自分の携帯番号を公開し、悩める誰からの電話でも受け止める人物がいる。その「いのっちの電話」で2万人の声を耳にしながら、「坂口医院0円診察室」を開設! 「0円ハウス」の次はこう来たか。コロナ禍でどうも気落ちしがちなあなたへの応援歌になるやも。読んで損なし、0円で気持ちが楽になる一冊を紹介したい。
あの坂口恭平さんが、なんだか奇天烈な本を出したらしい。
そう、1978年、熊本生まれの坂口恭平さんを知ったのは、2004年に出された路上生活者の住まいを伝える『0円ハウス』の本だった。「建築学科卒ということは建築家なのか? こんな視点を持っているなんてどういう人なんだろう」と感嘆していたら、その後続々と、ルポに画集、おまけに小説は書くわギターを片手に弾き語りをする場に遭遇するわでその多才なこと半端ない。最近の料理本なんぞ、美味しそうでいてどこか懐かしい、そんな料理の絵が満載であった。
東日本大震災後に、「新政府初代内閣総理大臣」を自ら名乗っていたことを記憶している人も多いことと思う。残念ながら新政権樹立にはならなかったが、日本人の多数が支持すればそれは原理的にはありうるわけだ。当初はなんだそりゃ、と思ったものの、自分の頭の固さを柔らかくしてもらって、民主主義の原点に立ち返ることができた。そんな精神的な革命を促してくれる発想がなんともおもしろくて、その後の著作をいつも楽しみに待つようになった。
一方で、躁鬱病を公言し、その対処法をS N Sでも発表することで、多くの悩める人の支えになっているのも坂口さんで、そのなかでも一番驚くのは「いのっちの電話」活動だ。実際に自身の携帯番号を公開し、これまでに2万人の声を拾ってきたという。実際に坂口Twitter(「坂口恭平」@zhtsss)を見ると、「これから打ち合わせなので電話に出られません」などとあり、本気で電話を取っている様子が伝わってくる。
人物像については、何人かの方が既に書かれているこちらをお読みいただくとして、本書は、そんな坂口さんが、ご自身のこれまでの病状や、「いのっちの電話」を受けるまでの自分なりの「薬」を見出すまでの道のりを伝えたあと、2019年に実際に行われたワークショップを土台にしつつ、電話でどんな悩みを受け止め、どんな返事をしてきたか、22通りを紙上公開している。
道のりを紹介する「ステージ1=オリエンテーション」の後に、診療室を患者が訪れるかたちで、「ステージ2」のこの「ワークショップ【診察】」に入る。ちなみにステージ3は最良の薬とは何かをまとめた「まとめ」、ステージ4はあとがきにあたる「非日常につける薬」だ。
このオリエンテーション、いちばんの薬となる、坂口医院長が見出した方法論は、毎日のルーティンの確立だ。詳細が大切なので実際にぜひ読んでいただきたいが、この円グラフで全体がわる気がするのでお借りしてみた。
原稿を書くことに集中すること、一日のうちでいちばん体力のある朝の時間に書くこと、継続を可能にすること、その結果、原稿執筆で充足感が出るため残り一日を落ち着いて過ごせるようになる。このあたりが、大きな「薬」の作用のようだ。「落ち込み」をなくすことが、日課という薬の効能なのだ。
私が大いに共感した悩みをひとつ、抜粋しつつご紹介しておこう。
私の悩みは、くだらないというお叱りを承知で書くと「二度寝」だ。能天気なやつだと思われるかもしれないが、ステイホームライフでは毎日のスケジュールを台無しにするし、元気の出ない日は、この二度寝が三度寝四度寝にもなりかねないので、侮れないのである。8時に起きる必要がある時は7時半に目覚ましを鳴らし、その30分の二度寝タイムを楽しむのも大好物なのだが、単に寝不足を加速するだけの結果にもなりがちだ。
これに対しても回答がなされている。と、そこは我田引水で、正確には二度寝がテーマではないのだが、コロナ禍のステイホーム中には、きっぱり起きられない、時間を守れなくなった、やる気がわかない、などなど愁訴を訴える人に共有できる悩みだと思う。
それが3人目の舞台女優さん、41歳の方の悩みへの返事だ。
悩み自体は、気分のアップダウンが激しく、日常生活に支障が出てしまうという点だ。
と、こんな風に、帰宅がひとそれぞれなら、就寝もそれぞれ。診察でそれぞれに適した時間も考えていく。この後の坂口さんの返事は、私にはアンダーラインものであった。
なんでこんな返事をできるんだろう? とまだまだ坂口さんの言動については未知数なのだけれど、この本の真骨頂はこの22人に対する「診察」にある。幸せの形は共通で単純だけれど、不幸のかたちは人それぞれ千差万別、などと書いたのはロシアの文豪、チェーホフだったか。孫引きの孫引きなので出典はもはや不明だが、受けた2万人の電話には2万通りの悩みがあるのだろうと思う。
とりあえずこの一冊に限っていえば、「どうしても他人と自分を比較してしまう」「勝手に声が聞こえてくる」「たまに死にたくなる」「食べることをやめられない」「集中できない」「いつも辛いと感じる」「お金がない&収入がない」「自分の意見がない」「人との距離感が取れない」「人間関係が難しい」「誰に対してもよく思われたいと思ってしまう」「自分のお店をやりたい」「周りの人がみんな嫌い」「悩みがない」などなど、もしかすると「人間の悩み」を丸ごと解決してやろうという野望の一冊ではないかと思える。
医者でも専門家でもないからこその悩み相談、悩みはそれぞれで回答もそれぞれ。心の処方箋として丹念に読んでいくと、なんだか穏やかになり爽やかさを感じるので、こもりがちでちょっと辛い人にこそ、今お勧めしたい。