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400年前の世界案内『大航海時代の地球見聞録 通解「職方外紀」』

田中 大輔2017年3月29日
大航海時代の地球見聞録 通解「職方外紀」

作者:ジュリオ・アレーニ 翻訳:齊藤 正高
出版社:原書房
発売日:2017-03-17
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Googleで検索をかければ、すぐに答えがわかってしまう現在、この本に書かれていることの一部が眉唾物であるということは一目瞭然だ。しかし400年前はどうだっただろう? インターネットなんてものはもちろんなく、伝聞に加え書物や文献でしか情報を得ることができなかった当時の人々は、いったいこの本に書かれていることをどのように受け止めたのだろうか? 世にも不思議なものが世界には存在するのだと、内容を信じて感嘆したのだろうか? それともただのペテンだと一笑に付したのだろうか?

『職方外紀』は外の世界のことを知るすべがほとんどなかった17世紀に中国の杭州で書かれた。中国の知識人に向けて、ヨーロッパで蓄積されてきた知識や伝説を元に、世界中のことを案内した本である。著者はジュリオ・アレーニというヴェネチア生まれの宣教師だ。彼は中国で宣教をする傍ら、西欧の知識を伝える多くの書物を中国に残している。

その中のひとつ『職方外紀』は現在でいうところの地図帳のようなものだ。亜細亜(アジア)、欧羅巴(ヨーロッパ)、利未亜(リビア=アフリカのこと)、南北亜米利加(南北アメリカ)そして海洋の5つの地図と、各大陸に存在する国の生活習慣や文化、有名な都市とその見どころ、そして各地の自然や動植物について書かれた一冊である。

この本は江戸時代に日本にも輸入されたようだが、鎖国の時代にあり長く禁書扱いとされていたらしい。しかし写本が数多く出回っており、吉田松陰もこの本を読んだという記録があるという。いったい吉田松陰はこの本をどんな思いで読んだのだろう?

著者がヴェネチア出身の人なので、ヨーロッパ諸国に関する記述はとても詳しく書かれている。とくにイタリアは出身国というだけあって、ピサの斜塔などの観光地(?)なども紹介している。しかしヨーロッパ以外の地域においては、伝聞をそのまま記しているので、けっこうむちゃくちゃな記述が多い印象だ。特にキリスト教が広まっていないアフリカや南アメリカといった、未開の地についての記述は、人を食うなど、とても辛辣に書かれている。この本を読むと400年前の世界をヨーロッパの宣教師たちがどのようにみていたのか。また世界の各都市がどのような様子だったのかを知ることができる。

そんななか、読んでいて特におもしろいと思ったのは、各地に生息する動植物についての記述である。伝説上の生き物や、寓話にでてくる動物が、実際にいる動物の生態とともに並列して書かれているので、当時の人たちはそういった動物たちのことを無条件信じていたのではないか?と思って、なんだかニタニタしてしまった。さらに実際にいる動物についても、思わず笑ってしまうような変な生態が書かれたりしていておもしろい。

ここからはいくつかのテーマに分けてその話を引用していこうと思う。まずは伝説上の生き物から紹介しよう。

ユニコーン(独角)という獣もいる。天下でもっとも少なく、もっとも珍しいが、リビア(利未亜)にもこれがいる。額に一角の角があり、極めて強い解毒作用がある(中略)ヴェネチア(勿搦祭亜)の国庫にユニコーンの角が二本あるそうで、国宝とされる。

伝え聞くところによるとフェニックス(弗尼思)という鳥がいる。その寿命は四~五〇〇歳、死期をさとると、乾いた香木を積み、その上に立ち、暑い日をまち、尾をふって火を燃やすとみずから焚けてしまう。骨肉の遺灰が虫に変わり、虫がさらに鳥に変わる。ゆえに天下に一羽だけである。西洋では人物が奇異で二つとないことを「フェニックス」という。

ユニコーンはインド、フェニックスはトルコの章に出てくる記述だ。フェニックスは現在でも英語やフランス語で「第一人者」という意味があるそうだ。フェニックスに限らず、この本には様々な言葉の語源となる話もたくさん出てくるので、とても勉強になる。また海の章ではこんな話が出てくる。

また、きわめて特異なものは「海人」で、二種類いる。その一種は全身がみな人である。髭や眉もついている。手の指だけがほとんど連なり、カモの足のようだ。西海でかつてこれを捕らえて国王に献上したが、ものを言って答えず、飲食を与えても摂らなかった。王は飼い慣らせないかと思い、海に放すと、眼を転じて人をみて、手を叩いて笑い去っていった。

こちらはなにかの寓話や伝説にでてくる話なのだろうか?注釈にも出典がでていないのでわからない。海人だけでなく人魚のこともこの本には書かれている。ユニコーンやフェニックスをはじめ、そういうものがいても不思議ではないと、当時の人はこの本を読んで思ったんじゃないだろうか? 次はちょっと笑える変わった動物のはなしを引用する。

ふしぎなイヌもいて、衣服・クツ・ハンカチを好んで盗む。少しでも目立つ服装をすると、盗んで隠してしまう。

一種の不思議なヒツジがいて、ラバ(騾馬)の用にあてられ、性質はたいへん屈強である。伏したときは死ぬほどムチ(鞭策)をくわえても起きないが、ほめ言葉でなぐさめれば、起きて歩き、使うままになる。

イヌに関してはあまりに突飛すぎてつい吹だしてしまった。トルコのところで出てくる話なのだが、その地方に伝わる寓話でもあるのだろうか? 不思議なヒツジというのはペルーのところにでてくるので、アルパカやリャマのことを指すのだろう。そのほかにも、ひと月に100歩も歩けないけど獰猛なナマケモノ(これは記述がとても正確!)や、満腹であれば犬でも倒せてしまうトラなど、なんだかよくわからない動物の話がたくさん出てくる。

今回ここで取り上げたのは動物の話の一部だけだが、他にも世にも不思議な植物の話や、奇跡が起こる土地など世界中のロマンにあふれる話がたくさん書かれている。また世界の国々の生活習慣や文化、そこに暮らす人々について、正確な情報と、とんでもない情報が入り混じって紹介されている。いったい当時の人がこの本をどんな気持ちで読んだのか? そんなことを想像しながら読んでみるといい。400年前の人も読んだ本だと思うと、なんだかとてもロマンのあふれる一冊だ。