「解説」から読む本

『羊飼いの暮らし イギリス湖水地方の四季』

訳者あとがき

早川書房2017年1月27日
羊飼いの暮らし イギリス湖水地方の四季

作者:ジェイムズ リーバンクス 翻訳:濱野 大道
出版社:早川書房
発売日:2017-01-24
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本書は、イギリスの湖水地方で農場を営むジェイムズ・リーバンクスの半生と、そこで生きる羊飼いの生き方や働き方をユーモアを交えて描いた手記The Shepherd’s Life: A Tale of the Lake District の全訳です。

2015年にイギリスで発売された本書は、英国内でたちまち話題となり、アマゾンのベストセラー・トップ 10入りを何度も記録。年末に各新聞社が発表するその年のおすすめ本のリストにも軒並み選ばれ、さまざまな賞にもノミネートされた。複数の書評で「サプライズ・ヒット・オブ・ザ・イヤー」と称されており、無名の羊飼いの手記がベストセラーとなったのは、英国の出版界では驚きだったようだ。

さらにアメリカでも高く評価され、ときに手厳しい批評で有名な《ニューヨーク・タイムズ》紙のカリスマ書評家ミチコ・カクタニ氏が次のように絶賛した。「ジェイムズ・リーバンクスの衝撃的なデビュー作。本書は、彼の家族が営むイングランドの小さな羊農場の物語でありながら、移動性と個人主義が当たりまえとなった現代において、継続性、ルーツ、所属意識の大切さを訴える本でもある」。また本書は、ドイツ語やオランダ語、さらには中国語など、現在までに世界10カ国語以上で翻訳出版されている。

まずは、この本のあらすじ(すなわち、著者ジェイムズ・リーバンクスの半生について)を少しだけ紹介したい。

いまから40年ほど前の1974年、ジェイムズ・リーバンクスは、湖水地方やその周辺で600年以上にわたって牧畜に携わってきた歴史ある一家の長男として生まれる。イギリスのこの地域には、フェル(山)に羊を定住させるなどといった世界でも珍しい古典的な牧畜方式がいまでも残っている。著者は、湖水地方の農場に生まれた息子は誰しもそうであるように、父親と祖父の背中を追って幼いころから農場で働き、一人前の羊飼いになることだけを目指して成長した。

彼が暮らす共同体は、読書や勉強は恥ずべき行為であり、男子が学校で勉強に励むことなど無意味だとされる場所だった。住人が外の世界の文化に触れる機会もきわめて少なく、著者が初めて外国料理(ピザ)を食べたのは、なんと10代後半だったという。10代半ばで学校を中退し、 実家の農場でフルタイムで働くようになるものの、父親との関係に亀裂が生じてしまう。

家のなかに居場所を失った彼が救いを求めたのは、それまでご法度とされていた本の世界だった。そこで出会ったのが、羊飼いの仕事や湖水地方をこよなく愛する作家たちだ──ビアトリクス・ポタ ー、ウィリアム・ワーズワース、アルフレッド・ウェインライト、ウィリアム・H・ハドソン。そして彼は自分の可能性を試すために、オックスフォード大学への進学を目指すことに……

この本の魅力は……まず、読み物としておもしろいということ。これは、読み進めていけばすぐにわかっていただけると思う。あらすじだけを聞くと、「知らない家族の個人的な話をされてもなあ」「羊飼いの仕事を詳しく説明されても」という印象を受ける方もいるかもしれない。実 際、読みはじめるまえは私も少しだけ不安があったが、原書を読み進めるにつれて、著者を応援 し、彼と父親の関係に自らを投影し、涙を流している自分がいた。この本はジェイムズ・リーバ ンクスの個人的なメモワールと家族史でありながら、誰もが共感できる私小説のような趣もあり、 羊飼いの仕事、暮らし、歴史の記録でもある。

また本書には、社会の著しい工業化、階級間の流動性の低さ、伝統の消滅などに警鐘を鳴らすという一面もあると思う。本の後半で、湖水地方の伝統が失われつつあることについて、著者はこう述べる。「社会全体のために考えるべきなのは、 牧畜をするかしないかではなく、どのようにするべきかということだ。産業規模の安価な食糧生産が田舎の景色のすべてを形作り、小さな荒野がぽつりぽつりと残るだけの光景を望むのか。あるいは、少なくとも一部の地域では、家族経営の伝統的な農場によって形作られる、伝統的な景観の価値を護るべきなのか」

さらに、本書の魅力として特筆すべきは、美しいイギリス湖水地方の風景の描写とその詩的な文章だろう(ちなみに著者の夢のひとつは、詩人になることだという)。「夏」「秋」「冬」「春」と題された各章では、それぞれの季節の湖水地方の丘稜やフェルの様子、そこに棲む動物 たちの姿、住人たちの息づかいまでもがくっきりと浮かび上がってくる。

この本のなかには、羊が生まれ、成長し、死に、一部が農場に留まり、一部がほかの農場に売られ、一部が食肉用として卸されるまでのあらゆる過程について描かれている。なかには生々しい描写もあれば、過酷とも思える作業について語られてもいる。とはいえ、著者はあくまでも羊飼いとしての日々の仕事を淡々と描いているだけだ。そういった説明を読みながら(訳しなが ら)、個人的には「食べること」についてとりわけ深く考えさせられた。

著者は、なぜ食卓に肉が並ぶかを自らの子供たちにも知ってもらいたいと訴えるが、おそらくそれは読者へのメッセージでもあるのだろう。本書のなかで、私がとくに感銘を受けた一節を引用したい。「私は子供たちにもあえて血を見せ、ありのままの現実を伝えることが大切だと考えている。牧畜や食べ物に対して、子供っぽい安易な考えを持ってほしくないのだ。プラスチック容器に入った食べ物だけを与え、動物に命がなかったかのようなふりをしてほしくはない」。著者のTwitterにも数多くの写真や動画がアップされているが、そこには羊の生と死がありのままの姿で掲載されている(ちなみに、このTwitterにはかわいい羊の写真や映像がたくさん載っており、そちらを見ていると心が癒されます。私も仕事中に疲れたときには、羊の姿をずっと眺めていました)。

また翻訳者として、本書の文章や構成の特徴について1点だけ軽く触れておきたい。読みはじめるとすぐにおわかりいただけると思うが、本書では時間軸が縦横無尽に行き来し、ひとつの段落内でも現在形と過去形の文章の両方が使われていることがある(日本語でもなるべく過去形・現在形を原文と揃えるようにはしたものの、流れを重視して一部は変更した)。著者が時間軸の跳躍や現在形と過去形の文章で何を意図しようとしているのか、そんなことにも思いを馳せてみると、さらにおもしろく読めるかもしれない(私としては訳していくなかで、ある法則を見いだしたつもりなのだが、それが正しいかどうかはわからない)。