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『富士山はどうしてそこにあるのか』 美しい地形には、賞味期限がある

鎌田 浩毅2019年6月20日

HONZが送り出す、期待の新メンバー登場! 鎌田 浩毅は言わずとしれた京大の人気教授にして、火山学者。専門の地球科学のみに留まらない読書量や、その深い教養から、”HONZのイニエスタ”の異名をとる。いや、見た目とかじゃなくて…。今後の彼の活躍にどうぞ、ご期待ください!(HONZ編集部)

富士山はどうしてそこにあるのか: 地形から見る日本列島史;チケイカラミルニホンレットウシ (NHK出版新書)

作者:山崎 晴雄
出版社:NHK出版
発売日:2019-05-10
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新幹線の車窓から見る富士山は美しいが、これがいつ噴火してもおかしくない活火山であることを知る人は少ない。本書は日本人の「心のふるさと」と言っても過言ではない富士山の地学的な成り立ちを、初心者にも分かりやすく解説した入門書である。著者は長年、東京都立大学(首都大学東京)で教鞭を執ってきた地形学者で、活断層の専門家でもある。

本書はNHKラジオ第2放送のカルチャーラジオ「科学と人間」で放送された内容に加筆して書かれた。富士山のみならず関東平野を含む日本列島の形成史が図版を交えて解説される。地球科学の基本概念であるプレート・テクトニクスを用いて説明されるので、地質に疎い読者にも概要がつかみやすいのではないか。富士山が「不二の山」となるには知られざる大地のドラマがあったのだが、文章の闊達な著者はコンパクトな新書一冊で見事に解き明かしてくれる。

さらに著者が日本列島を研究するようになった過程も興味深く語られるが、実は評者と研究機関で同僚だったことがある。通産省(現・経済産業省)所属の地質調査所だが、鉱産資源や地盤・地震・火山の研究で1882年(明治15年) に設立された国立唯一の地球科学研究所である。世界中に地質調査所(Geological Survey)という国家機関があるがいずれも国土基盤情報を統括している。

著者はここで地震を、私は火山を研究したあと大学へ転出したが、いま振り返ると地質調査所時代がもっとも研究に打ち込むことができたと思う。それは名誉教授になった著者も同じ思いをしていると思うが、いまの大学は研究・教育以外の仕事が多すぎる(「雑用」と言ってはいつも管理職に怒られる)。二人とも地質調査所でヒラの研究員時代がなければ現在の仕事は達成できなかったと思う。

では今なぜ、富士山が話題になるのだろうか?それには著者と評者に共通の関心が潜んでいる。というのは、現在の富士山は「噴火スタンバイ」状態にあるからだ。くわしく説明してみよう。

いまから約300年前の江戸時代に富士山は大噴火した。1707(宝永4)年の冬、山頂の南東に開いた巨大な火口からマグマが激しく噴出し、火山灰は横浜や江戸、さらには房総半島まで降り積もり関東一円に大きな被害をもたらした(「宝永噴火」と名づけられた)。こうした噴火は火山学で「プリニー式噴火」と呼ばれるが、本書83ページにそのメカニズムが説明される。

宝永噴火は断続的に半月ほど続いたが、それ以来富士山は地下20キロメートルに大量のマグマを溜め続けたまま不気味な沈黙を保ってきた。こうした状況を2011年3月11日に起きた東日本大震災が一変させた。東北地方を襲った巨大地震から4日後の3月15日、富士山の直下で地震が発生し、私を含めて火山学者はみな肝を冷やしたのだ。

というのは、マグマだまりの直上に「ひび割れ」を起こした可能性があるからだ。「噴火スタンバイ」の始まりである。幸い、噴火はまだ起きていないが、令和の日本列島で気になる近未来の三大災害の一つが、富士山噴火なのである。

最近、国を挙げて「南海トラフ巨大地震」への対策が叫ばれているのは皆さんご存じのことと思う。国の被害想定では、東日本大震災を超えるマグニチュード9・1、また海岸を襲う津波の最大高は34メートルに達する巨大災害だ。おまけに南海トラフは海岸に近いので、巨大津波が一番早いところでは2分後に襲ってくる。

その結果、犠牲者の総数32万人、経済的な被害総額は220兆円を超えると試算されている。南海トラフ巨大地震が太平洋ベルト地帯を直撃することは確実で、被災地域が産業や経済の中心であることを考えると、東日本大震災よりも1桁大きい災害になる。何と人口の半分近い6000万人が深刻な影響を受けるのだ。その発生時期は、古地震やシミュレーション結果を総合判断して、西暦2030年代に起きると予想されている(つまり2035年±5年)。

こうした予測と富士山噴火は無関係ではない。地球科学には「過去は未来を解く鍵」という言葉があり、過去に起きた自然現象を調べることで未来の事象を予測する。それに従ってタイムスリップすると、1707年に起きた南海トラフ巨大地震(いわゆる宝永地震)のわずか49日後に富士山が大噴火した。

現代にあてはめれば、やがて起こる南海トラフ巨大地震のあとに富士山が噴火するというわけだ。詳しくは拙著『富士山噴火と南海トラフ』(ブルーバックス)を参考にしていただきたい。仮にいま宝永クラスの火山灰を撒き散らす噴火が起きると、ハイテク社会が受ける打撃は江戸時代とは比較にならない。具体的に見てみよう。

火山灰は東京に5センチメートルほど積もり、コンピュータや精密機器の小さな隙間にまで入り込みライフラインのすべてを停止させる。航空機も墜落の危険があるため羽田も成田も閉鎖されるのだ。富士山周辺だけでなく首都圏全域で、あらゆる機能が麻痺してしまうという予測である。

実は、富士山は昔から美しい円錐形だったのではなく、山が大きく崩壊し山頂の欠けていた時期が何回もあった。標高が高いということは、上部が不安定であることを意味する。よって、噴火や地震を引き金として、不安定な部分がときどき崩れるのだ。

これは「山体崩壊」と呼ばれる現象で、山麓を高速の「岩なだれ」が襲う。本書65ページに解説されている2900年前の大事件である。岩石と土砂が山麓を埋めつくし、逃げ遅れた人たちから多数の死者が出る。たとえば、1888年(明治21年)に福島県の磐梯山で起きた岩なだれでは477名が犠牲となった。

ちなみに、日本各地で○○富士と呼ばれる火山の麓には、必ず岩なだれの堆積物がある。たとえば、蝦夷富士(北海道・羊蹄山)、津軽富士(青森県・岩木山)、薩摩富士(鹿児島県・開聞岳)などである。

そして今から2900年ほど前、富士山の東斜面が山体崩壊した。この証拠が静岡県の御殿場市に残されており、東京の山手線が囲む広さの土地を厚さ10メートルの土砂が埋め尽くした。岩なだれの速さは時速100キロメートル以上と推定される。

富士山では過去に12回も山体崩壊が起きたことが分かっている。また、発生する頻度は5000年に1回と見積もられており、もし起きれば最大40万人が被災する可能性がある。

日本列島を理解するには、日常の時間軸ではなく何千年何万年という「長尺の目」で見る視座が必要である。著者もこうした視点で「リアス海岸」「関東平野」「活断層」の成り立ちを丁寧に説明する。

さて、富士山は2900年前に大崩壊をした後、再び溶岩が数100回もあふれ出し崩れた地形を徐々に埋めていった。均整のとれた現在の山頂ができあがるまでには、実に2000年以上もかかったのだ。

日本人は『万葉集』以後富士山の美しい姿を讃えてきたが、現在までの1000年間はちょうど運良く最も形の良い時期に巡り合わせてきたとも言えよう。日本の美しい自然は数千年から1万年という時間スケールで育まれてきたものばかりだ。富士山を初めとして美しい地形にも「賞味期限」があることを知りつつ、本書から日本列島の成り立ちを学び、豊かな自然と楽しくつき合っていただきたい。

富士山噴火と南海トラフ 海が揺さぶる陸のマグマ (ブルーバックス)

作者:鎌田 浩毅
出版社:講談社
発売日:2019-05-16
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鎌田 浩毅 1955年生まれ。東京大学理学部地学科卒業。通産省を経て1997年より京都大学大学院人間・環境学研究科教授。理学博士。専門は地球科学・火山学。テレビや講演会で科学を明快に解説する“科学の伝道師”。京大の講義は数百人を集める人気で教養科目1位の評価。著書に『富士山噴火と南海トラフ』(ブルーバックス)、『世界がわかる理系の名著』(文春新書)、『座右の古典』(ちくま文庫) 、『理科系の読書術』(中公新書)、『読まずにすませる読書術』(SB新書)。