「解説」から読む本

『合成テクノロジーが世界をつくり変える』生命・物質・地球の未来と人類の選択

編集部解説

インターシフト2020年7月2日
合成テクノロジーが世界をつくり変える: 生命・物質・地球の未来と人類の選択

作者:クリストファー・プレストン
出版社:インターシフト (合同出版)
発売日:2020-07-07
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人類は神になるのか?

遠い未来の地質学者が、私たちの生きる時代を調査したら、こんな結論に至るだろうーー「人類の影響による惑星規模の変化があった数々の痕跡が見つかる」。ノーベル化学賞を受賞したパウル・クルッツェンらは、こうした大転換に、「人新世」という新たな地質年代を名づけることを提唱した。

本書は、人類の及ぼす惑星規模の変化を、テクノロジーの面から探究する。今や人類は、自然の仕組みの最も奥深くまで手を延ばし、それをつくり変えようとしている。原子・遺伝子・生命・種(しゅ)や生態系・人類自身・気候に至るまで、思い通りに設計し合成(人工化)しようというのだ。

こうしたテクノロジーによる変化は、気候変動や環境破壊などとはまた違った様相を示している。気候変動などは人類が意図したわけではなく、産業・経済活動による意図せざる結果だった。しかし、合成テクノロジーは違う。はじめから明快な狙いをもって、万物をつくり変えるのだ。人類が神の領域へと参入する、「合成の時代(シンセティック・エイジ)」「変成新世」の到来である。

とてつもない可能性と危うさ

原子・分子を操作して、新次元の物質をつくる技術は、ナノテクノロジーとして知られている。多くの分野で開発が進んでいるが、特に興味深いのはIT、環境、医療といった先端領域での活用だ。たとえば、原子をデバイスとした超高速ナノコンピューター(ナノエレクトロニクス)、クルマや壁などに塗装できる微細な太陽電池、金ナノ触媒を用いた人工光合成、がん細胞まで抗がん剤を運び放出するナノ投薬などなど……。

ナノ物質は身近な日用品(衣料から化粧品、健康食品まで)にも広く利用されている。にもかかわらず、人体や環境に及ぼす影響については、まだ不透明なところも多い。EU法では域内で販売されるナノ材料入りの化粧品や食品などには、ラベルへの記載が義務づけられている。一方、アメリカや日本などには表示義務がない。

その意味で、ナノテクの限りない可能性と危うさを示すのが、「ウェット・ナノテクノロジー」や「ナノバイオ工学」だ。たとえば、遺伝子改変ウィルスが作成し細菌が育てたナノワイヤーを利用するまったく新しい高出力の生物電池がつくられている。こうした動向は、生命のように自己複製し、エネルギーの自己調達ができるナノボットへと進むだろう。人間が入り込めない汚染された場所でも、ナノボットが浄化してくれるようになるかもしれない。一方で、自己増殖するナノボットが制御できずに暴走しはじめたら、一挙に環境が破壊される。また技術的にも、さまざまな課題(「べたつく指」「太い指」問題など)を抱えている。

「生命・自然」ー「人工・技術」の境界が消えて

生体におけるナノスケールの操作は、ゲノム編集、代謝工学、合成生物学などに活かされている。すでに有用な遺伝子パーツが「バイオブリック(生体れんが)」として登録・公開され、研究者は自由に利用できる状況だ。こうしたバイオブリックを生きた細胞に組み入れ、独自の生物学的デバイスを設計する合成生物学の大会(iGEM)まで開かれている。

この分野の先駆者であるクレイグ・ヴェンターのチームは、細菌の完全合成ゲノム(必要不可欠なミニマルな遺伝子数に加工した)を細菌宿主に挿入・起動させて、史上初の「デザイナー生物」を創造した。目指すのは、こうした合成細胞が生物工場の作業場となることであり、巨大な商機をもたらす。現に製薬、農業、環境・エネルギーなどの大手企業、DARPA(米国国防省の研究部門)などが、ヴェンターの企業と提携し、開発を進めている。

合成生物学も大いなる可能性とリスクを併せ持つが、とりわけ私たちを当惑させるのが、「生命・自然」ー「人工・技術」という境界を取っ払うことだ。自然選択による進化という鎖を断ち切った生命体が、コンピューターで設計され、化学合成によって誕生する。人類は新たな自然の創造主となることをどこまで許されるのか? その問いは、「自然環境・生態系の人工化(ポストナチュラル)」によってさらに深まっていく。

環境思想の大転換

気候変動のせいで、さまざまな動物が従来の生息域を離れ、より適応できる場所へと脱出している。サンゴ礁や植物なども、より低温域へと動いていることが分かってきた。それでも、素早く移動できない、あるいは移動しにくい種(しゅ)も多い。放っておけば生き残れなくなるこうした生物を救済するために、「管理された移転」が行われつつある。人間の手によって、特定の生き物をより適応しやすい環境へと移転させる方法だ。

また、気候変動に耐えられる有利な遺伝子をもつ個体を選び、元の生態系で増やしていく「進化補助」も実践されている。そんな人間による自然への介入は、「遺伝子ドライブ」によってさらに加速する。たとえば、暑さに強い遺伝子を個体の生殖細胞に挿入するなどして、生態系のなかに放ち、遺伝子を野生の環境で広げていく(あるいはマラリア感染源となるメスの蚊が繁殖できない不妊遺伝子を広げ、蚊の集団を壊滅させる)。

SFみたいだが、ゲノム編集が進めば絶滅した種の復元も夢ではなくなる。じっさい、絶滅した動物(ブカルドというヤギの一種)の復元実験がすでに行われている。マンモス再生の研究も進んでおり、さらにはネアンデルタール人の復活まで話題になっているほどだ。もちろん、こうした自然への極端な介入には倫理面での抵抗があり、大きな論争を巻き起こしてもいる。

しかし、「管理された移転」や「進化補助」といったより穏やかな方法はどうなのか? そもそも「手つかずの自然」など、もはや地球のどこにもないのでは? あるいは、こうした思いじたいが、先住民たちによる自然の変容を忘却した白人植民者による幻想ではないのか? 

こうした問いかけは、もはや手つかずの自然を「守る」のではなく、自然を「管理し、再構成する」というエコモダンな環境思想を育んでいく。また、管理された自然のなかで「再野生化」を図るヨーロッパの流儀や、外来種などによって絶えず変化する「新奇な生態系」という概念を通して、自然の意義を見直す「ニューワイルド」も注目される。

生命・物質・地球の未来がかかる選択

地球環境を変えた温暖化を抑える対策は、各国の足並みも揃わず、なかなか前へ進まない。また、たとえ二酸化炭素などの排出削減に今から取り組めたとしても、「もう間に合わない」という識者の声も強い。そこで期待されるのが、気候を改変する「気候工学(ジオエンジニアリング)」だ。

たとえば、降り注ぐ太陽光を反射し、温暖化をやわらげる(太陽放射管理:SRM)。二酸化炭素を大気中から捕集する(二酸化炭素除去:CDR)。ほかにも、さまざまな方法が研究されているが、環境への未知の影響、社会的・国際的な合意の難しさなどの問題を抱えている。とはいえ、こうした研究は国家や有力な企業家(ビル・ゲイツやリチャード・ブランソンなど)の支援により、本格化している(ちなみに中国では「天河計画」と呼ばれる史上最大の人工降雨プロジェクトを検討中)。

とりわけ期待されるのが、二酸化炭素除去とバイオ燃料の組み合わせ(BECCS:バイオ燃料で排出されたCO2を回収・貯留する)であり、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)も、国際社会が取り組むべき切り札としている。わが国では環境省が工場などから排出される「二酸化炭素の回収・有効利用・貯留(CCUS)」事業を推進し、2022年をめどに関連技術の確立を目指している。

本書が注目する改変技術は、急速に進展しているにもかかわらず、その実態は一般市民には余り知られていない。なかには私たち自身が「人工人類」となるようなテクノロジーさえ含まれるのに、である。かかっているものは、生命・物質・地球の未来であり、とてつもなく大きい。

どこまで研究開発を進め、どこでとどめるべきなのか? とどめる一線があるとすれば、その指針は何か? 市場の成り行きや一部エリートに委ねない判断・選択が求められるだろう。そのためには、オープンな情報公開や民主的な熟議が欠かせない。本書が最も強調するのも、まさにこの開かれた姿勢であり、その土台となる見取り図を分かち合うことにほかならない。

……変成新世の幕開けにおける各種テクノロジーが、前例のない倫理的精査を求められるほど強力であることを示している。自然とテクノロジーとの関係について、真剣に考えることが大事になる時期があるとすれば、それは今だーー(本書より)