おすすめ本レビュー

『2016年の週刊文春』個人的2020年のベスト・ノンフィクションはこれ!

首藤 淳哉2020年12月17日
2016年の週刊文春

作者:柳澤健
出版社:光文社
発売日:2020-12-15
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文藝春秋は、「文藝」と「春秋」がくっついた会社だとよくいわれる。もちろんこれはふたつの会社が合併したということではない。文藝は文字通り文芸作品のこと、春秋は日々の出来事が積み重なった年月を指す。文藝春秋という会社は、文芸と日々の出来事を追うジャーナリズムとがくっついた会社なのだ。

「春秋」の大きな柱が『週刊文春』であることは誰もが認めるところだろう。いまや飛ぶ鳥を落とす勢いの『週刊文春』だが、実は部数は最盛期に及ばない。にもかかわらず、その存在感は他メディアを圧倒している。その秘密はどこにあるのか。

本書は、花田紀凱と新谷学というふたりのカリスマ編集長を軸に、創刊から60年を超える『週刊文春』の歴史と文藝春秋100年の歴史を描いたノンフィクションである。人物ノンフィクションとしても、出版メディア論としても抜群におもしろい。文字通り寝食を忘れて一気読みしてしまった。

花田紀凱と新谷学。両氏についていまさら説明の必要はないだろう。
花田氏は1942(昭和17)年生まれ。一方、新谷氏は1964(昭和39)年生まれ。
どちらも『週刊文春』の歴史に確たる足跡を残した名編集長である。週刊誌をつくるには1号あたり約1億円もの経費がかかるそうだが、このふたりは、毎週毎週、億のカネをはったバクチに挑み、しかも勝ち続けてきた人物だ。

それだけでも常人離れしているというのに、加えて花田氏は78歳の今も『月刊Hanada』を率いる現役バリバリの編集長である。文藝春秋の創始者である菊池寛がかつて「編集者35歳定年説」を唱えたことを思えば、これはもう怪物であろう。新谷氏も負けていない。酒がらみで何度も死にかけてはしぶとく甦り、編集長時代は週替わりでスクープを放つという離れ業をやってのけた。「文春砲」の威力を世に知らしめた張本人である。

著者の柳澤健氏は(著者もまた文春の優秀な編集者だった)、花田氏と新谷氏はもちろん、両氏とともに仕事をした関係者からも詳しく話を聞き、それぞれの時代の『週刊文春』の現場を、臨場感あふれる筆致で再現している。編集部員は何名いて、何班に分かれているのか、プラン会議は何曜日に行われ、編集長のどんな指示のもとにデスクや記者たちは動くのか。こうした細かいディテールとともに、歴史的なスクープがどのようにして生まれたのかが描かれていく。

名編集長と並び称される花田氏と新谷氏ではあるが、本書を読みながら興味を惹かれたのは、むしろふたりの相違点だった。

都会的でスマートな花田氏は、いわば天才編集者だ。特にタイトルをつけるセンスはずば抜けて優れている(池波正太郎の『鬼平犯科帳』のタイトルを考案したといえば、例としては十分だろう)。

一方、体育会系の新谷氏は、とてつもない熱量で泥臭く局面を打開するタイプの編集者だ。30歳で『週刊文春』に配属され、ネタ元がひとつもないところから編集部随一の人脈を築き上げた(新谷氏がどんな方法で人脈を広げたかはぜひ本書を読んでほしいが、これを真似できる人はそうそういないだろう)。

「センス」と「熱量」。「スマート」と「泥臭さ」。「ダンディなモテ男」と「高校の部室のノリで仕事をする男」。これだけタイプが違うのに、どちらも特筆すべき実績を残しているところがおもしろい。戦後の文藝春秋を支えた名編集者である池島信平は、名著『雑誌記者』の中で、雑誌をひとつの容れ物にたとえているが、タイプの違う編集長がどちらも思う存分活躍できたということが、『週刊文春』という容れ物の大きさをあらわしているのかもしれない。

大きくて柔軟性もある容れ物だからこそ、『週刊文春』には多くの個性的な才能が集まった。キャラの立った花田氏と新谷氏につい目がいきがちだが、実は本書の面白さを支えているのは、ここに登場する個性あふれる証言者たちの言葉である。

かつて「社中才人乏しからず」と社員の能力を讃えた菊池寛の言葉に違わず、本書に登場する証言者も才人揃いである。考えてもみてほしい。ふだん地を這うような取材をしてスクープをとってくる腕利きの編集者やライターが証言する側に回るのだ。その証言は自ずと本質を突いたものとなるに決まっている。

たとえば、新谷氏が生涯でもっとも強い影響を受けた編集者に、設楽敦生さんという人物がいた。設楽氏は新谷氏が最初に配属された『Number』の編集長だった(残念なことに若くして亡くなられた)。新谷氏からすれば、設楽氏は雑誌づくりの楽しさを教えてくれた大恩人である。だが別の編集者は、もともと文芸志望だった設楽氏が、『Number』の編集長になったことで文芸に戻る芽がなくなり、心に屈託を抱えていたことを指摘している。

こうした証言が本書に深みと奥行きを与えている。登場する証言者たちは皆、人をよく見ている。スクープの裏話をただ並べただけでは、ここまで読み応えのある本にはならなかっただろう。

才人ということでいえば、勝谷誠彦氏の名前をあげないわけにはいかない。本書には生前の勝谷氏の貴重な証言もおさめられている。〈宮嶋茂樹カメラマン PKOゲロ戦記〉は、勝谷氏が“不詳宮島”というキャラクターを生み出した記念すべき特集記事だ(1992年10月29日号)。カンボジアに派遣される途中、台風に遭遇して木の葉のように激しく揺れる自衛隊の輸送艦内の様子を、時に美文調、時に戯作調の変幻自在の文体で描いた傑作である。「ファクトとレトリックの緊密な結合が生み出した圧倒的なおもしろさ。これこそが週刊誌記事だ」と著者は書いているが、激しく同意である。

勝谷誠彦がもし文春の編集長をやっていたら、間違いなく名編集長になっていただろう。だが、勝谷氏は、「マルコポーロ事件」をきっかけに社を辞めた花田氏の後を追うように文藝春秋を去る。

文藝春秋という会社には独特の雰囲気がある。新潮社の佐藤一族や講談社の野間一族、小学館の相賀一族のようなオーナーはおらず、社員持株会社のかたちをとっているからかもしれない。外から眺めていても、堅苦しい上下関係がなく、社員どうしワイワイガヤガヤ楽しく仕事をしている印象がある(社内恋愛も多い印象があるが気のせいかもしれない)。

ただ、社員同士の距離の近さは諸刃の剣でもある。勝谷氏の言葉を借りれば、「同僚が失敗すると、必ず足を引っ張ろうとする人間が出てくる」からだ。本書には文藝春秋の負の側面も描かれている。過去には、組織の論理が編集方針よりも優先されたこともあったし、世間から激しいバッシングを浴びて会社が危険にさらされたこともあった。こうした数々の修羅場をどう乗り越えてきたということも本書の読みどころのひとつである。

このように読みどころ満載なのだが、個人的にもっとも興味深く読んだのは、最終章「文春オンライン」である。デジタルでどう利益を出していくか、その試行錯誤が具体的な数字とともに語られていて、目から鱗の連続だった。メディア関係者はこの章を読むためだけにでも本書を購入する価値があるだろう。

文藝春秋はいま大きな転換期を迎えている。「文藝」と「春秋」で100年やってきた会社が、オンラインと書籍出版の会社へと生まれ変わろうとしているのだ。デジタルシフトの牽引役となっているのはもちろん『週刊文春』である。

思想家の東浩紀氏は、「運営の思想」と「制作の思想」という言葉で現代を的確に表現している。現代はコンテンツメーカーよりもプラットフォーマーのほうが力を持っている。いわば「制作の思想」よりも「運営の思想」のほうが優位にある時代だ。

そんな中、『文春オンライン』は、試行錯誤を通じて、デジタルにおいてもスクープがとてつもない武器になることを発見した。速報直後はもちろん、ずっとあとになってからでもスクープは利益を生む。強いコンテンツは、デジタルシフトの時代にあっても大きな価値を持つのである。

その意味で、本書は、コンテンツ制作に携わる多くの人を勇気づける一冊でもあるだろう。日々、番組制作に追われ、ともすれば時代の変化のスピードに圧倒されて自分を見失いそうになる中、この本のおかげで足元を見つめ直すことができた。2020年の締めくくりにこのような素晴らしい本に出合えたことに感謝したい。個人的には、本書が今年のベスト・ノンフィクションである。

雑誌記者 (土曜文庫)

作者:池島 信平
出版社:土曜社
発売日:2020-01-31
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紀尾井町に移る前、文藝春秋は銀座にあった。地下にはバーがあり、河上徹太郎と吉田健一がいつも夕方にやってきて、一杯ひっかけてから銀座に繰り出していたという。この歴史の厚み!そこらのコンテンツメーカーとは年季の入り方が違う。この名編集者の回想録からも歴史を感じてほしい。
 

週刊誌風雲録 (ちくま文庫)

作者:呉郎, 高橋
出版社:筑摩書房
発売日:2017-05-10
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「トップ屋」たちがしのぎを削った週刊誌草創期の熱さを伝える一冊。もっと読まれていい本である。というか、映画やドラマの原作にも使えると思うのだが。