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虎屋が駆け抜けた日本史 『和菓子を愛した人たち』

足立 真穂2017年6月13日
和菓子を愛した人たち

作者:
出版社:山川出版社
発売日:2017-06-05
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「虎屋」。ほとんどの人が聞いたことがある……どころか、食べたこともらったこと贈ったこと、なにかしらお世話になっているに違いない。室町時代後期の創業以来、500年以上にわたって日本の和菓子業界をリードしてきた老舗だ。その虎屋には、和菓子を研究する部門「虎屋文庫」がある。

創業以来、約500年の歴史を持つ虎屋は、現在の黒川光博社長で17代目、売り上げは約186億円(2016年)。私自身でいえば、羊羹の代名詞『夜の梅』は知っていても、和菓子の歴史などはつゆ知らず、興味を持つきっかけになったのが「虎屋文庫」の展示に行ったことだった。

歴史の長い虎屋には、菓子の見本帳や古文書、菓子木型や古器物などが数多く伝来する。この虎屋文庫は社内の一部署として1973年に設立、資料の保存や整理、和菓子関連の展示開催や機関誌『和菓子』(研究論文などを収録)の発行などを行ってきたのだ(問い合わせなどは可能だが、史料は非公開)。

現在建替え中だが、本店の上階にあった「虎屋ギャラリー」で、展示はテーマごとに78回も開催されてきた。過去の展示をさかのぼると、楽しそうな展示ばかり。

たとえば、第58回「愛らしい雛のお道具とお菓子展」にはなんと4万人もが足を運んだとか。78回目の「休館前の特別企画 虎屋文庫のお菓子な展示77」という、いわば総集編の展示には私も出かけたが、大勢の人出には、虎屋や和菓子に対する人気を目の当たりにした。

ちなみに赤坂本店建替え(2018年オープン)のため、現在は休館中だそうだ。

78回の内には「歴史上の人物と和菓子」(第34回)といった、和菓子に沿って歴史的な人物を紹介する、ズバリそのものといった内容もあった。この回は好評で、何回か開催され、後には「虎屋」HPで連載となり、その多くを見開き2頁の仕様で人物100人分、カラー写真とともに紹介してまとめたのが、本書なのだ。

古いところでは紫式部や清少納言、吉田兼好に源頼朝、信長秀吉家康は指定席として、道元に荒木村重に明智光秀! 千利休に尾形光琳、小堀遠州に松尾芭蕉……漱石に鴎外、芥川といった文豪はもちろんだが、お菓子の観点がユニークな、ペリーやゴンチャロフ、ハリスといった外国人まで登場するのは面白い。日本史をお菓子と有名人で貫く試みと言えるかもしれない。

そして、菓子は人を選ばない。

要するに、さまざまな人がそれぞれのかたちで菓子を楽しんでいた、その豊かな菓子文化が読み取れるのだ。

たとえば、三菱財閥の総帥、岩崎小弥太(1879~1945)だ。ゴルフ好きな人への手土産として喜ばれる「ゴルフ最中」の誕生にかかわっている。

今のゴルフ最中「ホールインワン」

なんとこの商品は大正15(1926)年の発売だ。

岩崎が、三菱各社の幹部を集めて箱根の別邸でゴルフ会を開くにあたり、夫人がお客への贈り物として虎屋に注文をしたのが誕生のきっかけだったとか。まだゴルフが一般的ではなかった時代のことだ。客がプレーから戻って席に着こうとすると、ゴルフボールの箱が置いてある。高価なゴルフボールの贈り物に大喜びしながら蓋を空けると、中には菓子が入っていて大笑い、宴会は大盛り上がり。そんな趣向だったそうな。

とはいうものの、注文を受けた虎屋の方でも、ゴルフそのものを店主でさえ知らなかったそうだ。最初は、見本に預かったゴルフボールを不思議そうに撫でてみるだけだったのを、なんとか工夫を重ねて木型までこしらえたという。

最初は押物や生菓子だったが、ゴルフ最中として商品化、「ホールインワン」という銘でいまだに販売中で、91年目というからわからない。名前の通りで、偶然の産物ともいえるが、長い間ものづくりを続けてきたからこそ生まれたように思えるが、どうだろう。

ゴルフボール形の押物と木型

もうひとつ例を紹介しておこう。

今度は、「犬公方」などと呼ばれ、悪評高い第五代将軍徳川綱吉(1646~1709)の登場だ。

江戸城本丸に届けられた菓子。史料をもとに再現。

悪評などと書いたが、最近は学術的にも、綱吉の統治を見直す傾向があるそうだ。生類憐みの令は、本来捨て子を救済する大きな目的があったとも聞くし、商品経済は発展し、元禄文化が華やかに栄える素地もつくった。

関係ないのだが、東京、中野の駅前にある中野区役所の前には「中野犬屋敷跡碑」なるものがある。綱吉の時代、最盛期には30万坪分の囲われた土地に8万匹の犬がいたとか。あの一帯が広々としているのはそのせいなのか。意外に知られていない東京豆知識である。

話が逸れたが、経済の活性化に伴って食文化も豊かなものになったようで、お菓子には贅沢な白砂糖がふんだんに使われ始め、お菓子の贈答自体も頻繁になっていく。

そんな時代に江戸城に届けられたのが、上の写真のものだ。

1697(元禄10)年に虎屋が江戸城本丸に届けたと記録がある、美しい2段の桐箱に入ったものである。上段には藤袴と遅桜(どちらも有平糖であろう。南蛮菓子のひとつ)、南蛮飴に金平糖など、そして下段には麻地飴(求肥生地に炒った白胡麻を付けたもの)や南京飴(青きな粉をまぶした求肥と思われる)という、日持ちを計算されたもの。麻地飴の胡麻が香ばしそうだ。 

例を2つだけあげたが、この本では、綺麗なお菓子の写真や薀蓄の面白さがまず堪能できる。加えて、なによりもすばらしいのは「虎屋が注文を受けてつくった菓子」なり「上得意だった」なりの記述が時折出てきて、その時代や人物と虎屋が実際につながっているとわかることだ。他人事ではなく、歴史が我がこととして語られるのだ。時間軸がぐっと変わって歴史が身近になる。 

最後に、本好き、活字好きにはたまらないお菓子の写真を1枚。

「モースと文字焼」の項から「文字焼」

(写真提供:虎屋文庫)