韓国の首都ソウルでは、いま空前の本ブームが起きている。「独立書店」と呼ばれる個人開業の書店が週に1軒は生まれ、「独立出版物」と呼ばれる個人出版の本も、1日1冊のペースで出版されている。
一体なぜこんなムーブメントが起きているのか。学歴社会、就職難と非正規雇用、晩婚化と高齢化など、様々な共通した社会問題を抱える日本と韓国だからこそ、学べることがあるのではないか…。
そんな問題意識から、下北沢にある「本屋B&B」の共同経営者・内沼晋太郎氏と、朝日出版社で編集職を務める綾女欣伸氏が、ソウルの書店主や編集者など新世代20人にインタビューを行なったのが本書である。
本書で紹介されている本にまつわる人々は実に多様だ。
詩集の専門書店「wit n cynical(ウィットンシニカル)」を立ち上げた若き詩人ユ・ヒギョン。自分が大好きなミステリーだけに囲まれたいと、20年以上続けていた広告の仕事を辞めて、ミステリー専門書店「MYSTERY UNION」を立ち上げたユ・ソヨン。ユニークな図書館や本屋のプロデュースを数々手がけたのち、本を置かない“ブック・ファーマシー”を立ち上げようとしているジョン・ジヘ・・・。
そんな彼らの取り組みには、日本でも活かせそうな具体的なアイディアが詰まっていると同時に、周囲の目も物理的困難も気にせずに、自分オリジナルの「本の世界」を創り上げる彼らの「本への愛」は、本好きであれば、力を込めて頷いてしまうものばかりのはずだ。
個人的ヒット第1位は、日本の出版業界紙にも数多く寄稿している「本と社会研究所」代表のベク・ウォングンの以下の言葉。
やっぱり、本を除いて人間の文化の実を語ることはできないと思うんですよね。…(中略)…何よりも、人間が人間らしく生きていくうえで本より良いものは世の中にないと思いますし、そのような「人間らしく生きていく権利」が読書権(本を読む権利)であって、その環境を整えるにはやるべきことがまだまだたくさんあると思います。
一方で、本人たちが本にさほど詳しくないからこそ誕生しえた「周囲を巻き込む本屋」もある。
BOOK BY BOOKの経営者であるキム・ジンヤンは、大手IT企業で働いていたときのコンテンツビジネスの経験を活かし、オンラインとオフラインを行き来するような工夫を凝らしている。例えば、紙に本の短評を書いてもらい、それをラミネート加工してオススメの本に挟んでもらう「本のしっぽ」。ネットのコメント文化をリアルな空間に移植できると思って始めたこの取り組みは、自分たちが本に詳しくなかったため、本をたくさん読んでいる人たちの力を借りる仕掛けづくりをしたかったのだという。
パク・ジョンウォンは、「本を読まない社会の、本を読まない人に向けてコンテンツを作りサービスを提供しよう」と「BOOKTIQUE(ブックティーク)」を立ち上げた。出版社の営業をしていたときに、「出版業界の限界があるとしたら、本好きの社会の内側に止まってしまうことでは」と感じていたためだ。本を読むきっかけを与えてくれるのは、本を読む人に出会うことでは、という考えから「ブッククラブ」という読書会を行う。ジムのように読書習慣をつけるためのコースを設けているほか、参加者同士のコミュニケーションを活発にするために、議論の余地があるテーマの本を選んで開催したりしている。今では、かつての参加者がクラブを仕切る”ブックリーダー”になることも増えているという。
多種多様なバックグラウンドの20人の“ストーリー”を紐解く中で、もう一つ浮かび上がってくるのは、本の業界に限らない、社会の変容や、それに伴う人々の生き方の変化だ。
コーヒーが飲めるセレクト書店の嚆矢として2011年に誕生し、今ではソウルを代表する独立書店となっている「THANKS BOOK」。代表のイ・ギソプは、成長が鈍化した今のソウルだからこそ、「稼ごう」というマインドでなく、自分が好きなことをやりながら働こうという意識が芽生えやすくなっている。それが小さな書店が増え、ひいては文化の多様性を増す背景になっている、と語る。
最大手出版社「文学トンネ」から独立し、単身でやりはじめた「ブックノマド」の代表ユン・ドンヒは「世の中にあるもの、とくに出版はマイナスの方向へ向かうべきだ」と言う。
最近までは私も、成長し続けること、プラスを重ねていくことが良いことだと思ってきましたが、振り返れば全然プラスではありませんでした。一番大切なのは本を作っている私自身が幸せになることですよね。でも、会社が幸せになっただけだった(笑)。それで、1人で出版社をやって自分の能力の範囲内で最善を尽くそう、と考え直しました。これが私の「マイナス」です。他人に命じられることをやってきたのがこれまでだとしたら、これからは私に命じられたことをやっていくのです。
国境を越えて共通する本への愛情。そして本を通じた多様な社会観と人生観に触れられる一冊。読み終えた時にはきっと、「本屋を開いてみたい」という思いと、韓国に行きたい気持ちに駆られるに違いない。かくいう私も、近々この本を“ガイドブック”に韓国を訪れるつもりだ。