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『アインシュタインの旅行日記―日本・パレスチナ・スペイン』天才物理学者が見た日本人と日本文化

鎌田 浩毅2019年11月2日
アインシュタインの旅行日記: 日本・パレスチナ・スペイン

作者:アルバート アインシュタイン 翻訳:畔上 司
出版社:草思社
発売日:2019-06-18
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ロケットが飛ぶのもエアコンを使えるのも大元の原理には物理学がある。現代社会の科学技術は全て物理で説明されるが、その根底を作った科学者の筆頭にアインシュタイン(1875-1955)がいる。

相対性理論を発表した物理学者としても有名だが、彼は1922年(大正11年)から翌年にかけて約1ヶ月半の間、妻エルザとともに日本を訪問したことがある。しかも彼は日本へ向かう船上でノーベル物理学賞受賞の知らせを受け取る幸運があった。

本書は旅行中にアインシュタインが書き残した日記や手紙類をまとめたもので、科学の世界に絶大な影響を与え続けている人物が当時の日本と日本人をどのように見ていたかを記した貴重な記録である。

日本滞在中の彼の印象は最初から最後まで非常に良く、

皮肉や疑念とはまったく無縁な純然たる尊敬の心は、日本人の特徴だ。純粋な心は、他のどこの人々にも見られない。みんながこの国を愛して尊敬すべきだ(187ページ)

とまで述べる。1922年と言えば大正デモクラシーの最中で、関東大震災が起きる1年前の我が国だ。 

アインシュタインは西欧技術の摂取に成功した日本人の能力を高く評価するとともに、日本文化が西洋に劣らず高い価値を持つことをもっと自覚すべきだと説く。

日本人は正当にも西洋の知的業績に感嘆し、成功と大いなる理想をめざして科学に没頭しています。しかし西洋より優れている点、つまりは芸術的な生活、個人的な要望の簡素さと謙虚さ、そして日本人の心の純粋さと落ち着き、以上の大いなる宝を純粋に保持し続けることを忘れないでほしいのです(236ページ)。

さらに、日光に滞在していた12月5日の日記ではこんな記述が見える。

日本人はイタリア人と気性が似ているが、日本人のほうが洗練されているし、今も芸術的伝統が染みこんでいる。神経質ではなくユーモアたっぷり(183ページ)。

その一方、物事の本質を追究する知的好奇心に乏しい日本人を心配する記述もある。

以前の日本人は、国内の南の島々のほうが北の島々よりも暑いのはなぜかを考えたことがなかったようだ。(中略)ここの国民は知的欲求のほうが芸術的欲求よりも弱いようだ(183-184ページ)。

本書では旅行日記以外の付録が充実し、彼が各地で行った講演原稿や手紙のやりとりが後半に掲載されている。ノーベル物理学賞の受賞を知ったアインシュタインはこう記す。

ノーベル賞を本当に受賞することになりました。(中略)残金はおまえたちの名義でどこかに投資するよ。そうすればおまえたちはとてもお金持ちになるから(239ページ)

と息子たちへ送った微笑ましい手紙が残っている。

アインシュタインは備忘録として残した日記を公表するつもりはなかったが、刊行されるやいなや天衣無縫な発言が世界中で物議をかもした。だからこそ、天才物理学者が日本文化と日本人を客観的に観察した得がたい文献とも言えよう。

2人の息子に宛てた手紙にこうした記述がある。

日本人のことをお父さんは、今まで知り合ったどの民族より気に入っています。物静かで、謙虚で、知的で、芸術的センスがあって、思いやりがあって、外見にとらわれず、責任感があるのです(238-239ページ)。

これを読んでHONZ読者の皆さんはどう感じられただろうか?彼が賞賛した我が国の良さが100年ほど経った現在、些かでも残っていることを切に願いたい。