最近のHONZの流行りから言うと、鳥類学者だからといって鳥が好きとは限らないそうだが、クマムシの研究者はどうなのだろうか? HONZメンバー堀川 大樹が上梓した『クマムシ博士の クマムシへんてこ最強伝説』は、ある意味「恋愛本」として扱っても差支えないくらいだという。こちらも負けず劣らずバッタを愛するバッタ博士・前野 ウルド 浩太郎氏に、本書の魅力を寄稿いただきました。(HONZ編集部)
研究者は、自分の研究対象を愛している者が多い。それが、動物であろうと、植物であろうと、無機物であろうとも。
本書を読めば、クマムシ博士こと堀川大樹博士がクマムシを愛しているのがしみじみとわかり、溺愛っぷりを随所に見ることができる。ある意味、この本は「恋愛本」として扱っても差支えはないだろう。
本書は、「クマムシ」にまつわる科学本である。研究関係の文は「おかたい」ことが多く、繰り返し読み直し、反芻することでようやく読み解けるものが少なくない。ところがどっこい、本書はそのようなアカデミック特有の「おかたい」部分を堀川博士が噛み砕いてくれたおかげで、お茶漬けのように一読しただけでサラサラと飲みこむことができる。なぜこのような芸当ができるのか? それは、取り上げられた内容のほとんどが、堀川博士自身が体験してきた観察や経験談がベースになっているため、自由自在に料理できているのが大きいし、多種多様な表現力を駆使しているからだ。
さらに、かわいらしいイラストの機能についても見逃せない。数百字にわたる本文がたった一つのイラストに凝縮されており、読者の理解を助けている。楽しんで読書できるように、「優しさ」と「かわいさ」を巧みに使いこなす、憎たらしいまでの配慮が施されている。
研究者は、自分の研究対象こそ最強だと信じている節がある。本書タイトルは「最強」を名乗っており、研究を生業とするわたくしは思わずカッとなって「オレのバッタとクマムシ、どっちが強いか勝負しようぜ!」と思わずデュエルを申し込みそうになった。しかし、「へんてこ」という殺意を削がれる単語が挿入されているおかげで、そこまで目くじら立てなくてもいいかと、いつもの穏やかな自分に戻ってしまった。たった一つの単語で、ライバルたちをも手玉にとる。この男、策士である。
「へんてこ」という表現ではあるが、実際にクマムシは干からびても水を浴びれば復活し、有毒な環境にも耐えることができ、生物の中でも一際びっくりするくらいの超人的な能力を秘めている。不可思議な生物を研究するのはさぞかしやりごたえがあるだろう。苦労も多いだろうが、その分だけ話題が豊富になる。
なにげないエピソードを紹介しているのが、本書の特徴の一つにあげられる。それらは論文には決して書かれることのない地味な裏話で、お蔵入りすることがほとんどである。例えば、「クマムシはガラスやプラスチックの上だとすべって歩けないので寒天を敷き詰めた上で飼育する」という手法が使われるそうだ。クマムシ研究者にしてみれば当たり前すぎて、わざわざ人様に紹介する内容ではないと考えてしまいがちだが、堀川博士はあえて紹介している。これは堀川博士が研究を始めたころの「知ることの喜び」を忘れず、純粋な感性を失わずに研究をすすめてきたからこそ、クマムシ初心者の読者を思って取り上げることができたのだろう。血を吐くほどクマムシを観察し続けながらも、ピュアな心を護り抜く男。それがクマムシ博士なのだ。
ぶっちゃけ、この本の一部の内容はナショナルジオグラッフィックのウェブ上で、すでに連載されていた。買わなくてもいいやんけ!と思ってしまった貴方に通告する。なんと、本書は加筆されている。そぅ、全てを知るためには、本書を手に取らなければならない。
しかも、堀川博士の読書意欲を高めるための陰謀は続く。なんと、特製のクマムシシール(11種類)が仕込まれているのだ。一枚貼ったら、あら不思議。あっという間にオリジナルのクマムシグッズの完成だ。本を一読し、シールの意味を知ってから何かに張ったときの満足感たるや、まるで、えーと、なんだか満足しちゃうと思います。このシールが欲しかったら、この本を買わなくてはならない。この本が欲しかったら、この本を買えばいい。知的探究心のみならず、物欲をも満たしてくれる罪な本。それが「クマムシ博士の本」なのだ
わたくしは、堀川博士が道端でコケを採集しているのを目の当たりにしたことがある。少し離れたところから。だって、不審者の中間だと思われたくないんだもの。世間からの冷たい視線にさらされて精神を病みかけ、過酷な実験に疲労はいつも困憊な堀川博士。ボロボロになりながらも産み出されたピカピカの本書が、幅広い方々の手に収まり、彼の苦労が報われることを願ってやまない。
時代は移り変わるが、「知ることの喜び」は、いつの時代も歓迎される。本書で大々的に取り上げらえたクマムシの類まれなる強さは伝説として、後世に語り継がれていくことになるだろう。
この本の読者は、クマムシの強さを知った生き証人として、明日を生き抜く者となる。
前野 ウルド 浩太郎 昆虫学者(通称:バッタ博士)。1980年生まれ、秋田県出身。国立研究開発法人 国際農林水産業研究センター研究員。神戸大学大学院自然科学研究科博士課程修了。博士(農学)。京都大学白眉センター特定助教を経て、現職。アフリカで大発生し、農作物を食い荒らすサバクトビバッタの防除技術の開発に従事。モーリタニアでの研究活動が認められ、現地のミドルネーム「ウルド(○○の子孫の意)」を授かる。著書に、第4回いける本大賞を受賞した『孤独なバッタが群れるとき――サバクトビバッタの相変異と大発生』(東海大学出版部)、『バッタを倒しにアフリカへ』(光文社新書)がある。