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『アウトサイドで生きている』自分の衝動や快楽にきわめて忠実な18名の表現者たち

首藤 淳哉2017年5月25日
アウトサイドで生きている

作者:櫛野展正
出版社:タバブックス
発売日:2017-04-25
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「いまも忘れられない美術展は?」ともし問われたら、答えは決まっている。1993年に世田谷美術館で開催された『パラレル・ヴィジョン』展だ。

ロサンゼルスを皮切りに、マドリード、バーゼル、東京を巡回したこの美術展は、「アウトサイダー・アート」と20世紀美術を並べて展示するという世界初の試みで話題となった。美術作品を観てあれほど衝撃を受けたことはない。どの作品も過剰なエネルギーに満ちていて、いちど見たら忘れられないインパクトをもっていた。

「アウトサイダー・アート」(仏語ではアール・ブリュット)は、既存の美術界の制度の外側で生み出された作品群を指す。当初は精神障害や知的障害を持つ人々の作品などをそう呼んでいたが、いまでは正規の美術教育を受けたことがない人々の作品を総称するようになった。子どもが描く絵や、素人が止むに止まれぬ情熱から自己流でつくりあげた作品などもアウトサイダー・アートとしてくくられる。

郵便配達夫シュヴァルが33年の歳月をかけて自宅の庭に石を積み上げてつくった「シュヴァルの理想宮」や、生涯のほとんどをアパートに引きこもって過ごし、死後1万ページを超える長大なファンタジー小説やドローイングが発見されたヘンリー・ダーガーなどは、アウトサイダー・アート界のスターといっていいだろう。

だが本書が紹介する18名の表現者たちも負けてはいない。路上生活者から年金生活者まで、バックボーンは様々なれど、彼らが生み出す作品はどれも観るものに強烈な印象をもたらす。

たとえば本書の表紙をご覧いただきたい。ギャルっぽい女の子がショッキングピンクの色彩で描かれている。瞳が異様に大きく、眺めていると、むしろこちらのほうが覗かれているような気になって落ち着かない気分になる。

この作品を描いたのは、辻修平さん。1977年生まれの辻さんは、これまでいちども正業に就いたことがなく、ただひたすら絵を描き続けている。亡くなった祖母の家は作品で埋め尽くされ、いまでは「あさくら画廊」として近所の人々にも愛されるアートハウスになっているという。(詳しくは本書「ドローイングデイズ」を参照)

本書が取り上げる表現者たちには共通した特徴がある。とにかく「勤勉」なのだ。一部を除いてほとんどの人がいわゆる正業には就いていないのだが、その勤勉さたるや、一般の勤め人顔負けである。辻さんも、午前2時に起床し、弁当を持って自転車で画廊に通っている。そして午前3時半から午後19時半まで、日がな一日、創作に没頭しているという。

広島県福山市の河川敷で暮らす路上生活者の藤本正人さんも同様だ。河川敷の雑草が伸び放題なのが気になった彼は、ある日100円ショップで購入したキッチンバサミを手に草を刈りはじめた。ディズニーキャラクターなどのかたちに草を刈りこんだら評判になり、それがうれしくて、ますます草を刈るようになる。少し伸びたら刈って、次第に形を整えていく根気のいる作業は、勤勉でないと成り立たない。しかも作品の完成は、人出の多いゴールデンウィークにちゃんとあわせるという徹底ぶりだ。(「草むらの親善大使」)

群馬県邑楽郡の稲村米治さんは(1月に惜しくも97歳で亡くなられた)、みずから捕まえた昆虫で、武者人形などの立体像をつくり続けた。2万匹以上もの虫でつくられた高さ180cmを超える「千手観音像」は圧巻だ。びっしりと甲虫で覆われた千手観音は玉虫色に輝いている。玉虫の羽がつかわれたという法隆寺の国宝「玉虫厨子」も往時はこんな輝きを放っていたのだろうか。これだけの細かい作業を成し遂げるのは並大抵の勤勉さではない。(「昆虫メモリアル」)

この勤勉さは、まったくもって個人的な動機から生まれてくるものだ。どの表現者にも共通しているのは、自分だけの衝動や快楽にきわめて忠実であるということ。創作の道に入ったきっかけはさまざまだが、自分の内側の声に突き動かされて何かをつくりはじめたことは共通している。

愛知県犬山市のカラオケ喫茶「パブレスト百万ドル」のオーナー大沢武史さんは、行方のわからないかつての愛人とその子どもに再会したい一心で、店をド派手に飾り立てている。ドリンクを頼むと、おにぎりやサンドイッチや果物がどんどん出てくるという。店が有名になればインターネットで子どもが見つけてくれるかもしれない。この店を続ける動機は、もはや利益を出すことにはない。成人した息子と愛する女性にもういちど会いたいという切なる願いだけなのだ。(「進化を続ける愛の砦」)

18名の人生を追ううちに、自分がいかに狭い枠の中で生きているかということに気づかされた。その狭い枠は誰に強制されたものでもない。にもかかわらず、その枠に自ら進んではまり、「毎日が息苦しい」などと嘆いているのである。なんと滑稽なことか。本書に出てくる人々は世間からは「変わり者」とみられるような人たちだが、考えてみれば、不自由な生き方を選び取った自分のほうがよっぽど変かもしれない。

もうひとつ。本書を読んで感じたのは、「まずつくってみること」の重要性だ。本書に出てくるのは、特に計画性もなく、心の趣くままにつくってみたら、こんなものが出来てしまった、といった面白い作品ばかりだ。案外、人類の進化の秘密というのはこういうところに隠されているのではないかと思った。好奇心で手を動かすうちに、思いもよらないものが生まれてしまう。文明はそうやって発展してきたのかもしれない。

1976年生まれの著者は、大学を卒業してから16年間、知的障害者の福祉施設にケアワーカーとして勤務した後、鞆の津ミュージアムのキュレーターを経て、日本初の「アウトサイダー・キュレーター」として独立。現在はアウトサイダー・アート専門のギャラリー「クシノテラス」を運営している。

アウトサイダー・アートは、市場の論理とは遠く離れた場所で作品がつくられるだけに、あざとい計算などとは無縁だ。制作者の熱情や衝動、キラキラした内面や時にはダークな部分でさえも、あからさまに作品に現れる。

著者が案内してくれる18名のアウトサイダーたちの人生は、きっとあなたの生き方にも影響を与えるに違いない。