どんな時代にも想像力は大事な意味を持つが、対局にある「効率」に打ち負かされる。効率はわかりやすく、想像力はわかりにくい。さらに、想像力はつかみどころがなく扱いが難しい。働き方改革で、わかりやすい業務の効率化が主要な施策で、想像力の出番はほぼない。目的がはっきりしない試行錯誤やぼんやり想像する時間は、短期的な効率追求を目指す組織の中では無駄扱いだ。
組織の中では想像力は効率に打ち負かされたとしても、個人として想像することの重要性が高まっている。人工知能やロボットの発展と普及により、人間に求められる役割の変化が予測されていることがその背景にある。アートへのまなざしが変わっていることも、兆しの一つであろう。
そして、個人の想像や妄想を起点に、モノやコトをつくる場や方法を紹介しているのが、今回の三冊だ。緊迫した臨場感、愛と暑苦しさ、具体的な方法と各々に特徴があるので、自分に合った想像の方法をつくりだす肥やしになるだろう。
ロードアイランド・スクール・オブ・デザイン、略してRISD(リズディ)、美大のハーバードと呼ばれる学校である。近年では民泊サービスのAirbnbの創業者を輩出している。RISDの中核は『クリティカル・メイキング』という考え方である。
ものをつくるスキルやプロセスを学びながら同時にクリティカル・シンキングのプロセスも学ぶ。自ら問題を探し、試行錯誤しながらコンセプトを定め、手を動かしてものを創る。そして、講評会で作品と制作意図を明確に述べ、的確なフィードバック、つまり批評をうける。
この批評が創造的な作品の向上と評価においてなくてはならないプロセスであり、本書でも一章を割いて、RISDの教員5人が批評の過程や批評後に起こることや得られることを視覚的に描写している。そして、教員が描いた図に対して、相互に批評する臨場感あふれる対話からは、RISDでの授業と作品への批評がどのようなものかが伝わってくる。それは予定調和をもとめない議論であり、制作したときの意図を越えた理解を求める真剣勝負である。
そうして、いくつもの講評の場を切り抜け、卒業したときには、自分が発明したものに対し、質問し、反応し、制作し、作り直すプロセスを体得する。遠回りで複雑な道を、可能性の扉を開きながら、思いがけない発見からの恩恵をうける。それは予測不可能な世界に柔軟に適応する姿勢であり、世界を変えていく準備になる。
本書の構成は10人をこえるRISDの教員が、自身のデザインに対する思想(教員のプロフィールが多彩すぎて、それを読むだけでもワクワクする)、授業で取り組む具体的な課題と作品、生徒の問いに対する反応と成長などを熱量高く語っている。その中で、もっとも印象的だった一節をいくつか紹介して、終わりにしたい。
クリティカル・メイキングでは、作業中には一体何の意味があるのかわからないたくさんのことに、集中して取り組まなければならない。
批評のプロセスは、幅も方向も変わっていく線をたどる。曲がりくねった道のりです。そのプロセスのエネルギーは、変化にあります。制作者は、作品をグループに提示し、グループはそれに反応します。その結果として会話が起こるのです。そして言葉で表現された制作者の意図と、参加者の反応が収束し始めたとき、作品の本当の意味が生まれるのです
自分が人々に愛してほしいものは何か?
著者であるイタリアミラノ工科大学教授であるロベルト・ベルガンティが、本書の中で何度も読者に語りかける問いだ。愛される商品をつくるには、どうしたらよいか、ベルガンティの提案は非常にシンプルである。「How(どのように)」より「Why(なぜ)」を追求し、新たな意味を見出し、商品やサービスの意味を変えることだ。ここでいう意味とは、何がよくて、何が悪いのか、に対する新たな解釈である。
意味のイノベーションは、個人としての自分からはじめる「内から外へ」とペアや少人数のグループで議論を戦わせる「批判精神」を原則にしている。ユーザーをリサーチし、外から課題を発見するデザイン思考に代表される問題解決のアプローチを批判するものではなく、次の一手として補完し合う関係にある。
新たな解釈の事例として、部屋の温度を自動調整するスマートサーモスタット(日本では未発売)を開発するNestが登場する。Nest以前にもスマートなサーモスタットを商品コンセプトとして検討していた企業はあったが、市場性を見いだせていなかった。なぜなら、ユーザーはサーモスタットに管理されたいと思っておらず、自ら管理したいと考えていたからだ。
しかし、Nestは創業者の一人が、自分の家に本当に設置したいと思うサーモスタットを考え、「温度を自分自身で管理することではなく、ただ快適に過ごすこと」を追求する。管理するか、快適に過ごすか、内から考えることで意味の違いを発見した。発売当時こそシリコンバレー流の贅沢商品と揶揄されたが、最終的にGoogleに32億ドルで買収された。
内から外へ考えるというのは、愛する人へ贈り物を贈る行為と似ている。そして、著者は贈り物のメタファーを何度も繰り返す。
贈り物をするのは、「つくる」という行為を通してのみ可能である。意味を創造する究極の喜びを楽しむのも、「つくる」という行為を通してのみ可能である。贈り物は人々のためであるが、贈り物を作る行為は私たちのためだ。
自分が人々に愛してほしいものを想像し、想いを膨らませる。そして、家族や知人に贈り物を贈るように商品のアイデアを考えることこそ、企業が閉塞感を突破することを可能にするのだろう。
カレンダーがびっしりと埋まった毎日、何もない時間には次から次へと会議がはいる。移動中に窓を眺めてぼんやりしていた時間は、スマートフォンの小さい画面に釘付けになってメールやSNSで誰かとコミュニケーションをとっている。忙しく過ごしている時間の大半は自分のためではなく、他人のために使っている。人から受け取った情報に反応し、誰かに喜んでもらうために相手に気遣いし、答えに合わせようとしている。本書では他人モードと定義し、現代の生活習慣病と警鐘を鳴らす。周囲の期待に応えようと自分を押し殺し、真面目にがんばる人ほど他人モードに陥りがちだ。
そこから抜け出すために、多忙な日々の中に、積極的に余白をつくろうという思いがけないほどシンプルな解決策を提案する。しかし、余白を確保することが案外難しいのだ、他人モードはなかなかやっかいな敵である。さらに、なんとか余白を捻出したとしても、しばらくぶりの余白に戸惑ってしまうことだろう。
本書では、その余白を効果的に使う20以上の方法が紹介されている。目からウロコの方法というより、とてもシンプルな方法であるが、じわじわと他人モードから自分モードへと体質を改善してくれる漢方薬のようなメソッドである。あえて独りよがりで思考する訓練であり、考えるよりも手を動かすことに重きをおいている。
例えば、「感情アウトプット(妄想) 他人モードから自分モードに」では、そのとき感じていることをただ書くだけである。日記のように過去に起こったことを書くのではなく、思ったことをありのままに吐き出すことがポイントだ。その他、試してみたいと思ったのは、「逆さまスケッチ(知覚) 言語脳からイメージ脳に」である。好きな絵画作品を選び、逆さまにしてじっと眺める。意味のない線や色の集まりに見えて、それを見えたままに描き写す。この方法で、言語脳を遮断し、イメージ脳を活かすことができる。
停滞し、閉塞する時代のなかで、個人が充足や成長を味わうためには、どんな考え方が望ましいのだろうか? この幾通りもの答えが出せる問いに対し、「妄想だ」と言う答えに、直感的に納得できる人には、本書と相性がいいだろう。
しかし、妄想や想像は目標をもって取り組むものではない。肩肘はらずに、慌てずに、まずは余白をつくってやってみてはいかがだろうか。
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書評はこちら。未来にたくましい妄想をひろげた作品が多数紹介されている。
書評はこちら。ニューヨーク公共ラジオ局の番組で、リスナーに「ぼんやりする時間をみんなで取り戻そう」と呼びかけた。世界中で余白が求められている。