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異なる道筋で進化した「心」を分析する──『タコの心身問題――頭足類から考える意識の起源』

冬木 糸一2018年12月16日
タコの心身問題――頭足類から考える意識の起源

作者:ピーター・ゴドフリー=スミス 翻訳:夏目 大
出版社:みすず書房
発売日:2018-11-17
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タコというのはなかなかに賢い生き物で、その賢さを示すエピソードには事欠かない。

たとえばタコは人間に囚われている時はその状況をよく理解しており、逃げようとするのだが、そのタイミングは必ず人間が見ていない時であるとか。人間を見ると好奇心を持って近づいてくる。海に落ちている貝殻などを道具のように使って身を守る。人間の個体をちゃんと識別して、嫌いなやつには水を吹きかける。瓶の蓋を開けて、中の餌を取り出すことができるなどなど。

タコには5億個ものニューロンがあり(これは犬に近い。人間は1000億個)、脳ではなく腕に3分の2が集まっている。犬と同じニューロンってことは、犬ぐらい賢いのかなと考えてしまいそうになるが、タコは哺乳類らとは進化の成り立ちが根本的に異なるので、単純な比較は難しい。では、いったい彼らの知性はどのように生まれ、成り立っているのか。神経系はコストの高い器官だが、それが結果的に生き残ったのはなぜなのか。それは我々が持っている知性や心といったものと、どのような質的な差異があるのだろうか──といった疑問点に対して、いくつかの仮説を提示・紹介していくのが本書『タコの心身問題――頭足類から考える意識の起源』である。

頭足類を見ていると、「心がある」と感じられる。心が通じ合ったように思えることもある。それは何も、私たちが歴史を共有しているからではない。進化的にはお互いにまったく遠い存在である私たちがそうなれるのは、進化が、まったく違う経路で心を少なくとも二度、つくったからだ。頭足類と出会うことはおそらく私たちにとって、地球外の知的生命体に出会うのに最も近い体験だろう。

邦題はタコ推しだが原題は「OTHER MINDS The Octopus, the Sea, and the Deep origins of Consciousness」で、タコに限らず、人間とは異なるMINDの起源と進化を追ってみましょうといった感じのもう少し広いテーマを扱っている。とはいえ、かなりの部分をタコが占めているのでタコの話が読みたかったのにイカの話ばっかり! みたいなすれ違いは起こらないだろう。

頭足類と哺乳類を比較しながら、知性に共通する部分をあぶり出し、同時に著者自身が体験してきた様々なタコとのエピソードが合間を和ませ──とどこを開いてもワクワクさせてくれる、素敵な一冊である。以下、もう少し詳細に紹介してみよう。

タコはどのように知性を身に着けたのか

そもそも、何のためにタコはそれほどのニューロンを持っているのだろうか。神経系のコストは安くないから、それなりの使いみちが必要だ。動物心理学的に大きな脳が必要とされるケースの一つには、複雑な社会生活が挙げられるが、タコの社会生活は活発ではないし複雑ではない。それどころか、タコの寿命は1〜2年ぐらいで、短い生涯で使うには”過剰”な能力に思える。

これについてはいくつかの有力な仮説が存在している。たとえば、タコは海の中を自らが動き回って獲物と襲う捕食者であり、相手の行動を予測し、殻を持っている貝などを相手にした場合はなんとかして中をすするためには外側の殻を砕いて取り除いたりといった動的な行動をとらねばならない。そうすると、タコは確かにタコ同士では社会生活をほぼ営まないが、被捕食者とは長く関わることになり、それが一種の社会的行動となっているともいえる(のかもしれない)。

関係しているのはそれだけではないはずだ。たとえば、タコの特徴として、身体に硬い部分がほとんどなく動きの自由度が恐ろしく高い一方で、無数の腕を一貫性のある形で制御するのが難しくなっている。タコの腕はそれ自体に自らの動きを制御する能力があって、同時にトップダウン式の命令も受け取ることができる、複雑な機構になっている。そうした複雑な制御を実現するために、大規模な神経系が必要になった──というのは、説得力のある強い仮説だ。

また、寿命が1〜2年というのは知性の高い動物としては珍しい特徴だが、これはタコが自由な代わりに無防備な身体を持ち、捕食のために動き回らなければいけない=捕食されやすい特性による淘汰圧のためで、自然と寿命が短くなっていったと考えられる。なので、深海のような捕食者が少ない場所で暮らすタコの寿命は長く、50ヶ月以上の間卵を抱えたまま同じ場所から動かずにいるタコが確認されており、その期間から寿命は16年くらいと見積もられているようだ。

タコと人間の違い

タコと人間の間には、知性に関連する領域での多くの違いがあるが、類似点も興味深い。それは要するに、進化上の枝分かれが発生した後、それぞれ独自に「同じように」起こった、ある種必然的な進化だったと考えられるからだ。たとえば、どちらもカメラのような目を持っているし、報酬と罰によって学習する能力、試行錯誤をしながら学習する能力も、両方の系統にみられる。

よく観察してはじめてわかる類似点がいくつかある。たとえば、短期記憶と長期記憶に明確な区別があるということ。目新しいものや、食べることはできず、すぐになにかに役立つわけではないものに興味を示すところ。頭足類は、私たちの睡眠に似た行動もとるようだ。

別の系統から生まれた知性、最初に引用した”地球外の知的生命体”的な頭足類を分析することで、少なくとも海から生まれた心に共通する原則──とまではいかなくとも、その傾向がみえてくるというのは実に心躍る事実だ。

おわりに

本書では他にも、どのタイミングで我々が頭足類と「分かれた」のか。歴史上最初に「主観的経験」をしたのはどんな生物で、最初の意識とはどのような状態だったのか。タコとして世界を眺めるとは、どういう経験を伴うのか──を、科学と哲学の両輪駆動によって語り尽くしていく。タコだけではなく、幅広く”知性”そのものに興味がある人に、ぜひオススメしたい一冊だ。