おすすめ本レビュー

お猫様にもっと奉仕するために、その歴史と生態を知る一冊──『猫はこうして地球を征服した 人の脳からインターネット、生態系まで』

冬木 糸一2018年1月5日
猫はこうして地球を征服した: 人の脳からインターネット、生態系まで

作者:アビゲイル・タッカー 翻訳:西田美緒子
出版社:インターシフト
発売日:2017-12-27
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先日のペットフード協会の発表によると、全国犬猫飼育実態調査で、調査開始以来、はじめてネコの推定飼育数が犬の数を上回ったという。人類の相棒は犬じゃなくてネコだった──というわけではないけれども、少なくともペットの王は今やネコに移り変わりつつあるといえるのではないだろうか。飼いやすいというのもあるが、ネットをみればネコの画像や動画はいつだって大流行で、あっという間に万を超える閲覧、再生数を叩き出し人間の心を鷲掴みにする。

いったいネコの何が人間をそこまで惹きつけるのだろうか。犬は狩りもすれば防犯にも役にたち、飼い主が苦しんでいれば寄り添って慰めてくれる。お座りだろうがお手だろうがちょちょいのちょい。一方、ネコはどうだ。お手ができるネコが現れれば奇跡のような扱いを受け、好き勝手に生活し、役に立つこともなく、人間がおネコさまに奉仕するかのようだ。その上、ネコは生態系を致命的なまでに破壊し、世界の侵入生物種ワースト100にまで選出されている。

僕はずっと犬派なので若干ネコへの視線が厳しくなったが、本書はそんなおネコ様の秘密──どのようにして飼いならされたのか、なぜ人間は特に役に立つわけでもないネコを飼い始めたのか、なぜ犬よりも飼われ、ネットでバカ受けするのかなど、ネコと人の歴史をそもそもの歴史と生態から問い直し、サイバースペースを支配する理由まで解き明かす一冊である。

むかしは食われていた

さて、今でこそ大量に猫をペットにしている人類だが、かつてはネコにむしろ捕食される側だった。600万年から700万年前の猿人は肉はほとんど食べず、逆に多様な生きものたちに捕食されていたが、その捕食者の筆頭がネコ科の動物だったのだ。ヒト属のものとされる世界最古の頭蓋骨は、絶滅した巨大チーターのピクニック場のような場所で発見されている。

狩られる一方だった人類はその後、狩りをはじめ草食動物をネコ科と奪い合うようになり、農業によって森林を伐採し生息圏を減少させてきた。『膝の上で喉を鳴らし、リビングルームをはしゃぎまわるライオンは、人間世界を征服したこと、人間が自然を完全に掌握していることを、実感させてくれる存在なのかもしれない。』とはいえ、まだ完全な征服というわけではない。インドの一部地域では凶暴なトラが問題になっているし、同時にイエネコは不人気なペットであり、ほとんどいないのだという(これは宗教の兼ね合いとか色々ありそうだが)。

飼いならしの候補として最悪のネコ

幾度も食われつつネコを飼いならし、掌握しようとしてきた人間だが、ネコは飼いならしの候補としては最悪だ。人間がほかの種を支配するときは集団内の順位を乗っ取るのが基本的な戦略になるけれども、イエネコの祖先であるリビアヤマネコには社会的な階級はなく、乗っ取るべきリーダーはいない。ネコには社会生活性が欠如しており、群れにするのは非常に難しく、そんなものを家畜化して近くに置いておくのは大変で端的にいって向いていない。

ところが、リビアヤマネコには飼いならしに不可欠な、人間といっしょにいて基本的に快適に過ごせるという気性が存在することが最近わかってきた。たとえば、カメラをつけた野生のリビアヤマネコのほとんどは人間を避けるが、ときには変わり者がいて人間を追いかける。側に置いてもカワイイ以外には特に利益のないネコを結果的に人間が飼いならすきっかけとなったのは、一部のリビアヤマネコのヒトを怖れぬ無邪気さと勇気なのかもしれない。

つまり、イエネコは人間に能動的に飼いならされたのではなく、自ら進んで飼いならされたのだ。そして、そうであるが故に人間の強い制御を受けず、小さな変化を除けば(足が短くなったとか)遺伝子的に大した変化はないのである(だから依然、神のように振る舞うのだろう)。

役に立たないがかわいい

ネコはヒトの役に立たないとはいうが、ネズミを殺すじゃんと思うかもしれないし、実際ネズミを殺しはする。だがここで問題にしたいのは、ネコは人間社会に違いをもたらすほどネズミを殺すのかということで、これには「そんなでもない」というのが正直な所のようだ。何しろネコの一部しかネズミを狩らず、都市のネコが増えても、ハツカネズミの数もさらに増えることがわかっている。だがこれはネコのせいではなく、ネズミの繁殖力が強すぎるのだろう。

つまりネコはまったく実用を超越したところにいるわけだが、それでも(食糧難の時代をも超えて)人類のペットであり続けてきたのだから、強みはある。まず、何をおいてもネコはかわいい。本書では”なぜ人間はネコをかわいいとおもうのか(犬もかわいいが、犬と比較してどうなのか)”を一連の仮説によって紹介していく。たとえば、まずイエネコは自然のままで人間の子どもとよく似ている。体重は新生児と同じぐらいだし、ネコの鳴き方は赤ん坊の鳴き声を思わせ、丸顔で優しくみえ、イヌと違って狩りに臭いを必要としないために鼻が小さく上を向いている。何よりその目はとても大きく、前を向いておりその顔もまた人間によく似ている。

つまり、ネコの特徴は可愛らしさが完璧に集まったものでありながら、かつて私たちの祖先を大量に殺していた動物そのままの見かけを維持している。ネコの顔は究極の捕食者の顔であり、子どもの顔であり、その組み合わせに魅惑的な緊張を保っているのだ。

おわりに

と、そんな感じでネコの生態および可愛さの源泉を解明していくわけだが、本書では他にも、ネコが生態系に与えてきた負の影響について。またネコを駆除しようとした時にその強力な繁殖力のせいでいかに大変なのか。ネコにストレスをかけないたったひとつの冴えた飼い方。ネコから感染するトキソプラズマによって、人間が意識しないままに危険な行動をとる可能性についてなど無数の側面からネコとヒトの関係性についての研究を紹介していくことになる。

ネコと幸せな日々を送っている人にはショッキングな事実もあるかもしれないが(ネコは生まれつき同種の仲間を嫌うが、『ネコ科の孤独を寂しさと混同している人間は、完全武装の頂点捕食者をもっと連れてきて寄り添わせようとする。たいていのネコは直接のアイコンタクトを驚異とみなし、文字通り互いに見つめ合うことさえ嫌う。』)、お猫様のことをもっと知ることができれば、最適な付き合い方ができるようになるだろう。我々ヒトが配慮する形によってではあるが。