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『ホハレ峠 ダムに沈んだ徳山村百年の軌跡』最後のひとりが語る消えゆく民族史

東 えりか2020年6月6日
ホハレ峠;ダムに沈んだ徳山村 百年の軌跡

作者:大西 暢夫
出版社:彩流社
発売日:2020-04-22
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 岐阜県揖斐郡徳山村のダム建設は1957年(昭和32年)に計画された。村は水没するため、住民は集団移転地と移転補償金を手にした。ダムが完成し注水が始まったのが2006年9月。計画から50年後だ。

著者が東京から徳山村まで通い始めたのは1993年。廃村のはずが数世帯のお年寄りが暮らしていた。なかでも村の最奥、門入(かどにゅう)に住む廣瀬司さんとゆきえさん夫妻を頻繁に訪ねた。

昼間から酒を酌み交わし、季節の恵みに舌鼓をうつ。農業や山仕事など、毎年の作業を確実に繰り返すため、いつも何かすることがあり、休む暇なく身体を動かす。昔から営まれてきた村の暮らしを一緒に経験した。

だが司さんが亡くなると、ゆきえさんも村を出た。野菜も肉も買わなくてはならず、身体を動かすことがない。著者が訪ねるのを唯一の楽しみにして暮らしていた。問わず語りに聞き始めた「徳山村、百年の軌跡」が思いのほか面白く、ゆきえさんの話を基に取材が始まった。

徳山村でも辺鄙な門入で産声を上げたゆきえさんは1919年(大正8年)生まれ。小学校を卒業後滋賀県の紡績工場に就職する。

タイトルの『ホハレ峠』は集落から外に出るときに必ず通らなくてはならない場所。北海道の開拓団にいた司さんに24歳で嫁ぐときもこの峠を越えた。

なぜ北海道に行ったのか、なぜまた徳山村に戻ったのか。それは村を存続させるため、血族を絶やさぬために北海道の開拓地と故郷である徳山村に血縁関係を残していたからだ。婚姻や養子縁組を繰り返した家系図は複雑に絡まっていた。

著者は行く先々で関係者にめぐり逢い、血縁は次々に繋がっていく。それはかつての庶民が自分たちを守るために紡いだ壮大な叙事詩のようだ。ゆきえさんの死によって、この物語は終わりを告げる。まるで大西暢夫という語り部を見つけて安心したかのように思えてならない。(週刊新潮6/4号)

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ありがとう徳山村―増山たづ子写真集

作者:増山 たづ子
出版社:影書房
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 たぶん人生で一番泣いた写真集。ダムに沈んでしまう村を残すため、たづ子さんはピッカリコニカを片手に仲間を、風景を写し始める。情け容赦のなく壊されていく村の悲鳴が聞こえるようだ。

*人知れず消えつつある民俗・民族史の本をご紹介。

漂流 (新潮文庫)

作者:角幡 唯介
出版社:新潮社
発売日:2020-03-27
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 命からがら漂流から戻った沖縄の漁師は、なぜまた海に出て行方不明になったのか。その理由をさぐるうち、ある海人一族の物語が浮かび上がる。

オオカミの護符 (新潮文庫)

作者:小倉 美惠子
出版社:新潮社
発売日:2014-11-28
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 川崎の農家に代々伝わる一枚のお札。黒い犬は何をあらわし、何を守っているのか。ひとりのドキュメンタリ作家が追った、関東に広くに伝わる宗教儀式の謎。

ミドリさんとカラクリ屋敷 (集英社文庫)

作者:鈴木 遥
出版社:集英社
発売日:2015-05-20
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 湘南の町にひときわ目を引く、家の真ん中から電柱が突き出した不思議な家。そこに住む90歳の老女は神出鬼没にその家から出入りする。いったいこの家などうなっているのだ?と著者は聞き取り調査を開始する。不思議な一族に代々伝わる見事な建築工法に驚かされる。