おすすめ本レビュー

『青線』かつて存在した非合法売春地帯を歩く

栗下 直也2018年11月20日
青線: 売春の記憶を刻む旅 (集英社文庫)

作者:八木澤 高明
出版社:集英社
発売日:2018-10-19
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最近、東京新宿のゴールデン街が外国人観光客に人気だ。狭小な建物が林立する飲み屋街は世界でも珍しいという。あのような安普請が立ち並んでいるのは、ゴールデン街がかつて非合法の売春地帯「青線」であったからだ。

色街の存在は街の活気の副産物であり、都市には濃淡はあっても、その痕跡が見え隠れする。スナックや小料理屋のような外観で売買春を行う「青線」の存在は都市の裾野の広さを物語る象徴的な存在といえよう。

著者は20年間にわたり、北海道から沖縄まで、全国の青線があったとされる場所を30カ所以上歩いた。現地を訪れ、色街のわずかな残り香をヒントに往事の姿を浮かび上がらせる作業は、ノンフィクション作家としての技が光る。

青線の現状はさまざまだ。すでに旧観を失った街もあれば、細々と営業を続けている街もある。共通して、関係者の証言から浮かび上がるのは、諦念だ。行き場を失った女性たちは、青線に未来がないことを悟りながらも、消えつつある場所に居続ける。営業していない色街も主役が去り、再開発されるわけでもなく、いたずらに時を重ねている場合がほとんどだ。

福田和子を覚えているだろうか。同僚ホステスを殺害後、15年の逃亡生活を送った女性だ。時効の3週間前に福井県のおでん屋で捕まった。逃亡中は売春地を転々としており、最後に潜んでいた土地も旧青線といわれている。

本書では、実際に福田和子が捕まった店を訪れ、店主や当時を知る客に取材している。店を出た後に、年配の女性が著者を後ろから呼び止め、福田の印象を「普通の良い子でしたよ」と話すのが印象的だ。

著者は福田和子という存在を我々に問いたいわけではない。福田を個別の事象として捉えず、全国には青線を転々とするような福田和子のような女性がいることを示唆する。(人は殺さないにしても)青線でしか生きられないような女性が多くいる実状を読み手に投げかける。

近年は浄化運動で多くの青線が姿を消した。色街が消滅したからといって、売春がなくなるわけでもなく、女性を買う男がいなくなるわけでもない。とはいえ、著者は、売春の是非の議論には筆を向けない。

旧赤線は遊郭の建物などが文化遺産として、再注目されているが、青線は元々が非公認な存在だ。本書を読むとわかるが、そもそも場所の特定すら難しい。赤線の近くに飲み屋を装って発生するが、あくまでも飲み屋だけに青線であったかの記録がどこかに残るわけでない。

ただただ消えていく、決して大文字で語られない存在を、書き留めたい。著者の動機はそこに尽きる。街を訪れ、関係者を探し出し、話を聞き、写真を撮る。この仕事をひたすら繰り返す。

かつて青線が多くの街にあったことを本書は思い出させてくれる。人々の曖昧な記憶を形にとどめた労作である。
 

江戸・東京色街入門 (じっぴコンパクト新書)

作者:八木澤 高明
出版社:実業之日本社
発売日:2018-09-06
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遊廓に泊まる (とんぼの本)

作者:関根 虎洸
出版社:新潮社
発売日:2018-07-31
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ぽつん風俗に行ってきた!

作者:子門 仁
出版社:彩図社
発売日:2018-06-13
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