おすすめ本レビュー

かわいいあいつも、食べるとおいしい。『世界のへんな肉』アルパカもビーバーも、肉。

塩田 春香2016年11月21日
世界のへんな肉

作者:白石 あづさ
出版社:新潮社
発売日:2016-10-31
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 肉。ああ、なんて魅惑的な響き! 焼きたての熱々をほおばれば、じゅわっと脂がとろけて、たちまち脳内はあふれ出る幸せホルモンの大洪水や~!! じるるっ。

おっと、よだれが。失礼しました。日本人がこういうときに想像するのは、やっぱり牛肉? 北海道の人ならヒツジかな? でも、世界では「まさかのあんな動物」や「かわいいこんな動物」も、肉です。食材なのです。

本書は3年かけて世界一周の旅に出た著者が、いろんな国で出会った心温まる肉とのふれあい……じゃなくて、動物とのふれあいと、そのお肉の味を、おおらかな文章とゆるいイラストでたっぷり紹介してくれます。

ただ、著者は肉のために旅に出たのではありません。低血圧で朝が苦手で会社員に向いていない→  ふと自分が生まれてそろそろ1万日であることに気付く→  会社を辞める→  目的もしがらみも締め切りもない旅に出る。そして

どこへ行っても動物と触れ合うのを楽しみにしてきました。けれども、ペットだと思っていた動物が市場で干物にされて売られていたり、“生き物”だと思っていたかわいい動物が、現地のレストランで“食べ物”としてメニューに載っていると、「かわいそう」と思いつつも、いつしか「もしかしたら……すごくおいしいのかも」と、ついチャレンジしたくなったのです。(中略)
一度、味を覚えてしまうと、モフモフしたあどけない顔の動物も、もはやただの肉にしか見えません。

肉の魔力って、オソロシイですね。人間って、業深いですね。こうして著者はアルパカのステーキやアルマジロのブラウンシチュー、イグアナのスパイス炒めにライチョウのロースト・ブルーベリーソース、そしてビーバーのプラム煮込みなどなど、日本ではまず食すことのできない様々な肉を胃袋におさめてゆくことになるのです。

なのですが、本書にはいわゆる「ゲテモノ喰い」的な力みは皆無です。なんとなく自然に現地で出会ったから食べちゃった~、という感じです。そう、とにかく全体に「ゆるい」のです。けど、著者の行動には結構ハラハラもさせられるのです。

早朝、バスから降り立ったまだ暗いイランの町では、見ず知らずのおばちゃんに手を引かれるままについてゆき、そのままおばちゃんの自宅に滞在。その家の娘さんとガールズトークに花を咲かせながら、ヒツジの脳みそサンドイッチを食べています。

ケニアではレストランで食事中に殺気を感じて振り向くと、突然ダチョウに頭突きされて食べかけの鶏肉を奪われ、その翌日にはサバンナで再度ダチョウに襲われて木に登ったまま降りられなくなり、マサイ族に救出されています。

お、お嬢さん、よく3年も放浪して、無事でしたね……。どうもそれには、著者の人並み外れた「適応力」が関係しているのでは?と思えてなりません。それを裏付けるエピソードは、てんこ盛りです。

サバンナのサファリツアー中、チーターに追われるインパラを発見。「行け、行け!」とチーター気分で叫ぶフランス人たちに対して、「いやあああ! 逃げてー!!」と草食動物の気持ちになる著者。インパラが仕留められると

一心不乱に肉をむさぼるチーターたちを見ているうち、「かわいそう」とついさっきまで思っていたのに、だんだんインパラが旨そうに見えてくる。

そしてサファリから戻るやいなや、インパラを食べにレストランへ向かうのです。

また、ウガンダの湖にある島に滞在したときには、単調な宿の食事に飽きたオーストラリア人夫婦が、飼われているウサギを調理しようと狙っているのを知り

こんなにかわいい、つぶらな瞳のウサギは食べられない(中略)
一晩、よく寝たら、もうかわいそうだという気持ちは私の心からすっかり消えていた。キャベツはもういい。肉、肉が食べたい。「私、太ももがいいなあ」とつぶやけば、夫婦は「ウサギは背中の肉が美味しいのよ」と嬉しそう。

……まだまだあります。友人と向かったスウェーデンでは念願のトナカイ橇(そり)に乗りそこねてしまうのですが、その日、レストランのメニューにトナカイのカルパッチョを見つけます。

トナカイはサンタさんの友達。そんなメルヘンな動物を食べるのは、ちょっと心が痛む。一瞬、顔を見合わせたが、外を走っているアイツは脂が乗って今が食べ頃にも見えてくる。「乗れなかったし、せめて食べようね」

そして極め付きは、バリ。著者が美大生時代、絵のモデルとしてせっせと描きかわいがっていたヤギ。そのヤギのスープに至っては

もはや、あんなに大学時代、かわいがっていたヤギのことはすっかり忘れ、「こんなにうまいなら、もっと早く食えばよかった」(中略)
学生時代、私が描いていたのは、モフモフしてカワイイ顔のヤギ。でも本当は、おいしい食べ物の絵を描いていたのだと気がついてしまった今日のランチ。
全てを知った今なら、本当のヤギの姿を描けそうな気がする。

どこまでも前向き! これこそが言葉も通じない国の人々にかわいがられて、旅を続けることができた秘訣では? 私はかつて、クマ牧場の前でクマ汁が売られているのを見ましたが、まったく食べる気がしませんでした。著者と私の適応能力を比べると、完全に負けた気がします。

話を肉に戻しましょう。読んでいておいしそうに感じたのは、「赤身はブタよりももっと濃厚で、マグロの頬肉のような味がする」という、硬そうな見かけからは意外なアルマジロ。

反対に、「澱んだ川で釣ってしまった鯉の味」というビーバーや、ぷりっとおいしそうな外見とは裏腹に「魚のハラワタのような苦くて渋い味」というライチョウなどなど、あんまり食べたくない肉も。

では、アルパカは? イグアナは?? キリンは??? カブトガニは????

見た目と違う、肉の味。食べてみないとわからない。自分で食べてみるのが一番ですが、それもなかなか難しそう。本書で疑似世界旅行をしながら、「かわいいあいつ」の味、ぜひみなさんも確かめてみることをおすすめします! 

世界のへんなおじさん

作者:白石 あづさ
出版社:小学館
発売日:2008-05-31
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著者の前著。これもオモシロそう……。

世界屠畜紀行 THE WORLD’S SLAUGHTERHOUSE TOUR (角川文庫)

作者:内澤 旬子
出版社:角川書店(角川グループパブリッシング)
発売日:2011-05-25
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 肉といえば、やはり内澤さんは外せない。

飼い喰い――三匹の豚とわたし

作者:内澤 旬子
出版社:岩波書店
発売日:2012-02-23
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ジビエ教本: 野生鳥獣の狩猟から精肉加工までの解説と調理技法

作者:依田 誠志
出版社:誠文堂新光社
発売日:2016-09-08
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 堀内のレビューはこちら

外来魚のレシピ: 捕って、さばいて、食ってみた

作者:平坂 寛
出版社:地人書館
発売日:2014-09-12
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 「いろいろ食べている」といえば、平坂さんは筋金入り。塩田のレビューはこちら

深海魚のレシピ: 釣って、拾って、食ってみた

作者:平坂 寛
出版社:地人書館
発売日:2015-11-10