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『日本の工芸を元気にする!』同族企業だからこそ、出来ること

堀内 勉2017年5月7日
日本の工芸を元気にする!

作者:中川 政七
出版社:東洋経済新報社
発売日:2017-02-24
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「日本の観光をヤバくする」 というのが星野リゾートのミッションだと知っているビジネスマンは少なくないだろう。観光カリスマである星野佳路社長率いる星野リゾートは、リゾート施設運営におけるイノベーションと独自性のある戦略が評価され、2014年度のポーター賞を受賞している。

本書で取り上げられる中川政七商店は、工芸分野における星野リゾートとも呼ぶべきユニークな会社である。本書の著者である13代目中川政七社長率いる同社は、工芸品をベースとした生活雑貨の企画・製造卸・小売業を営むと同時に、工芸による地方創生実現のため、「日本の工芸を元気にする!」をミッションとして、今や絶滅の危機に瀕している日本の伝統工芸を盛り立てるべく様々な取り組みを行なっている「老舗ベンチャー」であり、星野リゾートの翌年にポーター賞を受賞している。

そして、やはりと言うべきか、著者の最初の著書『奈良の小さな会社が表参道ヒルズに店を出すまでの道のり。』では、星野社長が「ニッポンの老舗、創業300年の歴史から、企業の持続性の条件を学ぶことができる。」という帯推薦文を寄せている。

中川政七商店がポーター賞を取ることができたのは、工芸業界で初めて商品開発・製造・流通・小売までを全て自社で運営するSPA(speciality store retailer of private label apparel:製造小売)モデルを構築し、「遊 中川」「中川政七商店」「日本市」「粋更kisara」などの自社ブランドを確立し、全国に約50の直営店を展開していること、工芸分野の経営コンサルティング事業を開始し、現代的マネジメントとブランディングで、日本各地の伝統産業の経営再建に尽力していることなど様々な要因があり、どれを取ってみても非常にユニークな試みである。

こうした中川政七商店の事業を整理してみると、次のようになる。

1.生活雑貨の企画・製造・卸・小売:「遊 中川」「中川政七商店」「日本市」「粋更kisara」ブランドでの店舗展開と、靴下ブランド「2&9」、ハンカチブランド「motta」などを展開。

2.業界特化型経営コンサルティング:モノを売る視点ではなく、ブランドを作る視点で経営全般をサポートし、10年間で「産地の一番星」を20社作る。

3.流通サポート:工芸メーカーに不足しがちな流通をサポートする合同展示会「大日本市」を実行。

4.企業のオリジナル商品・ノベルティの製作:高い技術と豊富な商品知識を元に、要望に沿ったオリジナル商品を製作。

5.茶道具の企画・製造・卸

更に、創業300年を迎えた2016年には、全国5カ所で「大日本市博覧会」を開催し、これまでコンサルティングなどで協力関係を築いてきた日本各地のモノ作りの会社と協同し、東京、岩手、長崎、新潟、奈良を回り、各地の工芸を紹介していく「全国ツアー」を行なっている。

そして、これらの積み重ねの先に、土産物店と地元の小規模工芸メーカーをつなぎ、新たなビジネスモデルを創り出す「日本市プロジェクト」がある。食の分野では「地産地消」が当たり前になりつつあるのに工芸ではそれがない点に着目し、中川政七商店が土産物店と地元の小規模工芸メーカーとの間に入ることによって需要と供給の循環を生み出し、「地産地消の土産物屋」を作ることを目指している。

具体的には、中川政七商店が企画やデザインを担当した地域色ある土産物を地元の小規模な工芸メーカーと開発し、メーカーは質の良い土産物を製作する。その土産物を自ら買い上げ、パートナーの土産物屋には消費者のニーズや嗜好に合った地元の工芸品をタイムリーに卸し、店舗運営のアドバイスも行うという仕組みである。2013年に「日本市 奈良三条店」がオープンし、「日本市プロジェクト」が本格的に動き出した。

これらの戦略の中でも特に感心したのが「さんち構想」である。「さんち」とは外から訪れる人にも開かれた新しい産地の形で、工芸品が製造される「産地」と、作り手と使い手、両者をつなぐ伝え手の知恵と思いを表す「三知」、買う、食べる、泊まるという土地の楽しみ方を表す「三地」、そして親しい人の家にお邪魔するような「〇〇さんち」の四つの意味が込められている。
さんち構想は、工芸の産業革命と産業観光の大きく二つの柱からなる。

前者については、これまで何百年も続けてきた家内制手工業から脱して、他の作り手や卸商社との統合・提携をし、資本集約により製造背景を統合させることを意味している。

後者については、工芸ファンを増やして生活の中に取り入れてもらうには、製造現場を見てもらうのが一番なのだが、工芸だけでなく地元の食と宿も充実させた上で、工芸を身近に感じられる製造現場があれば、これがコアとなるという発想である。地域に一つコアができれば、あとは少々離れた場所にある製造現場もサテライトとして足を伸ばしてもらえるようになる。

文化施設や景勝地といった点から点への移動から、土地そのものを線或いは面で楽しむように旅のあり方も進化し、地域も活気付くという、今のモノ消費からコト消費への変化に呼応する戦略である。

他方、著者がまだできていないこととして正直に認めているのは、工芸品の頂上に位置するブランドの構築である。そもそも工芸に限らず、アパレルや宝飾品の分野でも、エルメス、ルイ・ヴィトン、パテックフィリップなどに匹敵する日本発のラグジュアリーブランドは見当たらないが、その一番の理由は、経営と資本とクリエイティブが分離されていないことにあるのではないかと言う。

例えば、ルイ・ヴィトンやディオールは、早い段階で経営が創業家の手を離れることで安定するとともに、クリエイティブディレクターやデザイナーに常に新しい才能を取り入れて輝きを維持している。

その一方で、創業者のアルチザン(職人)やアーティストとしての哲学や価値観はブランドの核として受け継がれていて、その時々のクリエイティブディレクターやデザイナーが時代にあった形でそれを表現している。

つまり、ラグジュアリーブランドをラグジュアリーブランドたらしめているのは価格や希少性ではなく、ブランドそのものが生まれ持った哲学や価値観であり、日本では残念ながらこれができていないと言うのである。

そして何より、日本の伝統工芸界には「職人の老い」という、時間との厳しい勝負が待っており、著者もこれまでの自分達の成果に決して満足している訳ではなく、むしろ相当な焦りを感じている。

法律で指定された伝統的工芸品だけを見ても、2003年度に生産額で2千億円あった市場は、2014年度には1千億円にまで落ち込んでいる。1983年度には5.4千億円だったので、この20年で5分の1以下にまで縮小していることになり、市場規模の落ち込みは目を覆うばかりである。

とは言うものの、社長に就任してまだ10年足らずで創業300年の老舗を立て直してここまで持ってきた著者の力量には大いに期待したいし、著者の活躍振りを読んで、星野リゾートの星野社長の以下のインタビューを思い出した。やはり、日本経済復活の鍵は、同族企業が握っているのではないだろうか。

「私の出発点は同族企業ですが、実は同族企業は日本の中で、圧倒的に数が多いんです。ただ、その一方で、大企業ほどの生産性はない。つまり、日本のファミリービジネスが成長すれば、日本経済はガラリと変わるんです。そのために、いかに同族企業の経営を洗練させるのか。それが、これからの日本経済にとっても重要なことだと考えています。その意味で、私はファミリービジネスをベンチャーとして捉えています。だから、若い人たちに、実家に帰って親の仕事を継ぐことをつまらないことだと思ってほしくないし、親の七光りだとも思ってほしくない。実際、親の七光りで社長になったとしてもいいじゃないですか。その代わり、その企業を成長させるやりがいと責任がある、そういうことを感じてほしいんです。同族企業というのは、一度エンジンがかかればあっという間に3倍くらい価値を伸ばすことができるはずです。そういうことが日本全体で起きれば日本経済は格段によくなりますよ。」(『正しい議論ができない管理職は去ってもらって構わない』東洋経済オンライン)