おすすめ本レビュー

『大陸と海洋の起源』

鎌田 浩毅2020年5月17日
大陸と海洋の起源 (ブルーバックス)

作者:アルフレッド・ウェゲナー
出版社:講談社
発売日:2020-04-16
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世界中で猛威をふるう新型コロナウィルスのため、評者が勤務する京都大学でも新学期は1ヶ月を超える休講から始まった。しかし、こんな時こそ部屋に籠もって科学の古典をじっくり読んでみたい。本書は世界で初めて「大陸移動説」を提唱した地球科学の古典で、後に「地球科学の革命」の起爆剤となった書物である。最初に大陸移動とは何かから説明しよう。

世界地図を広げると地球に関して様々なことが読みとれる。まずブラジル東部の凸部が、アフリカ西部の凹部と合うように見える。同様に南アメリカ東部とアフリカ西部の海岸の組み合わせが、ジグソーパズルにでもなっているかのようだ。

ドイツの地球物理学者アルフレッド・ウェゲナー(Alfred Wegener)は、この現象に対して科学的に着目した。大陸の縁がおおよそ合うことだけでなく、北アメリカ東部のアパラチア山脈が、大西洋を越えてスコットランドやスカンジナヴィア半島につながることに気づいたのだ。

たとえば、ヨーロッパ大陸とアメリカ大陸に産する約1億8000万年前より古い化石には、よく似たものがある。また、ウェゲナーは、その時期以降の化石には類似性がないことも明らかにした。

すなわち、1億8000万年前に想像できないような大異変が起きたというわけである。そして、現在の大陸は、かつての超大陸だったものが今でも漂っている部分なのだと、彼は大胆にも主張した。

もともとあった巨大な超大陸が分離して、それぞれが現在見られる5つの大陸になったという「大陸移動説」の提唱である。ウェゲナーは自らの想定した超大陸をパンゲア(Pangea)と命名し、こうした画期的な考えを本書『大陸と大洋の起源』に著した。

1915年に本書が刊行されるや否や大きな論争が巻き起こった。ウェゲナーのアイデアはあまりも斬新であったため、到底受け入れられるものではなかった。というのは、当時の主要な学説と権威を真っ向から否定するものだったからだ。

ウェゲナーは大陸移動説に反論を受けるたびに、新しいデータと議論を加筆し精力的に改訂した。亡くなるまで第4版まで刊行したことからも、いかに彼がこの大胆な仮説を世に出そうと努力したかがうかがわれる。

ウェゲナーは超大陸がかつて存在したことを示唆する地質学上の証拠を次々と提示したにもかかわらず、地球物理学者たちは大陸移動説を全面否定した。というのは、彼らは海底を構成する物質は非常に硬いものであると考えていたからだ。硬い大陸が同じように堅固な海底の上を移動するアイデアは、到底承服できるものではなかったのである。

実は、大陸が漂う現象を理解するには、何千万年、何億年という地質学的な時間の長さを考慮しなければならない。すなわち、非常に長い時間をかければ、岩石のように硬い物質も、ゆっくりと流れることが可能となる。これは「レオロジー」(rheology)という物質の変形と流動を扱う新しい学問だが、ウェゲナーの時代にはまだ不十分だった。

学界の権威たちが認めないにもかかわらず、ウェゲナーは自説を曲げなかった。彼は次第に同業者から変人扱いされるようになり、大陸移動説を支持する学者が皆無になった。そして半世紀ものあいだ地球科学の表舞台から姿を消すこととなる。

学問の世界から消えた大陸移動説は、後に劇的に復活する。状況を変えたのは科学者ではなく戦争だった。第二次世界大戦の副産物として開発されたソナーを用いて、海底の地形図が初めて描かれることになった。なおソナーとは船から連続的に音波を発生し、その反響を利用して物体を探知する装置である。

まず地震学者たちが、大西洋の底で延々と続く溶岩でできた山脈状の地形に注目した。海嶺と呼ばれている場所だが、数千キロメートルもの長距離にわたって特異な地震が発生していた。さらにくわしく調べると、海嶺から遠ざかるにしたがって、溶岩の年代が古くなることも判明した。

1963年、米国プリンストン大学のハリー・ヘス教授は、アメリカ地質学会で画期的な発表を行なった。海嶺に沿って地球内部から溶岩が噴出し、新しい海底を作っているという説を出した。噴出中心の海嶺から東西に新しく地盤が広がっていくという「海洋底拡大説」の提唱である。

海底に記録された地磁気の縞模様と、大陸に記録された古地磁気の極移動データから、海洋底が拡大して大陸が分裂したことが確実となった。その拡大中心が大西洋の中央で南北に連なる海嶺で、新たに岩板(プレート)が生産され左右へ押し出されていったのである。

ウェゲナーが思いついたように、北アメリカ大陸とヨーロッパ大陸は確かにつながっていた。今から2億5000万年ほど前、噴火とともに大陸が割れはじめると、間に水が入って巨大な海になった(拙著『地球の歴史』中公新書)。すなわち、海嶺の火山活動が、大陸移動の原動力だったのである。ヘス教授の唱えた海洋底拡大説の検証でもあった。

では、海底は無限に拡がっていくのだろうか。それに対してヘス教授は、海底の拡大と呼応するように海底は一方の端で消滅する、と考えた。具体的には、大陸縁辺部の近海で、海底そのものが沈み込んでゆくと彼は主張した。

彼の生前に評価されなかった大陸移動説は、1960年代以降おびただしい数の地球科学データが得られて復活した。具体的には、海底地形、地震、地磁気、熱流量などの膨大なデータが、ウェゲナーとヘスの仮説を次々と証明していったのである。こうしてウェゲナーは死んでからのちに、地球科学を大きく変えた。

実は、本書の成立には第一次世界大戦も深く関わっている。ちょうどウェゲナーが大陸移動に夢中になっていた頃、1914年の夏に勃発した第一次世界大戦は、彼の人生を大きく変えることになった。ドイツ帝国陸軍中尉として参戦した彼は、腕と首に大きな傷を負った。その結果、彼は前線を離れ、戦地での気象予報業務に従事せざるをえなくなった。

こうした戦時の負傷は、ウェゲナーにとって必ずしも不幸な事件ではなかった。療養期間に大陸移動の証拠を精力的に収集することに余念がなかったからである。その成果を1915年に『大陸と海洋の起源』の第1版として刊行した。

ちなみに、冒頭で新型コロナウィルスによって大学が休講を余儀なくされた話をしたが、科学の歴史では休業が世紀の発見を産むこともあった。

物理学者のニュートンは1661年にケンブリッジ大学に入学したが、当時のヨーロッパで猛威をふるったペストによってその4年後に大学が閉鎖されてしまった。23歳のニュートンは帰郷した1年ほどの滞在期間に、微積分学、光学、万有引力に関する三大発見のアイデアを得た。後に「奇跡の年」と呼ばれているほどで、天才には大学の休みはまったく痛手にはならなかったのである。

人生が予定どおりに進まなかったときに偉大な著作を残した人物に、マキャベリ(『君主論』)やダンテ(『神曲』)がいる(拙著『座右の古典』ちくま文庫)。長大な『史記』を記した司馬遷もそうかもしれない。本書を『プリンシピア』とともに、家から出られない時に(出られないからこそ)じっくり読める科学の古典として薦めたい。

プリンシピア 自然哲学の数学的原理 第1編 物体の運動 (ブルーバックス)

作者:アイザック・ニュートン
出版社:講談社
発売日:2019-06-20
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座右の古典 (ちくま文庫)

作者:浩毅, 鎌田
出版社:筑摩書房
発売日:2018-09-11
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