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『堀江貴文VS.鮨職人 鮨屋に修業は必要か?』いよいよ新時代に突入か! 寿司の世界と世界の寿司

堀内 勉2019年2月12日
堀江貴文VS.鮨職人 鮨屋に修業は必要か?

作者:堀江貴文
出版社:ぴあ
発売日:2018-12-14
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 ホリエモンこと堀江貴文氏が、ツイッターで、寿司職人になるために何年も修業するのはバカだと発言して炎上したのが、今から3年前のことである。

ホリエモンは、2014年12月の「ホリエモンチャンネル」の中で、寿司職人になるには10年くらいかかると言われてきたが、今や半年でプロを育成する専門学校もあり、長い修業が必要なのは「1年間ずっと皿洗いをしていろ」などと言って寿司を教えなかったからだと語った。

これに対して、2015年4月の「求人@飲食店.COM」の記事が、「寿司は日本の伝統食であり、美食の象徴でもあります。やはり一流を目指すとなると、現在第一線で活躍する巨匠たちの辿ってきた道、つまり『飯炊き3年、握り8年』を実践するのが一番確かな道です」と反論した。

ホリエモンは、2015年10月のツイッターで再反論して、「バカなブログだな。今時、イケてる寿司屋はそんな悠長な修行しねーよ。センスの方が大事」とつぶやき、フォロアーから、シャリを握るのもご飯を炊く時の水分調節もそう簡単ではないと意見されると、「そんな事覚えんのに何年もかかる奴が馬鹿って事だよボケ」と返し、巷にはびこる「下積み原理主義者」を痛烈に批判した。

確かに、3年前はまだ昔ながらの修業の是非について賛否両論あったが、この間に寿司を巡る環境は大きく変化した。特に東京で高級店の数が激増し、一人3万円以上する寿司屋の予約が数年先まで埋まっている状況だ。

寿司職人を取り巻く状況も大きく変わっている。SNSを使うことが当たり前になり、FacebookやInstagramで自分の仕事をリアルタイムに発信し、逆に、今まで知らなかった素材や技術、店や職人を知ることができ、料理人同士、産地、メディアとの様々なつながりが生まれ、情報交換することが可能になった。

本書に登場する7人の寿司職人たちは、皆30-40歳代の若手で、何年も修業をしてやっと上にあがれた前世代の先輩たちにしごかれた最後の世代である。今はもう、無意味なしごきをすると、若者は直ぐに辞めてしまうという事実に、ようやく気付いた新しい世代でもある。

今は、成功しているお店は、どこも現場の雰囲気が良く、スタッフをいじめるなどということはあり得ない。楽しくやった方が確実にうまくいき、新しいアイデアも生まれるし、結果的に上質な客がつくことになる。

最近、東京は寿司バブルだなどと言われるが、ホリエモンに言わせれば、まだまだ全然で、寿司屋が儲かるのはこれからが本番なのだそうだ。なぜかと言えば、伸びしろ部分のメインターゲットはインバウンド(訪日旅行客)だからなのである。

今、世界中の富裕層やフーディ(食通)に「ホンモノの鮨を食べたい」という欲求が広まっている。彼らはひと晩何十万円もする夕食のために、わざわざ日本までやってくるような人々である。グローバル化が進んだ今日、これからは寿司も日本の1億人だけでなく、世界の70億人をターゲットに仕事をする時代になったのである。

以前、本当の日本文化を海外に向けて発信するために、日英対訳の寿司の本を出そうと考えていた時期があった。今はもう絶版になってしまったが、『江戸前にぎりこだわり日記―鮨職人の系譜』という、華屋与兵衛から始まる江戸前寿司職人の系譜が事細かに書かれた本があり、これに感動して有名店を一店ずつ食べ歩いたのがきっかけである。

ただ、その企画を進めるうちに、寿司というのが静態的な伝統文化ではなく、もっと新しくて動態的なものなのだということに気づいて、これをある一時点で切り取ってみても、寿司の本質は言い表せないと感じてやめてしまった。

2016年に、日本で『SUSHI POLICE』というテレビアニメが作られた。これは、農林水産省が計画した「海外日本食レストラン認証制度」が、海外から「スシポリスが日本からやってくる」と批判され、取りやめになった出来事から着想を得たものである。余り大袈裟に日本の伝統文化としての寿司の本を作っても、これと同じになってしまうなと思ったのである。

本書に登場する7つの寿司店は、残念ながらどこも行ったことがない。自分が通ってきた寿司店の、更に一世代若い職人たちなのである。そういう意味でも、寿司店の入れ替わりのスピードの速さには驚かされる。

もう完全に一流店としての名声を確立しているが、今、個人的に素晴らしいと思うのは、金沢の「小松弥助」と東京の「鮨さいとう」である。技やネタが最高なのは言うまでもないが、ご主人のキャラクターや話ぶりや接客が素晴らしい。一言で言えば、店にいて楽しいのである。

「西の弥助、東の次郎」と評される「小松弥助」の森田一夫氏は、すでに80歳代後半の高齢で、「すきやばし次郎」の小野二郎氏と同じくレジェンドの域に達しているが、腕が確かなだけでなく、話が天才的にうまい。カウンター越しにこちらの話をよく聞いていて、絶妙なタイミングで会話を振ってくる。まるで落語の名人のようで、とても心地良い時間を楽しむことができる。

「鮨さいとう」の斎藤孝司氏も同様で、ネタをさばく時と握る時の緊張感とは対照的に、とても和やかな会話を楽しめる。今はまだ40歳代後半に差し掛かったところだが、かつて「鮨かねさか」で修業した時には、やはり相当厳しかったらしい。今、あのような育て方をしたら誰もついてこないし、むしろ5年修業して芽が出なかったら、他の道を探すようにアドバイスしているそうだ。

「鮨さいとう」は、もはや本当の馴染み客以外の予約は不可能になってしまったが、今でも時々、常連に連れていってもらう。毎月、日本食を目当てに飛んでくるイギリス人の友人がいるのだが、先日、その彼に誘ってもらって貸切の会に参加した。

参加者は、私のほかは、イギリス、香港、インドネシア、ロシア、エストニアという多国籍で、皆、「鮨さいとう」の予約が取れたというだけの理由で世界から集まっていた。斎藤氏も英語は片言だが、コミュニケーションに全く問題はなく、むしろあの勢いで大いに盛り上がり、一緒に二次会まで行ってしまった。

日本酒など他の日本食でも同じだが、食のグローバル化の進展は甚だしく、上述したように、世界の70億人を相手にするのと、日本の1億人だけを相手にするのとでは、見えている世界が全く違うのである。

それでは、ホリエモンが見ている握り寿司の将来というのは、一体どういうものなのだろうか。その答えは、ホリエモンと「鮨青木」の青木利勝氏との、最後の特別対談に出てくる。

ホリエモンに言わせれば、修業で人間力がつくような人は稀で、これは生まれつきのものである可能性が高い。そういう素質のある人が、技術を磨くために動画教材や実地の食べ歩きで学ぶのが最短距離で、更にその先にあるのは、例えば仕込みまでは職人がやってから、演出家や裏方がついて、握りのパフォーマンスとトークを一流の芸人や役者がやるような世界なのだという。

私自身は、今後の寿司のあり方として、ピンチョスがファーストフードから超一流のスペイン料理に進化したように、必ずしも握りにこだわらず、多様な食材や料理を気軽に楽しめる超一流和食に進化していく姿を想像している。

古い価値観と新しい価値観がしばらく並存し、その中から、次世代を見据えた新しい形が立ち上がり、最終的にはよりグローバルで幅広い層に支持されたものが勝ち残っていく。ビジネス同様、いよいよ寿司もそういう世界に突入したようだ。