしている。本書は「協働型消費」を中心に取り上げているが、実はエコノミーというからには、両輪のもう一方にある「協働型生産」も忘れてはならない。

今後ますます、モノ、アイデア、経験、お金、土地、労働力、それらのほとんどが流動化していく。シェアリングエコノミーを、単なるネットを介した物々交換、クルマの配車、民泊サービスのように安価で都合のよいサービだと捉えていたら、これから次に来る新しい社会像は描けない。社会課題の解決、国家戦略、自治体への参画、ライフスタイル、企業のかたちや働き方といった、それらすべてを変える力を秘めている。そしてインターネットという血管が張り巡らされている以上、シェアリングエコノミーはよどむことない血流であることを付け加えておく。 

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作者:レイチェル・ボッツマン 翻訳:関 美和
出版社:NHK出版
発売日:2016-04-22