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宇宙植民の可能性を問う──『宇宙倫理学入門──人工知能はスペース・コロニーの夢を見るか?』

冬木 糸一2017年1月2日
宇宙倫理学入門

作者:稲葉振一郎
出版社:ナカニシヤ出版
発売日:2016-12-26
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近年イーロン・マスク率いるスペースX社を筆頭に、民間企業による宇宙開発が加速している背景がある。本書は「宇宙倫理学」と書名に(聞き慣れない言葉だ)入っているように、そうやって人間が宇宙に出ていく際に不可避的に発生する倫理/哲学的な問いかけについての一冊だ。

ショートレンジとロングレンジの問いかけ

そうした説明だけをきいてなるほど! 宇宙での倫理を問うのねわかるわかる! とはならないだろうから(僕も当然ならなかった)、具体的にその「宇宙倫理学」の中で、どんな問いかけ/議論が存在するのかをざっと紹介してみよう。まず身近な、現在すでに具体的な問題として存在するものでいえば、宇宙における軍備管理、人工衛星から得られる情報の取扱、スペースデブリの処理をめぐる問題、宇宙飛行士その他宇宙滞在者の健康管理についてなどなどがあげられる。

現在でも静止軌道をめぐる取り決めはあるが、今後地球周回軌道上がより希少資源となり、軌道を周回する権利が国家もしくは私的主体による固有の財産として管轄下に置かれる可能性もある(『通信や探査を中心に、宇宙の商業利用がますます活発化する現在、「宇宙活動の民営化」とでも言うべき課題が浮上しつつある』)など、このようにショートレンジで議論すべき点は数多い。逆に、数千年単位の広い視点、ロングレンジまで検討するのであれば、地球外生命との遭遇時に我々はどのような道徳的対応をすべきかという問題が立ち上がってくる。

これは「知性をどう定義するのか」という話に繋がるし、宇宙生物学をはじめとする無数の分野と繋がる話題だ。たとえば、ダイソン・スフィアと呼ばれる、恒星を建造物で取り囲んでエネルギーを100%近く有効活用しようという、効率だけを考えたら必然的に導き出される架空のシステムがつくられると、その恒星の周囲は暗くなってしまう。こうした事態を引き起こしかねない地球外生命体を想定すると(もしくは、そもそも存在を想定しないのか)、宇宙の物理的構造の変化にたいして我々はどのように対応するべきかという問いかけにもつながってくる。

さらに、そうした文明が星から星へと広がれば、銀が全体が丸ごと暗くなってしまう、という可能性もある。つまり結論的に言えば、宇宙のなかに生命が存在するかしないか、広い意味での「人間」が登場するかしないか、によって、宇宙の物理的構造が──場合によっては性質までが──変わってしまう可能性があるのである。

ずいぶんとワクワクさせられる話ではあるが、”そういう話も考察対象としてはありえる”という前提の部分であって、本書がメインで取り扱うのはこうした「起こるかどうかさえもわからない」大きな話と「今まさに起こっている」身近な話との間にくるミドルレンジの部分である。

ミドルレンジの問いかけ

たとえば「宇宙植民」はミドルレンジの問題領域だ。たんに宇宙ステーションに人間を数人滞在させるというのではなく、他の天体に人間(もしくはそれに類するもの)を送りこみ、継続的な社会を築かせる。そんなことは可能/やる意味があるだろうか? 科学技術や経済制度上、今すぐに可能なものではないが、数十年、数百年単位での成立可能性はありえなくなさそうである。

そうした前提を踏まえ、本書では『「現在我々が踏まえているリベラルな倫理学、道徳哲学の観点から許容されるような宇宙開発、とりわけ人間の宇宙進出、宇宙植民とは、果たしてどのようなものになりうるのか?」という形で問いを立て、進めていく。』ということでまずジェラード・オニールが考案したスペース・コロニー計画が現実的に考えて可能か否かの検討から宇宙植民の考察をはじめ、否定的な見解を導き出す為ではなくあくまでも前向きに考察していく。

たとえば宇宙植民をする上で、現実的にどのような動機が考えられるだろうか? 人間が溢れかえるから宇宙に人を──というのはかつての発想で、今では先進国は軒並み少産少死に向かっており動機としては弱い。そもそも人口爆発対策として送り出すには宇宙はあまりに過酷/高価すぎる。それでは、どのようなプラン/社会状況なら人が宇宙に植民する動機になるか──。

と議論を続けていくが、最終的には宇宙植民が実現されるには「人間」の定義が変わっている(たとえば人々が身体レベルでの自己改造を自由に展開できる社会が実現している)社会が土台として必要なのではないか? と、生命医療倫理学や優生学的改良、サイボーグ技術といった分野まで絡めながら問いを広げてみせる。その刺激的な議論の過程はぜひ読んで確かめてもらいたい。

おわりに

あくまでも宇宙植民と関連した話題としてではあるが、人格的ロボットを受容/需要する社会とはどのようなものなのかを問いかけロボットの宇宙植民への応用可能性などを論じた章もあれば、イーガンやバクスターを筆頭とした宇宙SFにおける人類の在り方を考察する章もあるなど話題は広範に渡っており、一部専門家だけでなくSFファンを含めた多くの読者が楽しめるだろう。

今回は「入門」ということもあってミドルレンジにテーマを絞っているが、他のレンジにまで議論を広げた本格的な「宇宙倫理学」本も読んでみたいものだ。とはいえ最初の一冊として、本書が重要かつ貴重なのは間違いない。