おすすめ本レビュー

『パーソナルネットワーク』

高村 和久2011年9月19日

もし、自分が大学の先生で、目がキラキラした学生に「人のつながりの研究」について語るとしたら、何を教えるだろうか?いや、目はキラキラしていなくてもいい。社会学を勉強する学生で、ミクシィやフェースブック、ツイッターは使っているけど、研究活動はこれからです。さあ、どうやって研究したらいいか、今までの研究の歴史について、これからの研究動向、みんな全部、ざっくり説明しておきたい。…本書はそんなことを目的にした入門書だ。著者の安田さんはこの分野の第一人者で、3年前から関西大学にベースを移して学生に教えている。そして書かれたのが本書だ。ということで、巷にはソーシャルネットワークの本があふれているが、本書は、最初のとっかかりとして、全体を把握するのに最適な一冊だと思う。

「人と人のつながり」は「紐帯(ちゅうたい)」とよばれている。英語では「tie」だ。この「紐帯」が誰と誰の間にあるか、また、それは親密なのかそうでもないのか、等々を調査し、人間関係の仕組みを理解しようというわけだ。例えば、つながりが弱い人からのほうが、意外と転職先を紹介してもらえる(弱い紐帯の理論)とか、異なる集団同志をつなげている人は良いポジションにある(構造的空隙)、とか、口コミってどうやって伝わるの?などというあたりが論点になる。第2章では、ここ四半世紀に議論されてきた研究が整理されていて、おもしろい。安田さん自身も「論点整理の作業は、想像以上に楽しい作業でした」という。

第3章では、いま現在行われている研究の方向性が紹介される。自分のまわりにいる人のキャラクターと結婚願望・転職願望の関連の研究、ミクシィの人間関係の研究、有名な「6次の隔たり仮説」(世界中どこの誰であっても、知り合いを6人介せば繋がることができるという話)において、「繋がっている」といっても「本当に連絡できる」のか?という研究、などなど。また、自らが行った大阪の商店街の研究も紹介されている。日常生活における「弱いつながり」と、お祭りの際の「講」を通じた「強いつながり」を繰り返す、その人間関係の変化が良い関係を作るという。たしかに、人のつながりは変わっていくものだ。4章では、そのような「つながりの過程」に焦点がおかれている。噂の広がりかたのモデル、バラバシの優先的選択モデルなどの基本的なものを紹介しつつ、そこから、社会ネットワーク研究たるもの現場を知らずして!とばかりに「ねずみ講」「孤独」と切り込んでいく。そして最後に「アフォーダンス」が紹介される。「アフォーダンス」とは、水があったら泳ぎたくなるように、イスがあったら座りたくなるように、その存在自体が何かの行為を誘発するようなモノのことだ(iPhoneの操作性なども挙げられている)。良い人間関係がいつの間にかできあがる「関係のアフォーダンス」というものはないだろうかと安田さんは言う。いつの間にか、というあたりに、研究としての難しさがあるらしい。

本書は人間関係を相手にしているが、ネットワークの研究自体は理系と文系が見事に融合した分野だ。SNSやインターネットのリンク構造はもちろん、感染経路の解析、生命科学のシミュレーション、遺伝子の解析、超伝導素子の同期の研究、送電ネットワークの研究、コオロギが鳴くタイミングの研究、はたまたマーケティングへの応用など、こんなに対象が幅広い分野は他にないのではないだろうか。これらが「お互いにやりとりしているものが多数繋がった時、どんなことが起こるか」という複雑系の研究のためのプラットフォームを形成している。その中で、どのように連携して進めていくか、どんな解析ツールが使えるか、などが最終章で語られる。それを踏まえた上で、人のつながりに関する理解を深めるためには、やっぱり現場を知って理解するしかないという。手つかずで問題意識だけ書かれているパートも含みつつ、読者にいろいろ感じてもらえるよう、種を蒔くように書かれた本だと思う。「関係のアフォーダンス」、いつか、商店街のコミュニティなんかで活かされることがあるかもしれない。


本書の前に書かれた一般向け入門書。ネットワーク研究の成果は、軍の諜報活動にも使われている。HONZ村上のレビューあります。


SYNC

作者:スティーヴン・ストロガッツ
出版社:早川書房
発売日:2005-03-29
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「6次の隔たり仮説」に理系分野からアタックしてきたのは「コオロギはなぜ同期して鳴くのか」を研究していた研究者たち。複雑系の研究について。サイエンスが好きな人、おかしなサイエンティストの話が好きな人におすすめ。


スモールワールド・ネットワーク―世界を知るための新科学的思考法

作者:ダンカン ワッツ
出版社:阪急コミュニケーションズ
発売日:2004-10
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上記のストロガッツ教授と共に研究していたワッツ教授の本。「6次の隔たり仮説」「噂の広がりかた・病気の広がりかた・イノベーションの起こりかた(ティッピング・ポイント)」がロジカルに説明されていておもしろい。


「6次の隔たり仮説」を最初に実験したのは『死のテレビ実験』に出てくるミルグラム教授です。