HONZ今年の1冊

2016年 今年の一冊

HONZメンバーが、今年最高の一冊を決める!

内藤 順2016年12月30日

決められないのは分かっている。それでもやりたくなってしまうのが、本読みの性。
今年も2016年最高の一冊を決めるコーナーがやってきた。

とにもかくにも、今年はノンフィクションの当たり年だったと思う。次々から次へと読み切れないくらいの良書が発売され、積ん読の山を前に呆然と立ち尽くす日を何度迎えたことだろうか。

そんな中、HONZ発で多くのヒット作品を世に知らしめることができたのも嬉しい限りである。それはひとえにHONZというサイトが本を売っているのではなく、読書体験を売っているからだと自負している。

メンバー達の連なりも、また一つの読書体験と言えるだろう。今年はメンバー達の2016年最高の一冊を、性格タイプ別に紹介していきたい。

まず最初のページは、自らが今年HONZで紹介した本を再びこちらにも持ってきたタイプの人たちだ。良く言えばブレない人たち、悪く言えば普通な人たち。ただし、元々選んでいた本が普通ではなかったかも…。

小松 聰子 今年最も「私の運命を変えた」一冊

ブルマーの謎: 〈女子の身体〉と戦後日本

作者:山本 雄二
出版社:青弓社
発売日:2016-12-08
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先行のレビューではふざけたノリで紹介してしまったが、つい見過ごしてしまうような事象を新たな視点で捉え直す社会学の面白さを伝える1冊としてあらためてこの本を推したい。なにしろ私にとっては、HONZメンバー入りという運命を変えた一冊なのだ。

と思いつつ、まずその前に表紙がやばい。白地にデカデカと紺色ぴったりブルマーの写真が掲げられている。書店の人文科学の棚に並ぶだけでかなり目を引く光景である。そんな事も含め、ぴったりブルマー(以下ブルマー)というテーマの突飛さに引きずられて本書の本当の面白さは霞みがちだ。

本質はブルマーの何が「謎」なのかという問いにある。そこを楽しまなければ本書の価値は半減すると言っても過言ではない。

ブルマーという単語からあなたはなにを想像するだろうか。ひと昔前の女子中高生の体操着?それとも性的な想像を掻き立てるコスチューム?どちらも正解だが、それだけの事ならネットを開いてグーグル先生に質問するだけで十分なのである。視点を変えて考えてみるとこういう事だ。

ブルマーは露出度が高くて性的な要素が強調される。かつ、ブルマーは学校の指定体操着として30年近く全国で取り入れられていた。学校ではエロいブルマーを履く事があたりまえだったのだ。あんなに露出度が高くて破廉恥な被服が、学校という「性」を極力遠ざけようとする組織の中でなぜ履かれ続けたのか。そう捉え直してみると、ブルマーは実に不思議な存在なのだ。その謎を本書で是非楽しんで欲しい。 ※レビューはこちら

堀内 勉 今年最も「熱くなった」一冊

バブル:日本迷走の原点

作者:永野 健二
出版社:新潮社
発売日:2016-11-18
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書評というのはその本の読者のためにあるので、できるだけ客観的な方が良いと思い、参考書的な立ち位置で書くようにしている。ところが、自分が当事者の本についてはこれが難しい。自分を客観的に見るのが難しいのと同じ理屈である。

この『バブル ー日本迷走の原点ー』は、久し振りに私を熱くさせた本である。当初、いつもの自分の書評スタイルと違って主観的にしか書けないので、どうしようか逡巡していたのだが、この問題に自分としてもケリを付けなければならないと思い、思い切って書いてみた。

バブルという現象をできるだけ客観的且つ包括的に捉えて、それを記録として後世に伝える・・・本書はそうした価値のある素晴らしい本だが、そのバブルの中でもがき苦しんだ普通のサラリーマン達の物語の記録というのも、別の意味であっても良いのではないかと思った。

特に、今回の書評に対して、若い友人から次のようなメッセージを受け取ったことで、そうした思いを強くしている。 「バブルの渦中にあった堀内さんによる書評。もはや書評の域を超えています。ちなみに後発の僕らにとって本当に参考になるのは、そのなかで堀内さんが何を信じて、どう動いたかであったりします。バブルなど大きな仕組みに飲み込まれるか、それに逆らって信念を貫いたかで、その後の人生は大きく変わるのだと実感する。その姿はアントレプレナー的な人にとても勇気を与えると思う。ちょっと書きにくいだろうけど、そういう文章も是非書いてほしいです。」 ※レビューはこちら

冬木 糸一 今年最も「度肝を抜かれた」一冊

生命、エネルギー、進化

作者:ニック・レーン 翻訳:斉藤 隆央
出版社:みすず書房
発売日:2016-09-24
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今年もっとも度肝を抜かれた一冊は『生命、エネルギー、進化』だ。

『ミトコンドリアが進化を決めた』などで知られるニック・レーンが、真正面から「なぜ生命は今こうなっているのか」について取り組み、多様な分野にまたがる議論を総括しながら「宇宙における生命の普遍的特性」といえる生命の基本的な原理を導き出してみせる。度肝を抜かれるのも当然だ。その理屈が確かなら、どのような条件でなら地球外で生命が誕生しうるのか(またその割合も)、生命の特性上、地球外生命がどのような問題に直面するのかもわかるのだから。

地球生命の起源を深く掘り下げていくことで、この宇宙に存在しうる”生命”にまで思考がぶっ飛んでしまう、特異な読書体験がここには広がっている。書かれている内容のレベルは非常に高く、パラパラと読んですっと理解できる類の本ではないが、それは「丹念に読むことで誰でも議論の過程を追い、真に理屈を理解できるようになる」ための必然的な難解さである。数年に一冊レベルの本なので、じっくりと時間をかけて付き合ってもらいたい。それだけの価値のある一冊だ。 ※レビューはこちら

村上 浩 今年最もギョギョっとした一冊

さかなクンの一魚一会 ~まいにち夢中な人生!~

作者:さかなクン
出版社:講談社
発売日:2016-07-21
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魚のことなら何でも知っている、テレビでも大人気のさかなクンの自叙伝だ。魚というレンズを通して世界を見つめるさかなクンの感性に触れると、日常の何気ない出来事にも彩りが感じられ、心がギョギョっと動きだす。

夢中になることは楽しいことばかりではない。さかなクンもいじめや就職活動など、夢中なだけでは、好きなだけでは乗り越えられない壁に何度もぶち当たる。誰もがさかなクンのように、どんな困難にも負けることなく夢中であり続けられるわけではないが、さかなクンの人生は何かを好きになることの喜びを思い出させてくれる。

出張の合間に本を読み、睡眠時間を削ってHONZのレビューを書いていると、「何でこんなことやってるんだっけ」と考えることもある。HONZでレビューを書いていなければ知ることのできなかった世界や出会えなかった人はたくさんいるが、仕事でもないのに5年以上定期的にレビューを書き続けてきたのはなぜなのか。それは、本を読みレビューを書くのが好きだからだというあまりにも当たり前の事実に、『一魚一会』を読んで気付かされた。

さかなクンが魚に注ぐ情熱には遠く及ばないが、あと10年位続けていれば、自分もノンフィクション本クンになれるだろうか。 ※レビューはこちら

鰐部 祥平 今年最も「俯瞰的な視点を与えてくれた」一冊

サピエンス全史(上)文明の構造と人類の幸福

作者:ユヴァル・ノア・ハラリ 翻訳:柴田裕之
出版社:河出書房新社
発売日:2016-09-08
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サピエンス全史(下)文明の構造と人類の幸福

作者:ユヴァル・ノア・ハラリ 翻訳:柴田裕之
出版社:河出書房新社
発売日:2016-09-08
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上、下二巻の大著は世界40カ国で発売され、ビルゲイツやバラク・オバマ大統領といった政治家を魅了した。なぜ、本書は世界中の知の巨人たちを魅了したのだろうか。それは人類全体の存在と歴史を俯瞰的に眺める事を可能にする壮大な歴史ストーリーと最新の科学的知識を実に巧みに織り交ぜた結果であろう。

およそ7万年前に起きた認知革命により人類は「虚構」という実際には存在しない物を信じる事が可能になる。この虚構という概念が雑多な個人を大きな集団にする事を可能した。宗教、法人、国家、それら全ては虚構の上に成立している。ここまでならそれほど珍しい理論ではないであろう。

しかし、本書はこの虚構から生み出された繁栄が人間という「種」全体には利益をもたらしつつも、必ずしも個々人の幸福には寄与していないのではないかという仮説を論じている。この仮説を読んだ時、会社を初めとした様々な組織とどう付き合っていくのかという問題に新たな視点が与えられ、目の前の世界が一気に広がるような読書体験をえる事ができた。

長時間労働が問題になっている昨今だからこそ読むべき一冊ではないか。 ※レビューはこちら

新井 文月 今年最も「儚い」一冊

築地市場: 絵でみる魚市場の一日 (絵本地球ライブラリー)

作者:モリナガ ヨウ
出版社:小峰書店
発売日:2016-01-13
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家族で楽しめる築地のイラスト本として、HONZに紹介したのが今年の1月。その後、この本は5月に産経児童出版文化賞を受賞した。さらに今年11月に予定されていた豊洲市場への移転は、延期が決定した。今年は築地にまつわる話題が多い年だった。

その移転が延期になったことを知り、私はまだ業者が入っていない豊洲市場前に足を運んでみた。たしかに外観は完成しているが、中のがらんどうとした空間は不自然だった。その光景を実際に見たとたん、私はとつぜん寂しくなった。本書にある築地らしさが、全く感じられないのだ。

歌舞伎や神社、伝統芸能などは「継承」することが大事だろう。しかし今回の移転はそれではなく、「移動」である。いま実際には、豊洲市場で積み荷が降ろされたり、競りが始まったり、仲卸の声が響きわたるといった光景を見ることができない。だが仮に1000近くの業者がここに移ったとしても、本書が表す活気や人情、築地全体の空気は再び見れないだろう。内容と対象的に、儚さが残る一冊。 ※レビューはこちら

足立 真穂 今年最も「大阪に行きたくなった」一冊

タイトル

作者:金原 みわ
出版社:シカク出版
発売日:2016-05-10

本の内容については、我ながら熱いレビューを書いたのでそちらをお読みいただければよいだが、この本は一般流通しておらず、通販か一部書店で購入可能、にとどまっていた。

その後Kindleで読めるようになったものの「あなたは18歳以上ですか?」「はい」を乗り越えなくてはならず、まさかの「アダルト指定」。驚いていたらやっぱり「そうじゃない」ということで、紙版だけの販売になったそうな。と、そんなこんなでこの版元兼店舗の「シカク出版」に興味がわき、どうにも止まらずについに大阪は中津の店舗へ出かけてしまったのは、私です。

行ってみれば、やたらと入りにくい扉の向こうに、めくるめく自費出版ニッチ、成熟しすぎて別次元に行ってしまった世界……! この日に私が購入した本をいくつか。『ポケット版団地の給水塔図鑑』『散歩なう 201607(特集 高架下 立ち食いうどん』『全国女性街ガイド』など9点合計1万4千円ほど。

この中津という町自体が、梅田から一駅しか離れていないにもかかわらず独自の世界を維持していて足を運ぶ価値大。というわけで、HONZを介して出会えた2016年最強(×凶)のシカクさん、おかげで大阪で遊べました! ありがとう。 ※レビューはこちら

栗下 直也 今年最も「ダメな私をさらにダメにした」一冊

〆切本

作者:夏目漱石
出版社:左右社
発売日:2016-08-30
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今年は本を読まない一年だった。いや、総量では例年に無く読んでいるが新刊に限れば、夏場から秋口までは積ん読が増える一方だった。当然ながらレビューのペースも緩やかなものになった。いや、緩やかどころか一時期は全く書いてない。毎週HONZメルマガを書いていたので、レビューをすごい量を書いている気分になっていたが、あるとき、自分の投稿を振り返ってみたら、丸々3カ月全く書いていない期間があり愕然とした。もはや季節労働者である。

気が小さい私は当然ながら、いつクビになるかとびくついており、ドナルド・トランプ氏が米次期大統領に決まった時など、編集長の内藤順に「You are fired!」と水戸なまりの英語で宣告される夢を見たほどだ。いや、マジで。あの悪夢以来、内藤順のFacebookの投稿には内容に関係なく「いいね!」を押している。

そんな時に支えになったのが『〆切本』だ。文豪達が電話口で締切に間に合わずに苦し紛れに、編集者に仮病を使ったり、自分に言い訳しながら、ちょっとだけよと飲みに行ったりする姿を知ると、気分は勇気凜々である。反省どころか、心置きなく、レビューを書かずに遊びに行くようになってしまった。

文豪だから許されると思われがちだが、文豪にも無理なのだから小市民の私には当然ながら締切を守るなど無理である。と、無理矢理自分を納得させていたら、はや、年末である。来年はつべこべ言わずに頑張ります。 ※レビューはこちら

このページで紹介するのは、予想を裏切る選書をしてきたレビュアーである。それが良い裏切りだったか、悪い裏切りだったかはともかく、10人中3人は小説を取り上げた。どこまでもストイックな探検者たち、そんな彼らの2016年最高の一冊を紹介していこう。

澤畑 塁 今年最も「頭で考えるということについて考えさせられた」一冊

あなたが世界のためにできる たったひとつのこと―<効果的な利他主義>のすすめ

作者:ピーター・シンガー 翻訳:関 美和
出版社:NHK出版
発売日:2015-12-19
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いきなりこう言うのもなんだが、この本を読んだだけでは、この本に書かれていることの「すごさ」は理解できないだろう。しかし、著者の主著『実践の倫理』や『動物の解放』を読んだうえでこの本に臨むなら、その内容におそらく腰を抜かしてしまうのではないか。

ピーター・シンガーは現代を代表する倫理学者であるが、その論理が鋭利で、そこからとてつもなく「厳しい」結論を導くことで知られている。その厳しい結論とは、たとえばこうである。「富める者は貧しい者に最大限の援助をする必要がある」。「人間以外の動物にも無用な苦痛を与えてはならない」。

それだけ厳しい規範を提示されると、ふつう、「じゃあ誰がそれを実践できるのか」と疑問に思ってしまうところだろう。しかしなんと、いま英語圏の若い人たちのあいだで、シンガーの規範を「効果的に」実践する人たちが徐々に現れているというのである。

彼らは、「超」のつくエリート大学の出身で、「超」のつく優秀な人たち。そして彼らに共通するのは、「情」に流されて何かをするのではなく、自らの「理」にしたがって行動するということである。本書を読んでいると、「理性的に考えて、正しいと思ったことは実践する」という彼らの強さに、ただただひれ伏したくなる。

年末・年始の休みを利用して、『実践の倫理』や『動物の解放』とともに、本書に挑戦してみるのはいかがだろうか。 ※訳者あとがきはこちら

古幡 瑞穂 今年最も「HONZ読者に読んで欲しい」一冊
罪の声

作者:塩田 武士
出版社:講談社
発売日:2016-08-03
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事実は小説より奇なりという言葉は今始まった事ではないが、今年は小説とノンフィクションの境界の揺らぎが大きくなった年のように思う。隠さず言えば、私個人がエンタメ小説読みなので、HONZ読者の皆さんをどうにかして小説に呼びこみたいという本音があるわけなのだが。

揺らぎの代表格と言えるのが「文庫X」=『殺人犯はそこにいる』がベストセラーとなった一連の動きであろう。前回の記事でも触れたが、通常は小説を読んでいる読者を大きくノンフィクションに近づけたのが最大の功績だった。この後、この事件に触発されたかのような『慈雨』が発売されているのも前回紹介したとおりだが、もう一冊、ノンフィクション好きにどうしても届けておきたい作品がある。それが『罪の声』だ。

「昭和の未解決事件」と言われてまず思い浮かべるであろう「グリコ・森永事件」がこの小説のテーマだ。

著者はこの事件で実際に使われた「子どもの声による犯人からの要求電話」に目をつけ、この声の持ち主を主人公に据えている。親の遺品の中から発見された脅迫電話のテープが自分の幼い頃の声だと気付き、なぜそうなったのか?の謎を追いかける…という物語。

グリコ・森永事件はすでに時効を迎え、多くの書物やテレビ番組で真相を追い求め様々な説がささやかれているが、正解は藪の中だ。しかし、著者が小説という形を使って提起したように、あの事件に使われた声の持ち主は必ず存在しており、今、まさに我々世代の大人になっているはずだ。そして、もしかしたら自分の身近にいるのかもしれない。

闇に消えたはずのキツネ目の男は小説の中で蘇り、真相を見せてくれた。著者が見せた事件の真相はあまりにも鮮やかで、真実を知りようのない昭和の事件簿が1つ解決したような気持ちにさせられている。

発売以降高い評価を受け続けている作品。今年の本は今年のうちに。年末年始に愉しんで欲しい。

田中 大輔 今年最も「積ん読な」二冊
VIVIENNE WESTWOOD ヴィヴィアン・ウエストウッド自伝

作者:ヴィヴィアン・ウエストウッド 翻訳:桜井 真砂美
出版社:DU BOOKS
発売日:2016-03-05
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ジョン・ライドン 新自伝 怒りはエナジー

作者:ジョン・ライドン 翻訳:田村 亜紀
出版社:シンコーミュージック
発売日:2016-04-27
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2016年はPUNKが誕生して40周年という節目だったからか、PUNKを象徴するレジェンドの自伝が立て続けに発売された。『VIVIENNE WESTWOOD ヴィヴィアン・ウエストウッド自伝』と、『ジョン・ライドン新自伝 怒りはエナジー』の2冊だ。PUNKの精神や音楽、ファッションに多大な影響を受けて育った自分は、どちらもすぐに即座に購入したのは言うまでもないことだ。

ヴィヴィアン・ウエストウッドはパンクの女王と呼ばれるファッション界のレジェンド。ジョン・ライドンはセックスピストルズのヴォーカルで、当時はジョニー・ロットンと呼ばれていた。

そんな彼らの自伝に共通していることは、どちらも分厚くて重いということだ。ヴィヴィアンの自伝は624ページ、ジョン・ライドンの自伝にいたっては608ページで、さらに2段組みという驚異の文量である。しかもハードカバーなので、持ち運びには向かない。読書は主に通勤時にしているので、買ったはいいものの、完全に積読状態になっている。

でもいいんだ。買ったことで十分に満足しているから。この2冊は今年買ってよかったなぁと思える2冊である。いつ読むかはわからないけど、いつかは読むつもりで本を購入する。そんな積ん読も素敵な読書体験のひとつだというのは暴論かしら?

塩田 春香 今年最も「痛かった」一冊
賢者の石、売ります

作者:朱野 帰子
出版社:文藝春秋
発売日:2016-11-22
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主人公の痛さが自分に重なって、痛い、ああ痛い、痛いけど一気に読んじゃった一冊でした。
(友人と居酒屋で)「わ~、コラーゲン鍋! 明日はお肌ツルツルね~♪」「んー、コラーゲン食べても、コラーゲンになるわけじゃないよ?」「……」

はい、しらけるのわかってて言っちゃうんですよね。だから本書の帯「コラーゲン食べて肌がツルツルとか嘘」「マイナスイオンなんて存在しない!」を見て、飛びついちゃったわけです。家電メーカー社員の主人公は、きっと水戸黄門が皆をひれ伏させるようにバッサバッサと世間にはびこるニセ科学をぶった切ってくれるに違いない!と。

ところが。黄門様(主人公)は、悪代官や越後屋だけでなく、町娘や助さん角さんにまで寄ってたかってボコボコにされているのである。げ、まじか?

科学的根拠のない美容家電、ガンに効くという高価なサプリメント、それらを否定する主人公は皆に煙たがられまくり。しかし本書を読み進めると「科学的に正しいことが人を救えるとも限らない」そんな現実も見えてくる。若手科学者の苦しい立場も描かれる。不安定な雇用、のしかかる奨学金返済、軽視される基礎科学。

だが、深海探査船女性パイロットを主人公にした『海に降る』や東京駅駅員が主人公の『駅物語』など、絶望的な苦しさから希望を見出す過程を描き出してきた朱野作品らしさは本書でも健在だ。

成毛 眞 今年最も「お金の匂いがした」一冊
量子コンピュータが人工知能を加速する

作者:西森 秀稔
出版社:日経BP社
発売日:2016-12-09
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なにしろ量子コンピュータなのだ。スーパーコンピュータ「京」を何千年間ぶん回しても解けないような問題を、数十秒で計算してしまう夢のコンピュータなのだ。ビットコインが依拠している公開鍵暗号など、ちょちょいのちょいとマイクロ秒単位で解読してしまうコンピュータなのだ。

そこへ人工知能だ。人類最高の囲碁棋士をこれまたちょちょいのちょいと打ち負かしてしまう技術なのだ。製造業だけでなく、医療や金融も、小売も法律も近い将来にはとてつもない影響を受けるであろう。

その両者について、すでに商用化しているカナダの量子コンピュータ、D-Waveに使われている基本理論、量子アニーリングを創り出した研究者本人が書いた本だ。著者は研究の最前線を紹介するために書いたつもりだろうが、俗人にとってはお金の匂いがしないわけがない。今後、巨大なベンチャー企業が何社も生まれ、取り組みによっては大企業の浮沈がかかることになるだろうからだ。絶好の投資情報源でもある。

それにしても驚いたのはD-Waveに使われている量子アニーリングの理論も、量子ビットと呼ばれる超伝導回路も、20世紀中に日本で開発されたものだということだ。しかし、残念ながら日本にはそれを実現しようとした企業もベンチャーキャピタルもなかった。

もちろんグーグルもマイクロソフトもIBMも本気になって取り組み始めている。日本企業は彼らが巨額の資金を投入して開発する、量子コンピュータ化された人工知能サービスをクラウドで使わせてもらうお客さんのままでいるつもりなのだろうか。先端科学技術が一国の経済を左右する時代はすでに開幕しているのだ。

東 えりか 今年最も「スペクタクルだった」一冊
ホルケウ英雄伝 この国のいと小さき者 上

作者:山浦 玄嗣
出版社:KADOKAWA
発売日:2016-12-24
ホルケウ英雄伝 この国のいと小さき者 下

作者:山浦 玄嗣
出版社:KADOKAWA
発売日:2016-12-24
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今年の夏、某業界パーティの喧騒の中をKADOKAWAの編集者、郡司珠子が囁く。「東さんに読んでほしい原稿がある」。聞けば出版されるかどうかは微妙だが、どうしても手がけたい。作者は山浦玄嗣。気仙沼の医師だという。

「それって聖書をケセン語に訳した人?」と聞くと、「東さんなら知っていると思った!」という。(東日本大震災で倉庫が流されたが、「お水潜(くぐ)りの聖書」として話題となる。足立真穂のレビューに詳しい)

遍歴の旅に出た青年マサリキンが、鎮所に召し出される女奴隷チキランケと運命的に出遭い、彼女を救うべく奔走する内に、民の受ける圧政を知り、叛乱軍ヌペックコルクルの一員となってゆく英雄譚。

時は奈良時代。元正天皇の御世、蝦夷討伐を受け北上してきた勢力と、東北の民「エミシ」との相克をエミシ側から描いた大河歴史巨編。一言で表すと「古代日本の西部劇」。主人公の青年マサリキンとチキランケとの大恋愛小説でもあり「甲斐の黒駒」を髣髴とさせるマサリキンの最強の愛馬、トーロロハンロクが胸を掻き毟られるほど可愛い。登場人物に真から悪人が居らず、坂東の豪族側でさえ帝の命による犠牲者に見える。

昨年のお薦め『図書館の魔女』にも比肩する超スペクタクルの小説を、年末年始に堪能せよ!

山本 尚毅 今年最も「手に取るタイミングがよかった」一冊
「決め方」の経済学―――「みんなの意見のまとめ方」を科学する

作者:坂井 豊貴
出版社:ダイヤモンド社
発売日:2016-07-01
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6月23日 イギリスの欧州連合離脱是非を問う国民投票
7月31日 東京都知事選挙
11月8日 アメリカ大統領選挙

市民の投票行動とその結果によって社会が大きく動いた一年だった。そして、本書は出版のタイミングが抜群によく、相性も最高だった。Brexitと都知事選に挟まれた2016年7月1日の出版である。

ヨーロッパも東京もアメリカも当初のメディアの予想を裏切る開票結果となった。そして、投票結果を事後にもっともらしく分析・解説する番組が選挙後に恒例のように溢れかえった。しかし「決め方」に立ち戻って分析し、民意を伝える方法として機能しているかを、問題視するというアプローチはお目にかかる機会はほとんどなかった。

多数決で決めること、その疑ったことのない常識を、社会選択理論という科学を裏付けとして、考え直してみたら?と投げかけるのが本書である。小学校レベルの算数がわかれば、理論に驚き、感動できる。

たらればの話だが、今回のアメリカ大統領選挙は一般投票による直接選挙ならば、大統領は別人になっていた。古くはリンカーンが決め方の恩恵を受けたことが本書で紹介される。当時、差別撤廃を訴えたリンカーンは、その恩恵を受ける対象が投票権を持たない不利な状況だったのだが、決め方の恩恵を受け、大統領となった。

歴史を大きく変える「決め方」、歴史が大きく変わった一年と呼ばれるかもしれない2016年の最後の読み物にどうぞ。

久保 洋介 今年最も「茶目っ気のあるネーミングだった」一冊
粘菌生活のススメ: 奇妙で美しい謎の生きものを求めて

作者:新井 文彦
出版社:誠文堂新光社
発売日:2016-05-06
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何ともいいネーミング。「年金」ではなく、「粘菌」の本。このネーミングを考えた著者に敬意を払うべきと、即買いした。家に帰って本書を開いてみたのだが、もうニヤニヤが止まらない。

写真がメインの一冊で、掲載されている粘菌を眺めているとついつい頬が緩んでしまう。どの写真も自然の美しさの中に何か得体のしれない物体が登場。どピンクの粒粒、サーモンピンクのどろどろ、プレッツェル風の幾何学体、銀色の光沢体などなど。写真の背景である緑豊かな自然にはおよそ似つかわしくない物体ばかりで、そのギャップがなんともキモカワイイ。全て自然界に生息する粘菌だ。

「粘菌とは何ぞや」そっちのけで、ただただ写真を観て楽しめる。読み終わった頃には、どこか森を探検した後のような清々しさと充実感で、旅行にいった気分を味わえる。年末年始どこも行かない人にこそオススメの一冊だ。

非日常を味わえるのが読書の醍醐味。これだからやめられない。しかも、いつの間にやら粘菌ファンになってしまう魔法のような本だ。ウソだと思うならまず本書のカバーを外してみたらいい。読者を楽しませる神秘な世界がそこから広がっている。

吉村 博光 今年最も「5年後にまた読みたいと思った」一冊
黄金の旅路 人智を超えた馬・ステイゴールドの物語

作者:石田 敏徳
出版社:講談社
発売日:2014-05-20
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宇宙の中に星々の歴史はある、星々の中に生物の歴史はある、生物5億年の中に人類の歴史はある。やがて人類も、何者かにとって代わられるだろう。でもそれがゴキブリであろうとコンピュータであろうと、私にはさほど関心がない。むしろ関心があるのは、目の前で幾世代にもわたって栄枯盛衰を織りなしている、サラブレッドのほうだ。

今年12月、香港ヴァーズという海外G1で日本馬が15年ぶりに勝った。本書は、前回の勝者・ステイゴールドの生涯を描いたノンフィクションである。2014年に馬事文化賞を受賞した作品だが、書棚の肥やしになっていた。レース後に思い出して読んだら、とんでもなく面白かった。黄金配合騒動によって守りぬかれてきたメジロの血が引き出されたくだりには、特にゾクゾクした。鳥肌モノの読書体験ができる本なのだ。

小学生の頃にテンポイントの美しさに魅入られてから、走ることでしか認められない馬たちの歴史を生で見続けてきた。最近の血統表をみると、かつて私が応援した馬の名が4世代、5世代前にある。私の中に競馬の歴史はある。これこそ、競馬というスポーツの醍醐味だ。5年後、ステイゴールドの血はどうなっているだろうか。

内藤 順 今年最も「GOサインを感じた」1冊
テクノロジーは貧困を救わない

作者:外山健太郎 翻訳:松本裕
出版社:みすず書房
発売日:2016-11-22
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本屋で見かけた時、目次も見ずに即買いを決めた。少し蛍光がかったの緑色の背表紙は、僕の大好きなケヴィン・ケリーの著書『テクニウム』『<インターネット>の次に来るもの』の隣に並ぶべき本であることを直感させた。

本の内容はテクノロジーと人間の関係について書かれていること以外、よく分からない。とにかく本棚に並べる時の順番は、左から『テクノロジーは貧困を救わない』『<インターネット>の次に来るもの』『テクニウム』の順番に限る。こうすると信号機の色の並びになるのだ。

『テクニウム』(赤)に目を止め、『<インターネット>の次に来るもの』(黃)に注意しながら、『テクノロジーは貧困を救わない』(青)を読み進める。この作戦で行きたいと思う。

しかしこの3冊を本棚の交差点の位置に並べると、妙に座りが良くてなかなか取り出す気になれない。本書を読むのは、だいぶ先のことになりそうだ。

最後のページで紹介するのは、自由枠の人たちだ。愛すべき人たちばかりですが、手間が掛かります。いの一番に送ってきたものの書名を書き忘れた人、〆切を過ぎてから悠然と送ってこられた人、原稿の締め切り日にHONZへ入会した人、気合いが入りすぎて所定の文字数を2倍以上もオーバーした人…。皆さん、それぞれの人生を歩んでいただければと思います。

仲野 徹 今年最も「電車の中で開けにくかった」一冊
描かれた病:疾病および芸術としての医学挿画

作者:リチャード・バーネット 翻訳:中里京子
出版社:河出書房新社
発売日:2016-10-20
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HONZでレビューを書く本の基準は、なんといっても面白いこと。さらに、ためになったらもっといい。この本には、あまり味わうことのない、背筋が寒くなるような面白さがある。それに、医学図譜なのだから、ためにならない訳がない。文句なしだ。ただし、少しだけ難点がある。かなり気色悪いのである。

いまの医学書はカラー写真が満載だが、その昔、解剖や疾患の図譜は絵画として描かれ、印刷されていた。写真に比して不正確ではないかと思われるかもしれない。しかし、西欧の絵画に描かれた人体を思い浮かべてみてほしい。実際の人体よりもリアリティーがあってかっこいい。医学図譜もそれと同じく芸術の分野だったのである。

治療しなければここまでひどくなるのかと驚くような皮膚疾患、いまではもう見ることのない天然痘、そして、がん、結核、心臓病。とっておきは最後の方にある性感染症だ。梅毒に冒された患者の絵が次々と紹介されて、まるでホラーだ。梅毒になったらこんなに怖いんですよ、という教育的効果が狙われていたのかもしれない。

しかし、がまんしてくり返し見ていると、次第にその奥深い美しさを感じるようになってくる。神経を逆なでするような気色悪さが、慣れるにつれて快感に変わっていくのだ。ぜひ、その過程を楽しんでもらいたい。ただし、電車の中で見るのだけはやめたほうがいい。迷惑行為として通報されるかもしれんから。

首藤 淳哉 今年最も「疑心暗鬼になった」一冊
かなわない

作者:植本一子
出版社:タバブックス
発売日:2016-02-05
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私の願いはただひとつ。「毎日を心安らかに過ごしたい」ただそれだけだ。
2016年は、そんな波ひとつない穏やかな日常に、ドボンと石を投げ込んだ者がいた。

「これ面白いから読んでみて」ーーある日、妻に渡された一冊が『かなわない』だ。著者は写真家の植本一子。夫は24歳年上のラッパー・ECDである。夫の月収16万5千円で家計を切り盛りしつつ、幼い娘たちの子育てに追われる日々をまとめた『働けECD 私の育児混沌記』は読んだことがあった。

その続編である本書を一読、愕然とした。なんと!著者は新しい恋をし、波乱の日々を送っていたのだ。

家族とは一体何だろう。私はいつからか、誰といても寂しいと思っていた。
それは自分が家庭を作れば、なくなるんじゃないかと思っていた。
自分に子どもが出来れば、この孤独は消えて楽になるじゃないかと。
でもそれは違った

母であること、妻であることは、著者にとって決して自明のことではない。その葛藤が切々と綴られていた。

妻は「読んだら感想を聞かせて」と言った。だが2月に本を渡されてから今日まで、ずっと言えずにいる。「無防備なまま、感想を言うんじゃない!」私の本能がそう告げているからだ。

刀根 明日香 今年最も「愛おしい」一冊
私の好きな料理の本

作者:高橋 みどり
出版社:新潮社
発売日:2012-10
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食に関する本が大好きだ。『ポテト・ブック』『食記帖』『巴里の空の下オムレツのにおいは流れる』『悶々ホルモン』『吉本隆明「食」を語る』・・・。自分の直感が鈍っていないかを確かめるように、これと思ったらすぐに買ってしまう。影響を受けていろんな料理やお店に挑戦して、新しいものと出会うひとときが、私の日常のなかでかけがえのない時間となっている。

ほんとにたくさん買い込んだけど、今年ついに、ソウルメイトのようなの本と出会ってしまった。タイトルは『私の好きな料理の本』だ。

著者の髙橋みどりさんは、料理本のスタイリングを手がけるお仕事をされていて、食と同時に本づくりの経験が抱負な人だ。本書の魅力としては、料理家の料理に対する思想や、編集者やカメラマンの本づくりへのこだわり、そして髙橋さんの彼らに対する尊敬と愛情が、かけ算となって一冊を作り上げているところである。

著者と編集者が真剣勝負で作り上げた一冊の、一番想いが強い部分を、ちゃんと理解して適切な言葉で読者に伝える、髙橋さんの力量が、たまんなくかっこいい。髙橋さんの人となりに惚れ込んだ一冊である。

峰尾 健一 今年最も「読み返した時に、色褪せていなかった」一冊
圏外編集者

作者:都築 響一
出版社:朝日出版社
発売日:2015-12-05
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去年の年末に初めて手に取り、一気読みしたこの本。1年経った今読み返してみても、ページをめくる手が止まらなかった。

40年前に雑誌『POPEYE』編集部でアルバイトを始め、後に『BRUTUS』の編集を経て、30年前からはフリーの編集者として活躍する都築響一さん。これまでの経験をもとに、編集という仕事について語った内容が聞き書きでまとめられたのが本書である。著作をご存じの方は想像がつくと思うが、当然ながら「編集術」のようなものは書かれていない。

取材は「おもしろいってわかってる」から行くんじゃない。「おもしろそう」だから行く。読者層を想定しない。マーケットリサーチは絶対にしない。

こうした言葉にまったく軽さを感じさせないのは、これまで都築さんが生み出してきた数多の著作が、メディアに無視され続けてきた「ロードサイド」を追ったものばかりだからだ。

2012年の正月には、有料メールマガジン『ROADSIDERS’weekly』の配信がスタートした。1万字以上、時には2万字にまで及ぶ記事と200枚以上の写真や動画や音源で、多くの人が気づかない、もしくは見ようとしてこなかった身の回りの世界について今も「週刊」で発信を続けている。

60歳を迎えた今が一番忙しく、ワクワクしている。そんな人の姿が、かっこよくないわけがない。劇薬のようなエネルギーを持つ本書は、日々の慌ただしさから解放された年末年始にじっくり読むのがいちばん効くだろう。自分がどんな仕事をしているかに関係なく、一度読めば我が身に乗り移ってくるような「熱」を感じるはずだ。

堀川 大樹 今年「最もタメになった」一冊
衛生害虫ゴキブリの研究 (SCIENCE WATCH)

作者:辻英明
出版社:㈱北隆館
発売日:2016-09-23
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ゴキブリの本質にせまる研究書として本格的だった一冊。それと同時に、本書はたいへんタメにもなった。敵を寄せ付けないためには、敵をよく知ること。その意味で、今年これほどタメになった本は、他になかった。アカデミックな内容ではあるが、潜在的には一家に一冊備えてあっても良い本である。ブラックチョコレートとブラックコーヒーのお供に、楽しく読んでいただければと思う。 ※レビューはこちら

柴藤 亮介 今年最も「会社の存在意義を考えさせられた」一冊
論語と算盤と私―――これからの経営と悔いを残さない個人の生き方について

作者:朝倉 祐介
出版社:ダイヤモンド社
発売日:2016-10-07
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本書には、スタートアップと上場企業という異なるステージの会社の舵取りをしていた著者により、会社はどうあるべきなのか、会社のなかで個人はどのように思考を続けていくべきなのかというような「経営観」についてまとめられている。

会社は、永続的なコミュニティであると認識されることも多いが、実際に手足を持った法人が街中を歩くことはないことからもわかるように、実体を持つ存在ではない。このような会社のフィクション性を考えると、会社はいつ傾いても不思議ではなく、個人は会社を飛び越えて渡り歩くこと、つまり「事をなす」試みを続ける必要がある。

本来あるべき姿を想像し、現実とのギャップをおかしいと捉える感受性を持ち、愚直におかしいと訴えて、行動すること。この「旗を掲げる」行為こそが、事をなすために最も大切であると認識し、実際に行動して成果を出してきた著者の綴る本書には、社会で働く全ての人たちに刺さるものがあるはずだ。

アーヤ藍 今年最も「善悪と愛憎の狭間に揺さぶられた」一冊
母さんごめん、もう無理だ きょうも傍聴席にいます

作者:朝日新聞社会部
出版社:幻冬舎
発売日:2016-03-10
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警察に逮捕された。人を殺した。

そう聞けば、頭の中の「悪いこと」BOXにほぼ反射的に振り分けられることだろう。だが事件の一つ一つに、ひとくちでは語れないほどのストーリーがある。

毎日、長い日は朝から晩まで、傍聴席に座り続けている裁判担当の新聞記者。紙面ではわずかなスペースしか割かれず伝えきれなかった、彼らが目にしてきた「人間ドラマ」の数々をまとめたのが本書だ。

世間一般には注目されることのない、一見「よくありそう」な事件。その背後にあるストーリーを紐解くなかで見えてくるのは、介護疲れ、家庭内暴力、借金の負の連鎖、仕事と子育ての両立の大変さ、社会からの孤立など、誰もが直面してもおかしくないことばかり。愛情が深すぎるがゆえに盲目的になってしまったり、注ぎ込んだ愛情が裏切られ憎しみに変わったり…そうした感情も決して「異常」とは言えない。

「もしかしたら、私も同じような立場になるかもしれない。その時に自分は、この人と違う道を選べるだろうか…。」
「この事件は社会の仕組みが違っていれば防げたかもしれない。そうだとすると悪いのはこの個人と言い切れるのだろうか…。」

自分の中の善悪の基準や法律に対するまなざしを揺さぶられる一冊だ。

麻木 久仁子 今年最も「危機感を感じた」一冊
日本の漁業が崩壊する本当の理由

作者:片野 歩
出版社:ウェッジ
発売日:2016-12-22
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先日、残念としか言いようのない記事を見た。東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会が発表した、水産物調達基準案にかんする記事だ。あまり知られていないが、国際オリンピック委員会(IOC)は環境保全や資源の持続的利用を基本方針としており、選手村などで使われる食材についても持続可能な管理のなされた資源によって調達することが重要視されている。

ロンドンやリオでは国際的にも認められている高い調達基準が設定された。それらの基準に照らした時、じつは日本の水産物ではズワイガニとホタテなどごく一部のものしか提供できない。このままでは東京オリンピックでの「おもてなし」に日本の水産物を使えないのではないかという危機感があった。

一方、さればこそ、オリンピックを奇貨として今度こそ国際的な基準と合致する持続可能性のたかい漁獲規制が導入されるのではという期待もあった。それがあっさりと裏切られようとしている。日本の組織委員会は、まあ簡単に言ってしまえば現状の日本の漁獲規制のままでもかまわないように、ぬけあなだらけの案を提出したのだ。衰退する一方の日本の漁業が再生するチャンスが、またも見送られようとしている。

漁業の衰退は気候変動や他国の乱獲のせいであり、仕方がないことなのだと言われ続けてきた。しかし、それならばなぜ、日本以外の漁業国では資源が確保され漁業で儲けを出しているのか説明できない。ノルウェーの漁師は高額所得で人気の業種だが、それを支えているのは日本人が高値で買うサバの売り上げである。日本の漁師の獲ったサバは身が細り値段が安く、肥料の原料などとして安値で輸出されているという。なにかが根本的におかしいのである。もうあまり時間はない。うなぎは多分ダメだろう。マグロは危機にひんしている。そして最近ではカツオに陰りが見えてきた。カツオである!鰹節が使えない和食なんて、ありえない!

日本の漁獲規制が国際的な常識といかに乖離しているか。ときおり目にする漁業の記事をちょっと思い出してほしい。「何トン!」とか「何尾」と漁獲量について報じられることが多いことに思い当たるだろう。だが、日本以外の漁業国では漁獲量ではなく「漁獲金額」を常に重視する。単価の低い痩せた魚や稚魚をいくらたくさん獲っても意味がない。大きく成長した、脂ののった魚をとって、高く売り、儲けをだす。それができるような漁獲規制をしているのである。

世界では漁業が成長産業であるのに、日本の漁業だけが衰退産業あつかいをされているのはなぜなのか。本書でぜひ知ってほしい。わかりやすいQ&Aや、水産業の最前線のひとたちによる対談など、問題提起から解決策の提示まで、この一冊で大枠が理解できるように書かれている。わたしたち消費者が問題の存在を認識することからしか、国の漁業政策は変わらない。漁業者は全力で頑張っている。それにむくいるような政策がおこなわれ、漁業者の誇りが守られなくてはならない。このままでは漁業もろとも和食文化も崩壊してしまうのではないかと恐々としている。

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2016年も大変お世話になりました。来年もどうぞ、HONZをよろしくお願いします!