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シリア内戦の実情──『シリアからの叫び』

冬木 糸一2017年4月5日
シリアからの叫び (亜紀書房翻訳ノンフィクション・シリーズII-15)

作者:ジャニーン・ディ・ジョヴァンニ 翻訳:古屋美登里
出版社:亜紀書房
発売日:2017-03-04
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シリアの国情は長い期間にわたって荒れ狂っている。

ことの発端は2011年。2010年に起こったアラブの春を端緒として過激化した反政府運動と、それに対抗するアサド大統領に率いられた政府軍によって内戦が勃発。ジリジリと進まない市街戦、非人道的で歯止めのかからない拷問、市民へのレイプ被害など無数の事態により状況は泥沼化していく。国連難民高等弁務官事務所によるとシリアからの難民は500万人を超えたという。外務省のデータによると2012年のシリア人口は2240万人だから、尋常な数ではない。

いったい、シリアで何が起こっているのか。そもそもなぜこのような戦争が起きてしまったのか。そこで暮らす人々は何を考えているのか。本書はそうした疑問に答えるべく、政府軍、反体制側といった立場を問わず、シリアの人々に対して寄り添うようにして行われた取材をまとめた渾身のルポタージュである。ジャーナリストだけ数えても94人もの犠牲者が出ているシリアなので、ただでさえ命がけの取材内容を、見事な筆致で描き出していく。

レイプ、拷問

事実上の戦争が起こっているわけだから、シリアで起こっていることは何もかもが問題といえるのだが、とりわけ深刻にみえるのがレイプ/拷問による市民への被害である。シリア国連調査委員会のレポートによれば、シリア難民たちは脱出理由のひとつに誘拐やレイプ、拷問の危険性が高まったことをあげているが、著者が調査を行った2012年頃から日常的に行われていたようだ。

本書にもレイプ被害にあった犠牲者の生々しい声が集められている。レイプは被害者からしてみればただでさえ最悪の事態だが、結婚するまでヴァージンであることが求められるイスラム教の女性にとってはより深刻な結果をもたらす。レイプ被害を受けることで結婚ができなくなり、社会から孤立せざるをえなくなるなど、精神的な被害がより重体化するケースがあるからだ。

政府軍による(反体制側も拷問を行っているという証言もある)拷問の内容も衝撃的。一人の男性の証言によると、家に押しかけてきたアサドの軍隊員によって銃撃され、拷問を行う病院へと連行される。死体置き場へと放り投げられ、毎晩拷問が終わるとそこへ戻されることになる。

拷問では好き放題に殴られ、逆さにつるされ、外科用のメスで腹を開き腸を切られ、乳首の下から背中の中央まで届く穴を開け吸引チューブで肺に穴を開けるなど、とても現実とは思えない過酷な拷問が行われていたケースが無数に浮かび上がってくる(ちなみにこの証言者は、医師が偽の死亡診断書を書いてくれたことにより脱出し、ぎりぎり生きながらえることができた。)。

一センチ一センチ進んでいく

取材は市街戦が起こっている街の政府軍や、市井の人々に対しても行われている。特に市街戦においては、政府軍も反政府軍も、もちろん市民も疲弊しつくしている様が描き出されていく。

市街戦では戦況が膠着しがちであり、スナイパーが一日中銃弾を応酬しあい、建物を一軒一軒、道路を一本一本じりじりと制圧する/される苦しい戦いが続く。極度に長い時間死が隣にある日々。『「ひとつの建物を占拠するには何時間も、何日もかかるんだ」リファフは低い声で呟いた。「こんなふうに戦いは進むんだ。こっちが一センチ進むと、あっちは一センチ下がる。あっちが一センチ進むと、こっちは一センチ下がる」』とは政府軍側の兵士の弁だ。

こうした市街戦が起こっているすぐ近くで、戦時シフト(デスクやコンピュータが人数にたいして足りないので、半日だけ行われる勤務や授業)で働いて、スナイパーがひそむ街で子供を育て、買い物に出かけ、学校を開き、なんとかして日常を成立させようとする人たちもいる。

「でもわたしのような中立の者もいるから、なんとか仲良くやっていけるのよ。みんなうんざりしてるから近所づきあいはいいの。あなたはホムスが戦場だと聞いているでしょう。でも、爆弾と暮らすことを学んでいる人たちがいるってこと、知らないでしょ」

Twitterなどで発信できる時代だが、こうした”戦場”とみなされている場所で営まれているそのリアルな実情は、著者のようなジャーナリストがいなければなかなか表に出てこないものだろう。

おわりに

本書でシリアの人々の実態を知ったからといって、我々に出来ることは多くはない。

とはいえ、どれほど容易く破壊的な争いに陥ってしまい、元の生活に戻るのがいかに困難なのか。非人道的な拷問やレイプが当然のものになってしまう過程、そこでいったいどれだけの不幸が起こるのかという、”内戦”──その実態を、本書は心底まで実感させてくれる。声なき人に声を与える、ジャーナリズムの仕事のひとつの見事な達成の成果がここにある。

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