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進化の実験場たる都市──『都市で進化する生物たち: ”ダーウィン”が街にやってくる』

冬木 糸一2020年8月27日
都市で進化する生物たち: ❝ダーウィン❞が街にやってくる

作者:スヒルトハウゼン,メノ
出版社:草思社
発売日:2020-08-18
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 通常、都市というのは人間以外の生物にとって一般的に良い環境とは思われていないだろう。緑や自然を切り開き、種の多様性を減少させる、必要悪的な存在である。野生の生き物たちの居場所は、都市から離れた自然豊かな世界中にあるのであって、都市ではない。

だが──、実はそうした都市の中には、むしろ「都市だからこその」生態が広がっている、と主張し、その概観を眺めていくのがこの『都市で進化する生物たち』である。進化は人が猿から進化していったように、何十、何百万年といった時間をかけて変化していくものだと思われていると思うが、実際には世代交代の速度が早ければ変化は数年、数十年といった短い単位でも現れる。ガの200世代は100年未満であり、それだけの期間があれば自然選択は十分効果を発揮する。歴史の浅い人間が作り出した”都市”の中でも、動植物は独自の進化を遂げているのだ。

ロンドンチカイエカ

たとえば、ロンドンの地下鉄のトンネルに住むカは、地下鉄の路線それぞれによって異なる遺伝的特徴を備えている。差異は遺伝的なレベルだけでなく、生態レベルから起こっている。たとえば、通常はヒトではなく鳥から吸血し、大きな群れとなって交尾し、冬眠を行う。が、地下鉄のカは、通勤者の血を吸い、交尾のための群れを形成せず、冬眠せずに年間を通して活動する。つまり、活動期間から交尾活動、栄養補給の方法まで何もかもが都市用に変わっているのだ。

 さらに、このカの事例がもしすでに例外的でないとしたら、どうだろうか? もし地下鉄のカが、人間と人間が創り出した環境に接触をはかる全植物および動物種の代表例にすぎないとしたら? 地球の生態系に対するわたしたち人間の支配力が非常に揺ぎないものとなった結果、地球上の生命が、全面的に都市化していくこの惑星への適応手段を進化させる過程にあるのだとしたら、どうだろう? わたしたちがこの本で取り組むことになるのは、このような問題である。

大規模な巣を作って環境を改変することで他の生物に影響を与えるアリのような生物を「生態系工学技術生物」といい、アリと共生する昆虫のことを好蟻性昆虫といったりする。その定義でいうならば、目下のところ人間こそが最も巨大な生態系工学技術生物であり、人間が生み出した環境、ニッチに適応して生きている生き物たちは、好人生物と呼んでもいいのかもしれない。

都市に適応した生物たち

そうはいっても、ロンドンの地下にいるカのような例が僅かにあるだけなんじゃないの? と思いながら読んでいたのだけれども、読み進めると、思いのほか多くの生き物が都市に適応していることがわかってくる。たとえば、わかりやすい例にサンショクツバメの翼の長さがある。

1980年代から2010年代までの30年に渡って、サンショクツバメの翼を計測し続けたデータによると、生きているツバメの翼が10年に約2ミリメートルの割合で短くなっていることがわかった。一方、2010年代までに道路際で死んでいたツバメの翼は、元気に飛び回っているツバメの翼と比べると、約5ミリメートル長かった。さらに、この期間で交通量は増加し、交通事故の圧力は増していたにも関わらず、死んだツバメの数は90%も減少している。おそらく、向かってくる車を避けるのに舗装路面から垂直に飛び立つのに都合が良い短い翼を持ったツバメが生き残ってきたのだろう。長い翼を持つツバメは逃げ切れず、遺伝子プールから排除されたのだ。

また、ニューヨークで暮らすネズミは公園ごとに遺伝的な特徴を持っていることもわかってきている。たとえばセントラルパーク公園のネズミは、長距離を移動しないので基本その周辺で繁殖し、生涯を終える。そのため、彼らはカビの生えたナッツなどに発生する菌が生みだす発ガン性物質を中和する役割を持つ遺伝子(AKR7)や、高脂肪食の処理に関連する遺伝子(FADS1)を持っていて、都市というよりも公園レベルでの特徴を際立たせている。

都市は夜も煌々と街灯が光っているものだが、そこに群がっているガなどの虫を見たことがあるだろう。普通に考えたら、光に集まる習性は虫に良い結果をもたらさない。捕食者の標的になるし、熱で死んでしまうことだってある。つまり、都市での生息期間が長い虫は、光に集まらないような特性を持ったものの方が残りやすいのではないか。まさにその実験を行ったスイス人研究者フロリアン・アルタマットによると、『田園のガの40%が真っすぐに灯りに向かって飛んで行ったのに対し、都会のガで同様の行動を示したものはわずか25%ほどであった──残りのガは放たれた場所にそのまま留まった。』という。もう何十年かしたら、灯りに群がるガという光景をみることもなくなるのかもしれない。

おわりに

注意しておきたいのは、著者は別に、都市には都市なりの生態系が存在しているから、世界を都市化してもかまわないとか、都市以外の生物多様性を気にしなくても大丈夫だといっているわけではないということだ。『都市とは、進化を強力に推し進める拠点でありながら、多様性の大いなる喪失が生じる場所でもあるのだ。』というように、適応できた動植物の裏で、何倍もの動植物が失われている。ただ、そこに都市ならではの生態系が育っているのも確かであり、本書はその様相をしっかりと描き出してくれる。本書を読むことで、都市の生き物を見る目が(ありふれたスズメやハトやカラスでさえも)大きく変わることだろう。