おすすめ本レビュー

『消費資本主義』「見せびらかし」の心理をひも解く

峰尾 健一2018年1月23日
消費資本主義!: 見せびらかしの進化心理学

作者:ジェフリー ミラー 翻訳:片岡 宏仁
出版社:勁草書房
発売日:2017-12-23
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本書は「見せびらかし消費」についての本である。高級な車や時計、ファッションなどの典型例を出すまでもなく、機能というよりはステータスを手に入れようとする消費行動は世の中のあらゆるところに存在している。

では、わたしたちはそうした消費を通して、具体的に「何を」見せびらかしているのか? あらためて問われると、はっきりとした回答は案外浮かばない。富の多さ、社会的地位、生活の充実度など思いつきの答えはいくつか浮かぶものの、何だか漠然としていてとりとめがない。

そこに意外な角度から、より具体的で明快な答えを提示しようとしたのが本書である。見せびらかし消費を、進化心理学の視点から考察していくのが特徴だ。進化心理学者の著者に言わせれば、人々が見せびらかそうとしているものは、富や地位云々というよりも個人の資質や(環境への)適応度だという。

例えばクジャクならば、オスの立派な尾羽は「こんなに獲得に無駄なコストがかかるものを身につけていても生き残れるくらい、自分は優れた資質の持ち主だ」というシグナルを送っている。ここでいうコストとは、時間・労力など、費やされる資源全般を指す。現代のヒトも同様に、こうした無駄に立派な見せびらかし消費を行っている。

無駄なコストをかける余裕があるとアピールすることで、環境の中で生き残る見込みが高いというシグナルが伝わる。進化の文脈ではシンプルな話に聞こえるが、現代の消費生活に当てはめてみようとすると、まだいまいちイメージが湧かない。そこで見せびらかし消費を理解するために著者が持ち出すものさしが、「中核六項目(セントラル・シックス)」だ。

中核六項目とは、「一般知性」、「(経験への)開放性」、「堅実性」、「同調性」、「(情動の)安定性」、「外向性」の6つの要素からなる。補足すると、一般知性(IQのこと)、開放性(好奇心、アイデアや美への関心、心の広さなど)、堅実性(自己管理、意思力、信頼性、一貫性など)、同調性(やさしさ、共感、感情移入、従順、慎みなど)、安定性(状況への適応、ストレス耐性、楽観性など)、外向性(人懐っこさ、話しやすさ、対人的な自身など)といったものをそれぞれ指す。

中でも一般知性を除く5つの項目は「ビッグファイブ(特性5因子)」と呼ばれ、信憑性の高い性格診断法として知られている。ひとりの研究者の主観ではなく、数十年かけて実証研究と文献レビューによる合意を繰り返しながら、複数の研究者たちによって練り上げられたものであるという点で信頼性があると著者は語る。

これらの理論が、進化とどう関連しているのか。実はこうした性格特徴は、動物種にも広くみられる。強気か内気かといった気質の基本的な尺度はイカにも識別できるし、ハイエナや、家畜化された犬なども、ビッグファイブに類似した、信頼性の高い評価の可能な特徴を示す。他にもヒト以外の4種の類人猿 (ゴリラ、オランウータン、チンパンジー、ボノボ) にも当てはめられるらしい。ビッグファイブに関しては、少なくとも1300万年にわたって存在してきた可能性が高いそうだ。

もちろんこの六項目でその人のすべてを理解できるわけではないが、価値観や関心事、趣味趣向、政治的態度など多くのことが中核六項目によってある程度予測できると著者は語る。中でも消費行動を理解するのに特に効果的だとして本書で重点的に掘り下げられるのは、一般知性、開放性、堅実性、同調性の4つだ。

例えば堅実性を例にとると、世の中には「定期的な手入れが欠かせない製品をむしろ好む人たち」が一定数存在する。手入れの面倒くさいものを求めることが、かえって堅実性のシグナルとして機能するのだ。観賞魚や光沢塗装の車などのこまめにメンテナンスが必要なもの、身だしなみやボディケア、教育産業なども堅実性の誇示と関わってくる消費といえる。

こうしたフレームを通して眺めてみると、周囲の人々や自分の消費の裏にある心理がよりクリアに見えてくる。他人にアピールする気持ちなど微塵もないつもりでも、実は無意識のうちに何かを誇示しようとしているケースは少なくない。読み進めるほどに「人の目なんて気にせず純粋にやりたいと感じたことをやって、欲しいと思ったものを買っている」という自負が次第に揺らいでいき、複雑な気持ちにもなる。

しかし、己の「見せびらかし」を自覚することで初めて、余計な消費を減らそうとすることができるし、反対にこれは意識的にアピールしているのだと割り切ることもできる。あくまで行き過ぎに気をつけたいのであって、良い意味での消費する気持ち良さのようなものは忘れてしまいたくない。消費主義を一方的に悪とするのではなく、その適切なかたちを考える材料を本書は与えてくれるのだ。

最後に触れておきたいのが、原著の刊行が2009年だということ。SNSの普及した今、当時に比べて「見せびらかし」のあり方が遥かにアップデートされたことは言うまでもない。そんな中、ヒトの原始的な部分に着目する本書のアプローチは古びないどころか、より複雑化した状況を受けてさらに価値を増しているようにも見える。中核六項目を単なる消費行動を超えた広い意味での「見せびらかし」に当てはめて考えてみた時、本書の真価が発揮されるのではないだろうか。