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『宇宙エレベーター その実現性を探る』宇宙エレベーターの入門書

鰐部 祥平2016年11月8日
宇宙エレベーター その実現性を探る(祥伝社新書)

作者:佐藤 実
出版社:祥伝社
発売日:2016-08-01
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宇宙エレベーターというものを知ったのは私が中学生の頃だったと思う。田中芳樹、原作の『銀河英雄伝説』というアニメでだ。特にSFファンというわけではない私にとって、この作品に描かれていた宇宙エレベーターは、あまりに荒唐無稽で実現の可能性など全く存在しないアニメの中だけの話だと思っていた。しかし、宇宙エレベーターの原理は科学的に認められているようだ。実際に原理だけにとどまらず2013年にはIAA(国際航空アカデミー)により実現可能性を評価され、翌年には常任委員会が設置されている。

SF小説やアニメの中では、様々な規模の宇宙エレベーターが描かれているが、本書で扱われている宇宙エレベーターは、近未来に実現可能性のある宇宙エレベーターである。このモデルはロスアラモス国立研究所のブラッドリー・C・エドワーズ博士よって2000年に示されてもので、エドワーズ・モデルと呼ばれている。ではエドワーズ・モデルをたたき台に、著者が考えた実現可能性のある宇宙エレベーターとはどのようなものなのか。近未来を舞台にした宇宙旅行を見てみよう。

宇宙エレベーターというくらいなのでまずはケーブルを見てみよう。ケーブルの片方の端は赤道の海上に作られたターミナルに繋がれており、もう片方は上空に伸びており、端にはつり合いの重りが付けられている。海上ターミナルから反対側の重りまでの長さは10万キロほどで途中の3万6000キロメートルの地点にある静止軌道に静止軌道ステーションという駅が作られている。静止軌道ステーションは人間が常駐する、ひとつの街のような規模の宇宙基地だ。実は宇宙エレベーターはエレベーターというよりも鉄道に近い乗り物だと著者は言う。

宇宙旅行に行く人々は、まず海上ターミナルまで船で移動する。飛行機はケーブルを切ってしまう恐れがあるので、宇宙エレベーターが完成した暁には、海上ターミナル周辺は飛行禁止区域になる可能性が高いそうだ。旅行者はクライマーと呼ばれる乗り物に乗り込み宇宙を目指す。クライマーには高度数百メートルまで行く観光用の近距離編成と静止軌道ステーションやその先にまで行く貨客混載の長距離編成に分かれる。近距離編成のクライマーは二時間ほどで高度数百キロメートルに到達し停止。1泊2日か数時間の日帰り旅行が楽しめる。ここは地上の9割ほどの重力を感じるために、特別な訓練は必要なく、誰でも気軽に訪れる事が出来るという。

より本格的な宇宙旅行を楽しみたい人は静止軌道ステーションを目指すことになる。静止軌道ステーションに到達するには数日かかるという。高度が上がるにつれ重力が弱くなり、替わりにコリオリ力が強くなる。静止軌道ステーションでは多くの人が働いており、ショッピングモールから病院まで生活に必要なものが全て揃っており、一部には富裕層向けの別荘や宇宙船格納庫も作られると予想されている。

では静止軌道ステーションより先には何があるのか。この先は宇宙開発の領域だ。静止軌道ステーションより先に向かうと、再び重力を感じるようになるという。ただし今度は逆向きにだ。地球が上で宇宙が下になるような感じだ。地上から4万7000キロで地球脱出臨界高度に達し、5万7000キロで火星到達高度になる。目的に合わせた地点で探査衛星や無人輸送船をクライマーから切り離せば、あとは軌道修正を行うだけで目的地まで到達できるのだ。ロケットで探査船や輸送船を打ち上げるよりも、はるかにコストが少なくなるはずだ。

しかし、本当にこんな規模の施設が実現可能なのか?と思った方も多いだろう。その疑問は正解だ。宇宙エレベーターのケーブルは静止軌道を境にして地球側と宇宙側で激しく引っ張られており、その長さは月までの距離の4分の1に相当するため現時点では、このよう状況で使用できる素材は存在しないという。現存する素材でもっとも可能性のあるケブラーを使ったとしても、静止軌道から1万6000キロメートルほどで自重に耐え切れず切れてしまう。

そんな中で、有望視される素材がカーボンナノチューブだ。カーボンナノチューブは軽く強度にとんだ素材である。だが現時点では数センチメートルの長さのものしか製造できていない。カーボンナノチューブ伸張に関する技術的なブレイクスルーが起きない限り、今のところ宇宙エレベーターの実現は不可能ということになる。残念な結果だが、本書でもカーボンナノチューブ伸張の技術的問題点が紹介されているので、ここを端緒にこの分野を調べてみるのも面白いかもしれない。

他にも様々な技術的な問題点や、エネルギーや電力をどのように確保するかなどといった工学的な話題が続く。最新のテクノロジーをどのように組み合わせれば宇宙エレベーターが実現できるかと言う話は、どれも興味深く読むことができる。また、現実に宇宙エレベーターを作る場合に想定される法律の問題点なども検証されている。JAXAで宇宙開発に関わる契約や法務に携わる向井浩子さんのインタビューは面白い。例えば宇宙で「殺人」が起きた場合はどうなるか?など興味深い話を読むことが出来る。

本書はテクノロジー、最新の宇宙エレベーターに関する実験、法的な問題、土木建築から見た宇宙エレベーター、そして宇宙開発の歴史と未来を網羅しいる。宇宙エレベーターの入門書としては最適な1冊ではないだろうか。 

楽園の泉 (ハヤカワ文庫SF)

作者:アーサー・C. クラーク 翻訳:山高 昭
出版社:早川書房
発売日:2006-01
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星ぼしに架ける橋 (ハヤカワ文庫 SF 490)

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