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『森の探偵 無人カメラがとらえた日本の自然』人間社会に急接近する動物たち

西野 智紀2017年10月7日
森の探偵―無人カメラがとらえた日本の自然

作者:宮崎学
出版社:亜紀書房
発売日:2017-07-05
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長野県南部、中央アルプスと南アルプスに挟まれた伊那谷。この地を拠点に、半世紀にわたって活動してきた写真家がいる。本書の著者、宮崎学である。1947年、長野県の中川村に生まれた彼は、精密機械会社に勤めた後、72年に写真家として独立し、「自然界の報道写真家」として現在も日本中の自然を観察している。

宮崎さんの写真の特徴は、何といっても「無人カメラ」を用いている点だ。長年の経験から、野生動物たちのセンサーをかいくぐって、その生態をとらえるためには、野ざらしの無人カメラしかないと考えた彼は、赤外線を使った自動撮影システムを独自に考案・開発し、山中に設置してきた。本書は、そうして撮影された原風景から、動物たちの素顔を読み解かんとする写真集であり、人間社会と自然界の接点を浮き彫りにした調査報告である。

詳しい内容に入る前に、無人カメラの仕組みについてもう少し説明しておこう。普通の写真家がこちら側から動物のほうに接近していくのと違って、無人カメラは当然のごとく動けないし、撮る方向も固定されている。つまり、何の考えもなしに置いても、狙った構図は撮れない。そのため、足跡、糞尿、食痕、爪痕、匂いといった痕跡から推理して、けもの道を見つけ出すことが肝要となる。

動物のほうからカメラの前に来てもらうという方法もある。80年代、夜行性のフクロウの撮影に挑んだ宮崎さんは、山の斜面に3箇所の観測小屋を設置し、最大で年間200日をそこで過ごした。その際、フクロウが常時やってくるよう仕向けるために、谷底に止まり木用の枯れ木をいくつも立て、シャッター音やストロボの光に驚かれないように木に止まったらラジオや照明を入れるなどして、用意したスタジオに慣れさせる工夫を施したのだ。こうした投資と労苦が実り、89年に上梓した写真集『フクロウ』(平凡社)は第9回土門拳賞を受賞した。

気配を消し、樹木と一体化して、今も24時間365日精力的に稼働する無人カメラ。撮られた膨大な写真群から読み解かれていくのは、人間社会のすぐそばでたくましく生きる動物たちの姿だ。

実はこのカメラ、車道から100メートル以内に設置してあることがほとんどである。メンテナンスが楽だということもあるが、山奥よりも道路沿いの開けたところのほうが動物の撮影確率が高いためだ。中央アルプス麓のとある遊歩道では、釣り客やランニングする人に加えて、クマ、イノシシ、キツネ、タヌキ、ネコといった野生動物が好き勝手に歩き回っており、人間とのニアミスもかなりの頻度で起きていることが判明した。運悪く遭遇してしまった事件が、「まさかこんなところにクマが」といったニュースになっているのである。

また、当然のことだが、野生動物たちには自然と人工の区別はない。電線やブロック塀を高速道路のように利用する動物はもちろんこと、墓地に侵入してお供え物を泥棒するクマ、庭木や街路樹にも平気で巣を作るようになったカラス、テニスコートを餌場や遊び場にするタヌキなども、ばっちり写真に撮られている。中でも、冬場に撒かれる凍結防止剤や、廃屋の床板に染み込んだ人間の汗に含まれる塩分をサプリメントとして摂取するシカやニホンザルの存在は興味深い。

加えて、宮崎さんが根気よく調査し続けているのが、「自然界のスカベンジャー」だ。スカベンジャーとは、掃除屋、すなわち死体を食べて処理する生物たちのこと。ハイエナやハゲワシなどが有名だが、日本ではツキノワグマがその代表格だ。

無人カメラがとらえた、あるシカの死体の変遷はこうだ。まずクマが、やわらかい肛門のあたりからかぶりついて、内臓をいただく。腐敗臭を嗅ぎ付けたハエによって死体はウジだらけになるが、クマはウジの踊り食いまでやってのける。ウジは数時間で繁殖するので、クマはどこかをぶらついてはまたウジを食べに戻るということを繰り返す。腐敗の段階に合わせて、リスやタヌキ、イノシシから、スズメバチ、シデムシといった昆虫などもやってきて、小さな肉片まで残さず食べられ、死体のあった痕跡すら消えていく。

死肉が貪られる様子というのは、どうしてもネガティヴなイメージが付きまとうが、彼らは摂理に基づいて行動しているだけである。そもそも死体が分解されないと、有害な菌の温床となりかねない。死が終わりなのではなく、生と死は連続で、循環していくものであることをまざまざと伝えてくれる。

こうして見てくると、人間が考えている以上に、自然は強靭なシステムで動いていることがわかる。これらの事実から森の探偵が洞察するのは、動物たちの人間社会への順応である。

たとえば福島第一原発事故によって帰宅困難区域に指定された地域は今や動物王国であり、誰もいない家屋をアライグマやイノブタが闊歩している。養魚場や果樹園なんかはサルやクマにとっての無料ビュッフェ。人口減少と高齢化が進行している集落では、動物から畑を守るために張り巡らしたフェンスが、人間を囲む檻のようにも見えて、これではどっちが閉じ込められているのかわからない……。

彼らは凶暴化したわけではない。人間の死角を縫ってしたたかに生息域を広げているだけだ。だから、「自然破壊が進んでいる」とか、「里山を守ろう」といった議論は、言ってしまえば人間側の常識によって支えられているにすぎないのだ。日本の森は、今やだいぶ深山化している。
一見荒廃しているように見えても、角度を変えれば豊かになっているとも言える。本書はこのような複眼的な見方を、理論や感覚、経験だけでなく、写真という動かぬ証拠で提示した。その原点は、自然の驚異への感動だ。本書は宮崎さんの活動に共鳴したキュレーターの小原真史さんとの対話形式が取られているが(文と構成は小原さんが担当)、この関係がホームズとワトソンっぽいのも面白い。幅広く読まれてほしい、唯一無二の啓蒙書である。