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『地球に住めなくなる日』まであと?年、絶望するより行動を!

「気候崩壊」の避けられない真実

仲野 徹2020年4月27日
地球に住めなくなる日: 「気候崩壊」の避けられない真実

作者:デイビッド・ウォレス・ウェルズ
出版社:NHK出版
発売日:2020-03-14
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大阪大学医学部で病理学を教えている。使っている教科書は Robbins Basic Pathology(ロビンス基礎病理学)の原書、世界一の定番教科書である。そのうち一章がEnvironmental and Nutritional Diseases(環境と栄養による疾患)に割り当てられていて、トップが Health Effect of Climate Change(気候変動による健康への影響)だ。

かなり煽った書き方になっていて、以前は、ちょっとたいそうすぎるのではないかと思っていた。しかし、ここ数年の異常気象を目の当たりにすると、もっと強く書いた方がいいのではないかと考え直すようになってきている。そして『地球に住めなくなる日』を読んだ今、その感をいっそう強めている。

「世界の平均気温上昇を産業革命以前に比べて2℃より十分低く保ち、1.5℃に抑える努力をする」というパリ協定は2015年に採択されたものだが、すでにその目標達成はほぼ不可能とされている。だいじょうぶか、世界。第一部『気候崩壊の連鎖がおきている』では、すでに始まっているさまざまな気候変動の現状が述べられる。

大きく考え違いをしていたのは、産業革命以来の二酸化炭素排出のツケをいま払っていると思っていたことだ。化石燃料消費の約半分は、なんと、この30年ほどの間ににおこなわれたものである。我々の世代の責任は非常に大きい、いや、ほとんどが我々のツケなのだ。

第二部は『気候変動によるさまざまな影響』である。地球温暖化というと、海面上昇による水没や山火事の増加がよくとりあげられるが、それだけではない。病理学の教科書が大きく取り上げていることからもわかるように、我々の健康に及ぼす影響も甚大だ。

わかりやすいのは熱波である。気候変動により、平均気温が上昇するだけではなく、熱波が増えるのだ。すでに1980年と比較して、熱波の発生頻度は50倍にもなっている。1日に何千人もの命を奪う死の熱波が世界を覆うようになる。熱波で死ぬことがなくとも、心血管の病変や、呼吸器の病気は悪化する可能性が高い。

すでに日本でデング熱が見つかっているように、熱帯特有とされていた感染症が増加する危険性もある。毎年40万人もが命を落とすマラリアの流行地域になったりしたら大変なことになる。さらに、気温上昇により耕作可能地帯の砂漠化が進行し、穀物生産が低下し、世界中で飢餓が爆発的に増加する。まるで灼熱地獄ではないか。

もちろん水没も大きな問題だ。水没というと太平洋の小島というイメージがあるが、気候崩壊が引き起こす豪雨による洪水も世界を襲う。我が国でも大洪水が増えてきているが、中国の珠江デルタでは、毎年、夏になると洪水を避けて数十万人が避難しているという。それどころか、インドネシアの首都ジャカルタは、洪水と地盤沈下のせいで、早ければ2050年には水没するとされている。

海水面の上昇は極地の氷の融解による。パリ協定の草案が練られていた頃は、平均気温が数度上がっても南極の氷床はびくともしないと考えられていた。しかし、実際には、氷床の融解スピードが過去10年で3倍になっている。北極圏の氷は、はるかに急速に溶けているのは間違いないが、その速度を予測することはできていない。ただ、ひとつ確実にいえることは、地球の過去の歴史を見ても、これはどの速さで温暖化が進んだことはないという事実だ。

多くの面で、予想よりもさらに悪い方向に向かいつつある。そんな中、可能性は高くないが、もし起きたらとんでもないことになる崩壊もある。それは温室効果ガスであるメタンだ。北極圏の永久凍土は「永久」ではなく、すでに溶け始めている。そして、そこには1兆8千億トンものメタンが閉じ込められている。もし大量放出がおきたら、一気に温暖化が進んでしまう。

ほかにも、山火事、台風などの自然災害の増加、世界的な水不足、死にゆく海、大気汚染の影響など、気候変動によりすってでに始まりつつある危機が述べられる。もうひとつ、驚いたのは気候難民についてである。このままいけば、2050年には、その数が2億人にも達すると試算されている。とんでもない数字ではないか。世界はそれを受け入れることができるのか。

間接的な影響についてが第三部の『気候変動の見えない驚異』で、政治・経済への影響など『世界の終わりの始まり』について語られる。そして第四部は『これからの地球を変えるために』。

気候変動の脅威は、原子爆弾よりも全面的であり、徹底的だ。
   <中略> 
食いとめる手段を持っているのが自分たちであることを思い出してほしい。税制を使って化石燃料を急いで廃しする。農業のやり方を変え、牛肉や乳製品に偏った食生活から脱する。グリーンエネルギーと二酸化炭素回収への公共投資に力を入れるなど、やれることはたくさんある。

にも関わらず、対策が遅々として進まないのはなぜか。ひとつは、予測が正しいかどうかわからないからだろう。しかし、ここ数年の気候の変動からいくと、予測に誤差はあるとしても、崩壊は進みつつあると考えるのが妥当だろう。少なくとも現在までは、予想を上回る速度で進んでいることも頭にいれておかねばならない。

もうひとつ、恐ろしいことが書かれている。専門とする科学者たちが、どうしてもっと声を大きくして警告を発さないかの理由だ。

気候の未来図を正直に語りすぎると、人びとが絶望してしまい、危機を回避する努力をあきらめるのではないか。科学者たちはそれを心配するあまり、人を動かすのは「恐怖」ではなく「希望」だという社会科学の見解に都合良く飛びついた。

あまりに絶望的であるから沈黙を守っているというのだ。もし本当にそうなら、それこそ絶望的ではないか。

『2050年 世界人口大減少』によると、世界の人口は2050年頃に90億人でピークを迎え、減少に転じるという。このままいけば、 2050年、わずか30年語には、気候崩壊と人口減少のダブルパンチに襲われる。その時、地球は新型コロナウイルスどころではないダメージを受ける。新興感染症は予測できなかったが、気候崩壊と人口減少は予測できている。

『宇宙戦艦ヤマト』のエンディング、「地球滅亡の日まであと○○日」というフレーズを思い出してしまった。いますぐに対策を開始しないと、取り返しのつかない未来が待っている。
 

2050年 世界人口大減少

作者:ダリル・ブリッカー ,ジョン・イビットソン
出版社:文藝春秋
発売日:2020-02-24
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人類が初めて直面する人口減少。その時、世界はどうなるのか。読売新聞の「本よみうり堂」で書評を書いています。ぜひそちらもお読みください。