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『印象派への招待』絵画の見方

新井 文月2018年2月14日
印象派への招待


出版社:朝日新聞出版
発売日:2018-02-07
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印象派の影響力は強い。かつわかりやすい。

他の芸術ムーブメントである新古典主義やロマン主義、ダダイズムなどは聞いても私達はピンとこないのではないか。しかし印象派だけは誰もが知っている。それだけ人の心に訴えかける共感力や、ぱっと見た時の色彩の心地よさがあるのだろう。数字の面でいうと、75万円の絵が一気に2億円以上に跳ね上がるなど影響力もある。

本書は初心者が印象派に興味を持った人への手引書となりそうだ。登場する作家はルノワール、ドガ、ゴーギャン、モネ、スーラ、マネ、セザンヌ、ゴッホ、ロートレック。画家の死後、名をあげた作家を含め印象派のオールスターである。

 

 
セザンヌとルノワール
 
描きかたは、印象という名がついただけあって、キャンバスに細部まで描き込むことはせず素早いタッチと実際よりも誇張された色彩で展開される。図の左はセザンヌ『赤いチョッキの少年』。右側はルノワールの『可愛いイレーヌ』だ。セザンヌと比較してみると、わずかにルノワールの筆さばきのほうが滑らかだということもある。作家自身が筆跡を残さない技法をしたせいでもある。これは自身が最初の展示会にて批評家から「病気の肌を描く画家」として酷評を受けた経験が大きい。それ以来、ルノワールの人物画は光で包まれたような優しい印象へと変化した。明るくやわらかな画面は、特に女性に評判がよい。
 
 
 
5つのキーワード

 

そして印象派といえば、モネのようにキャンバスに光を描いた絵を連想する人も多いだろう。しかし実際作家のキャラクターは反抗心が旺盛で強烈であった。本書見開きの5つの抑えるべきキーワードだけでも眺めると、印象派がなぜ不良画家の集まりなどと揶揄されたのか、当時の伝統的なサロンに対する反発のムーブメントだったのかが理解できる。

ちなみに歌舞伎など伝統芸能も、ストーリーを知るのと何も予備知識なしで観覧するのでは楽しみ方が変わってくる。美術館に足を運んでも漠然と「いい色だね」や「素敵だな」といった意見を言うのもよいが、なぜ絵の具を混ぜないと発色がよいかなど、その歴史背景部分だけでも知っておけば作品をより愉しめるようになる。印象派以前には、教会などに飾られる天地創造や天使の絵などアカデミックなものしか絵画と認められない風潮だったから、画家たちはアンチテーゼとしてこういう普通の人物を描くことになったのかと理解するだけでもアート通である。

 

 

1877年、第3回印象派展の名画
 
画家のさまざまな生い立ちも、端的な言葉で纏めれているのでアート初級者には教科書的な一冊になりうる。2つの絵はどちらもドガだが、彼は多くの芸術家から慕われてきた。印象派自体も外の光や風景を取り入れたものが多い中、ドガだけはあくまで室内にこだわったからだ。その光もバレエの舞台や室内の電球など、人工の光にのみフォーカスしている。さらに人物を、その瞬間でしか見せない一瞬を切り取ったもであり、当時からすれば奇抜な作風だからともいえる。いつの時代も、大多数の裏をつく人間は一目置かれるのかもしれない。
 
 
 
印象派誕生への10の事件

 

本書は絵画の鑑賞講座としての役割もあるが、同時に世界の大きな歴史背景からのアートの立ち位置がわかる資料性の高い本だ。1839年には写真が発明されたが、この時の写真家の多くは元画家であったという。小さいサイズの肖像画を描いて生活していた人達は、商売道具が写真にとって変わられたのだ。写真技術の向上が、絵画を写実から解放していく。つまり画家たちは写真で表現できないことをするしかなくなったのだ。  

また1843年にはパリとノルマンディーが汽車で結ばれた。鉄道は市民の間に普及していき、平日はパリで働き週末はパリ郊外へと遊びに出かけるといった生活習慣ができはじめる。そこから印象派の画家たちはレジャーをテーマに絵を描いた。私たち現代人にとって印象派が受け入れやすいのは、週末に憩いの自然を求めて足を伸ばしてみる感覚にとても共感できるからかもしれない。

印象派の絵画史を俯瞰するのに、丁度よい一冊だ。

画像提供:朝日新聞出版

 

 

ビュールレ・コレクション

東京・福岡・名古屋にて印象派の大規模展が開催される(2/14~国立新美術館)。モネの2×4メートルの大作「睡蓮の池、緑の反映」は、これまでスイス国外から一度も出たことがない睡蓮の作品だ。その大きさにも圧倒される。入場者数でいうと、東京都美術館の若冲展は44万人、東京国立博物館の運慶展は60万を超えたので、鉄板である印象派は確実に数字が上がるだろう。会期中は人ごみを避けた平日12:00頃がオススメ。