伝説の編集者に会ってきた! ――出版に、希望を探して

塩田 春香2020年02月17日 印刷向け表示
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ラット・レースはなぜ起きる?

加藤:「冒険できなくなってる感」はたしかにある。ヒットを打てというサインが出るならまだいいけど、バッターボックスにたってもベンチからはバントのサインしかでないと、ヒットは打てない。つまり、上から現場に降りてくるのは、無難な企画というか前例を踏襲する企画、二番煎じ企画みたいなバントばっかりだと、得点は入らないでしょ。

もっとも、バッターもバッターで、ヒットが打てない人が多いのもある。プロ野球にたとえたら、再販制・委託販売制度のおかげで、出版社=球団の数は多いわ、選手=編集者も多すぎるのかもしれない。セ・パ両リーグで100チームくらいあって、1軍登録選手以外に、2軍以下10軍ぐらいあるかんじ。

今、年間に本は8万点くらいでてるはずだけど、1日の刊行点数は、単純計算8万÷365日で、220点。こんなに本が出てるって異常でしょ。一昔前、3万点でも多いといわれてたのに。そのなかで、版を重ねる本はいったい何冊あるのか。

なかには、セールス成績が悪かろうが、出版されるべき価値のある本はあると思います。でも、8万点すべてが、世の中に出るべき、少なくとも編集者や出版社が死にものぐるいで寝食も忘れて本気でだしたって本が、8万点の中にいったい何点あるのか。

二番煎じモノがたくさん出ていて、一見「それなりの本」に見えるけど、じつは守りに入っていて、まったくsomething newがない、つまり出す意味のない、出して即不良在庫になるクソおもしろくない本がたくさん出ているのではないか、という気がするんですよね。

塩田:それ、私もずっと考えていました。結局、業界全体が自転車操業で無理な予算や進行で質の低い本を量産してきたことが、身から出た錆というか、出版をつまらなくしてしまっているのかなと……。

最初に読んだ本がつまらなかったら、その人がそのジャンルの本を読まなくなってしまうのは無理もないと思います。

加藤:そうなんですよ。委託販売+再販価格維持制度のこの業界、出版社がなんでそんなに本をいっぱい出すのかというと、怖いから、ですよね。返品圧力と出荷圧力があって、戻ってくるまでの差が、いったん売り上げになる。ラット・レースだよね、車輪の中をぐるぐる回っているだけの。みんなわかってるけど、やるんですよ。

ヘタな鉄砲も昔は撃てた。それが、ネットが普及したりして雑誌の売り上げがこれだけ落ちてくると……取次のトラック配送、あれは雑誌を全国津々浦々まで届けるための鉄壁システムだったわけだけど、その雑誌の流通網の上に書籍をのせていたから、安価な形で全国の書店さんに書籍も行き届いていた。それが、成り立たなくなってきた。

原点にかえると、納得いくものをちゃんとつくろうと。どんなジャンルの本であろうと「この本出てよかったよね」というものにこだわらないと。そういうつくり方をした本だったら、読む人はいるんですよ。

それ以外のテキトーなものって、たいていのものはネットで済んじゃうし。そこに文句を言ってもしょうがない。僕はもう、雑誌はネットに移行せざるを得ないと思っています。ネットのほうが便利なんだもん。

塩田:そうですね。……ただ、みんな本当は丁寧な本づくりをしたいけど予算も時間もなくて、やることはたくさんあるし、というのが今の多くの現場なんじゃないか、とも思います。業界自体も過渡期というか、書店が文具や雑貨を多く扱ったり、ブックカフェになったりするのも、本を売るだけでは成り立たちにくくなっているのかなと。

加藤:……難しいけど、根本的に「本」という商品の原価構造を変えるべきだよな。少なくとも、書店の「取り分」というか、1冊売って2割は、利が薄すぎる。ネットのない時代は、返品できる商品で、しかも売れていたからよかったんだけど。

情報を扱う商品の中で、本という商品の位置が変わったから、流通構造、原価構造もこれまでのようにはいかないような気がする。

塩田:冷静に考えると、誰かの一生分の研究成果を3000円で知ることができたらめちゃくちゃ安いと思うんですけど、「本で3000円は高い」という感覚があるように思います。

加藤:1964年(昭和39年)のオリンピックの年、新宿の紀伊国屋書店の本店ビルが竣工したのもその年なんですが、当時の書店はもうかっていた。本が売れていたのもあるけど、当時の2割の利幅は大きかったんじゃないか、と。遠藤周作さんとか小説がみんな函入りのハードカバーだったけど、函入りの本が、たぶん500円前後くらい。当時の500円って高かった。ラーメンは当時、60円くらいだから……。

いまラーメンは10倍くらいの値段になってるけど、本はなっていない。ラーメン並みの値段になったとすると、遠藤周作さんの函入りの単行本『沈黙』は、いまの物価でいえば5000円くらい。当時の本屋さんがもうかったのって、本は高かったんです、ちゃんと。

さらに高度成長期は、単価が安くてもロットがどんどん右肩上がりで増えることで出版は成長できた。今は部数もだだ下がり。でも、ライバルのネットがゼロ円だったりするから、雑誌や本の値段は上げにくい。そんな構造上の問題がある。

話がまとまらないけど、塩田さんが手掛けているポピュラー・サイエンスの世界は「勝ち目」があると思うな。……たとえば、朝永振一郎の『物理学とは何だろうか』とか、今年ノーベル賞効果で売れたファラデーの『ロウソクの科学』とか、名著じゃない。

もし講談社が潰れるとか他社と合併になってデューデリジェンスやるとしたら、資産価値が最も高いのはブルーバックスだと僕は思ってる。高校生の頃、『マックスウェルの悪魔』とか『タイムマシンの話』とか読んだな。

物理学とは何だろうか〈上〉 (岩波新書)
作者:朝永 振一郎
出版社:岩波書店
発売日:1979-05-21
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ロウソクの科学 (岩波文庫)
作者:ファラデー 翻訳:竹内 敬人
出版社:岩波書店
発売日:2010-09-17
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新装版 マックスウェルの悪魔―確率から物理学へ (ブルーバックス)
作者:都筑 卓司
出版社:講談社
発売日:2002-09-20
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タイムマシンの話―超光速粒子とメタ相対論 (ブルーバックス 170)
作者:都筑 卓司
出版社:講談社
発売日:1971-04-24
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目標は虎屋? 

塩田:稼ぐという点では、身も蓋もない話になりますが、大手出版社や新聞社も、じつは本業ではなくて不動産で稼いでいたりしますよね。先ほどのブックカフェの話ではないですが、がんばっていいものをつくったとしても、もう出版社が紙の本の出版だけで稼いでいくのは難しいのかも?と思ってしまうこともあります。

加藤:虎屋がエラいのは、よく考えたらただの小豆や砂糖(和三盆)をかためた菓子だけど、それを高価格で、贈答品としての定番の地位を固めた素晴らしいものをつくっているところ。

福音館とか絵本や児童書の出版は、何十年ものロングセラーになってる定番絵本の重版で手堅くやっているし、医学書も高価格販売して成り立ってるし、虎屋を見習ってさ、そういうシステムをほかの書籍のジャンルでもつくることは、できなくもないような気がするんだよな。みすず書房の開闢以来の大ヒット、『21世紀の資本』って、たしか5000円くらいしたんじゃなかったっけ。

21世紀の資本
作者:トマ・ピケティ 翻訳:山形浩生
出版社:みすず書房
発売日:2014-12-06
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 塩田:『トヨトミの逆襲』を読んで思ったんですが、これに登場するトヨトミ自動車という会社は、愚直にものづくりをする会社。それに対してワールドビジョンという会社は、ライドシェアや自動運転など、まったく別次元で未来をつくりかえるようなビジョンをもっていますよね。すごいなと思って。

今のところ出版業界は、前者の「愚直なものづくり」だと思います。そうでありたいと思う反面、もっとみんなが幸せになるような全然違う出版のあり方もあるんじゃないかと。

加藤:世界的な視野に立つと、日本はアニメやコミックが圧倒的に強くて、長いトレンドで見た場合、講談社とか小学館や集英社は総合出版社の形をとりながら、ディズニーとかマーベル(ディズニー傘下のアメリカの出版社)化していくような気がする。

エンタメとキャラクタービジネスで、日本ではKADOKAWAがやっぱり進んでいるよね。コンテンツメーカーとして角川春樹さんは天才だけど、総合力というかメディア経営者として角川歴彦さんもすごい。未来が見えている気がする。

いろんな会社をM&Aすることって、出版業界以外の産業界ではとっくのとうに常識じゃない。出版界では非常識でもM&Aを戦略的に駆使して、会社を変革して、ダイバーシティを生み出している。dマガジンのプラットフォームだって、KADOKAWAとNTTドコモがつくったわけでしょう? いろんな手を打っていて、変わるスピードも速いですよね。

塩田:でも、変え方を間違えると、会社はつぶれる。そこの舵取りはきっと難しいですよね。出版社は、将来的にマルチビジネス化が必要なんでしょうか?

加藤:いや、そこはデパートじゃなくて、ブティックみたいにさ。たとえば福音館みたいに児童書という特異分野に特化して経営するところとか、単価の高い医学書とか、方法はある。

ただ、出版社も、変わらなきゃ。虎屋だって、羊羹つくってるだけじゃなくて、カフェやってみたり、変化してチャレンジして、高級ブランドの多角化に成功している。出版だって、もっと高い本をいっぱい売るための知恵をしぼるべきなんだよ。

まず、常識を疑う

塩田:手をかけた本には中身に見合った価格設定をしたいですけど、値段を上げることには、怖さというかハードルの高さを感じます。

加藤:瀧本哲史さんと『僕は君たちに武器を配りたい』ってハードカバーの本をつくったとき、同じ瀧本さんの著書で『武器としての決断思考』って星海社新書と同時発売したんですよ。新書の方は、光文社から星海社に移った柿内芳文さん――『さおだけ屋はなぜ潰れないのか』(光文社新書)とか手がけた天才編集者だけど、彼が「本来の新書をつくろう。高校生とか大学生とか、次世代の人たちの武器になる、つまりリベラルアーツの入門書を配ろう」としたんだよね。

それで、瀧本さんと柿内さんと僕と3人で話して、2冊同時発売することに決めた。でも、営業は猛反対。『僕武器』は定価1800円、新書の『武器決』は820円。そんな安い本と高い本、同じ著者で同時発売したら、高い本が売れるわけがないじゃないかと。

でも、両方売れた。『僕武器』が11万部くらいまでいって、『武器決』は25万部越え。『武器決』があったから、『僕武器』も売れたんだと思う。

塩田:相互作用で、高めあった……。

加藤:そう。『僕武器』はハイエンド商品で、瀧本理論の総論というか、著者デビューした瀧本さんのマニフェストみたいなもの。『武器決』は廉価な新書で、瀧本理論の各論というか実践編。当時、販売畑出身の優秀な講談社の社員が、星海社に出向して社長になっていて、彼が2つの本の販売戦略を俯瞰的に見てくれた。

非常識と言われることをやったわけだけど、戦略というか、勝つ根拠ってあると思うんですよ。それは勝ったから言えることかもしれないけど。もちろん両方とも完成度の高い、いい本だったから。

あと、デザインも大事。『僕は君たちに武器を配りたい』は、吉岡秀典さんって祖父江慎さんのお弟子さんがデザイナーで、これね、その表紙。ヘンでしょう? この小さい方の文字がタイトルですよ。横の大きい字は、本文の書き出しの部分。これ、週刊誌の手法ですよね。週刊誌って、表紙にいっぱい内容の文字をのせるでしょう? 

塩田:たしかにこれは……「どれがタイトルかわからなくて読者が混乱する」とか、反対されそう。

加藤:でも、これは奇をてらったわけじゃない。本文の頭が強いから、これをここにもってきたのは、平済みされたら、まさにそのまんま、ためし読みできるわけで大正解。雑誌みたいに、表紙にためし読みを入れたってこと。

塩田:「書籍はこういうもの」という常識を、まず疑った、と。

加藤:そう。これ、勝負してるんですよ。闘いに行ってるんです。

僕は君たちに武器を配りたい エッセンシャル版 (講談社文庫)
作者:瀧本 哲史
出版社:講談社
発売日:2013-11-15
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武器としての決断思考 (星海社新書)
作者:瀧本 哲史
出版社:講談社
発売日:2011-09-22
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 正義は、強くなきゃいけない

塩田:常識といえば……10年以上前ですけど、私もいまの会社に転職してきたとき、理系の本といえば数学や物理が王道というか会社の売れ筋で、私は生物の本をつくりたくてそういう企画を出したんですが、「生物の本は売れない」という見方が社内で一般的でした。

でも、出してみたら売れたんですよね。『クマムシ?!』とか『ハダカデバネズミ』とか。『クマムシ?!』は刊行日前に重版になって、海外で翻訳もされているし。

クマムシ?!―小さな怪物 (岩波 科学ライブラリー)
作者:鈴木 忠
出版社:岩波書店
発売日:2006-08-04
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加藤:それ、なぜ負けなかったと思いますか?

塩田:……「自分はこういうものが読みたい!」に徹底的にこだわって一所懸命つくった、とは思います。ハードルは多かったけど、本来できないことを協力してくれた他部署の人たちもいて。ただ「あちこち巻き込んだ挙句に売れなかったら」ってプレッシャーは、かなりきつくて。でも日和って中途半端にしたら誰にも届かないので、やるなら顔面強打レベルで失敗しても自分で引き受けるしかないと。

加藤:僕は、塩田さんの「こういう内容が大好き」という気持ちが強くて、根性があって、それが本に生きたからだと思いますね。

あと、常識の逆張り。いままでの人から見たら「何やってんの?」になるから、ちょっと勇気がいるけど、「好きだ」っていう情熱は、文章とか構成とかデザインとか、あらゆるところに効いてくる。本づくりって「売れ線だから」というだけで情熱が薄い人がやっても、同じ結果にはならない。

でも「根性があれば勝てるか?」というと、それだけでもない。たとえば、ノーベル生理学・医学賞を受賞した大村智さんは、研究者として優秀なのはもちろんですが、根性だけじゃなくて、経営的な戦略を練る頭もあった。アメリカの巨大なメルクって製薬会社を向こうに、体をはって金を引き出して共同開発者としての権利もとった。

そうやって自力でカネを生み出し、それを彼はアフリカに寄付もしている。大村さん、めっちゃカッコイイですよ。やっぱり戦略があった。正義は、強くなきゃいけないんだよ。

塩田:正義は、強くなきゃいけない……!

加藤:そう、大村さんは、いきなり人の薬の開発はめちゃお金もかかるし臨床試験などハードルが高いから、まず家畜の薬を開発して、それを人の薬にステップアップして、結果的に2億人を失明の危機から救った。やっぱりすごいし、彼は勝った。強かったから勝てた。大村さんは、努力と根性と研究者としての頭脳と戦略、それがあった。

大村智 - 2億人を病魔から守った化学者
作者:馬場 錬成
出版社:中央公論新社
発売日:2012-02-09
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塩田:あの、たしかに正義は強くあってほしいんですけど、強くない場合も多いんじゃないかと……。まじめでいい人ほど、体を壊したりメンタルを削られることが多いような気がします。

加藤:……ま、まだ時効じゃないかもなんで、小さな声で言いますが、ぼくはパワハラ前科があるから、あんまりエラそうに言えないんだけど……。会社でパワハラされてるサラリーマンに限らず、アカハラされる研究者とかもそうだと思うんだけど、自分の置かれた環境を当たり前だと思っちゃうんです。

たとえば、某有名な人材派遣の会社、あそこのワンマン社長はセクハラ大魔王で有名なのになぜかいまだに事件にならないから不思議なんだけど、そんなクソ会社でさえ、新入社員で入ると、そのセクハラ地獄が異常と思わない、ってか、「ふつー」なこと、我慢しなきゃダメ、みたいなことになったりする。

だから、組織のなかで一生懸命やっているのに削られ感のある人は、やっぱり外とつながったほうがいいよ。外の人とつながらないと、わからないよ。外の人とつながって、違う世界感、経験をもつと、閉じられた世界のおかしなその現状をどう変えればいいのか、突破すればいいかの助けになると思う。

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